第63話 『失いたくないもの』
前回――
喜の番人の過去が語られました。
争いを嫌うただのモンスターだった彼は、ナージャという女性と恋に落ちます。
しかし約束の日。
正体が街に知られ、全てが崩壊。
ナージャを失った悲しみはやがて憎しみへ変わり、男達への虐殺へと発展します。
そして魔王から「喜の番人」の称号を与えられたのでした。
それでは第63話をお楽しみください!
月明かりの庭園。
喜の番人の話は終わった。
風が吹く。
しばらく誰も口を開かなかった。
リリムは腕を組みながら空を見上げる。
そして。
小さく息を吐いた。
「そりゃ。」
喜の番人が顔を上げる。
「辛かったな。」
その言葉に。
喜の番人は少し驚いた顔をした。
今まで誰にも言われたことがなかった。
責められることはあった。
恐れられることもあった。
だが。
辛かったな。
そう言われたのは初めてだった。
喜の番人は少しだけ笑う。
「ありがとう。」
リリムは肩をすくめた。
「別に。」
「同情してるわけじゃねぇ。」
その言葉に。
喜の番人は苦笑した。
確かに。
目の前の少女はそういう性格だった。
リリムは続ける。
「でもな。」
「お前馬鹿だろ。」
喜の番人の顔が止まる。
「何?」
「女々しい。」
即答だった。
「は?」
「何十年引きずってんだよ。」
リリムは呆れたように言う。
「好きな女が来なかった。」
「それは分かった。」
「辛かった。」
「それも分かった。」
「でもよ。」
リリムは指を差した。
「だからって。」
「今のお前は別問題だろ。」
喜の番人は黙る。
リリムは止まらない。
「女閉じ込めて。」
「無理やり一つになって。」
「誰も逃げられない国作って。」
「やってること全部気持ち悪ぃ。」
喜の番人の笑顔が少し消える。
だが。
リリムは構わない。
「お前な。」
「好きな女に会えなくておかしくなっただけじゃねぇか。」
沈黙。
風が吹く。
薔薇が揺れる。
喜の番人は静かに言った。
「君には分からない。」
「当たり前だ。」
リリムは即答する。
「分かるか。」
「私はナージャじゃねぇし。」
その言葉に。
喜の番人の目が揺れた。
ほんの少しだけ。
そして。
静かに笑う。
「そうだね。」
「君はナージャじゃない。」
リリムは頷く。
「そうだ。」
「だから勝手に重ねるな。」
だが。
喜の番人は首を横に振った。
「違う。」
「だからこそなんだ。」
リリムの眉が動く。
「何?」
喜の番人は一歩前へ出た。
「君はナージャじゃない。」
「でも。」
「初めて私が愛した女性に似ている。」
「強くて。」
「優しくて。」
「美しい。」
リリムは嫌そうな顔をした。
「また始まった。」
喜の番人は続ける。
「そして。」
「ナージャとは違う。」
「だから失わない。」
空気が変わる。
リリムは本能的に警戒した。
喜の番人の瞳が。
どこか狂っていた。
「おい。」
「待て。」
喜の番人は微笑む。
「もう同じ過ちは繰り返さない。」
「何?」
「今度こそ。」
一歩。
また一歩。
近付いてくる。
「失わない。」
「お前。」
リリムは後退る。
嫌な予感がした。
喜の番人は両手を広げる。
「君は離さない。」
「絶対に。」
リリムの背筋に寒気が走った。
やはり。
この男はおかしい。
少し同情した自分が馬鹿だった。
「やっぱ気持ち悪ぃな。」
リリムは本音を言った。
喜の番人は苦笑する。
「よく言われる。」
次の瞬間だった。
空間が歪む。
庭園全体が揺れた。
リリムの目が見開かれる。
「!?」
足元に光が走る。
魔法陣。
いつの間に。
喜の番人は最初から準備していたのだ。
「待て!」
リリムは銃に手を伸ばそうとする。
だが無い。
城へ来た時に取り上げられていた。
喜の番人は優しく微笑む。
「さぁ行こう。」
「ふざけんな!」
リリムは叫ぶ。
だが光は強くなる。
身体が浮く。
動けない。
「君の新しい家へ。」
「誰が行くか!」
リリムは必死に抵抗する。
しかし。
身体は動かない。
喜の番人の力だった。
圧倒的なレベル差。
どうすることもできない。
光が全身を包む。
消える。
その瞬間。
リリムは叫んだ。
「ユーマァァァ!!」
庭園に声が響く。
そして。
光が消えた。
リリムの意識は遠のいて
気を失う。
月だけが静かに輝いている。
喜の番人は一人。
空を見上げた。
そして静かに呟く。
「今度こそ。」
「失わない。」
その声は。
どこか寂しそうだった。
第63話を読んでいただきありがとうございました!
今回は過去編の締めくくりと、現在への帰還回でした。
喜の番人の過去を知ったリリム。
同情はする。
でも肯定はしない。
この辺りはリリムらしさが出た回だったと思います。
そして喜の番人もまた、リリムをナージャの代わりとして見ているわけではありません。
ナージャに似ている。
けれどナージャではない。
だからこそ今度は失いたくない。
そんな歪んだ執着が生まれてしまっています。
そして物語は大きく動きます。
次回をお楽しみに!




