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レベル1の『〇〇』 〜あなたが選ぶ転生物語〜  作者: 矢部夏 泡太
女と男の街 ローゼンベルク編

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第62話 『待つ』

前回――


喜の番人が語る過去。


彼は元々、争いを嫌うただのモンスターでした。


そしてナージャという女性と出会い、恋に落ちます。


二人は街を捨て、新しい人生を歩むことを約束しました。


風車小屋で落ち合うという約束を。


しかし、その約束の日。


喜の番人の正体が街に知られてしまいます。


それでは第62話をお楽しみください!

風車小屋に着いた時。


夜は、もう深くなっていた。


月だけが静かに浮かんでいる。


私は息を切らしながら、扉の前に立った。


ナージャはまだ来ていなかった。


「遅いな。」


そう呟いて。


私は笑った。


きっと準備に手間取っているのだろう。


彼女はそういうところがある。


荷物は少ないと言いながら、結局あれもこれも持ってくる。


だから私は待った。


一時間。


二時間。


夜風が吹く。


風車がゆっくり回る。


それでもナージャは来ない。


「遅いな。」


もう一度呟いた。


今度は笑えなかった。


朝になった。


空が白み始める。


鳥の声が聞こえる。


それでも。


ナージャは来なかった。


私は待った。


約束したからだ。


遅れても待つ。


一日でも。


一年でも。


そう言ったからだ。


昼になった。


夕方になった。


また夜になった。


私は待った。


二日目。


三日目。


四日目。


もう時間の感覚はなかった。


空腹も。


眠気も。


寒さも。


全部どうでもよかった。


ただ。


ナージャが来ない。


その事実だけが胸を刺していた。


なぜ来ない。


何かあったのか。


来られない理由があるのか。


それとも。


私は風車小屋を離れた。


理由を知りたかった。


それだけだった。


街へ戻ると、石が飛んできた。


「化け物!」


「まだいたのか!」


「出ていけ!」


罵声。


嫌悪。


恐怖。


昨日まで笑ってくれた人達が、別人のような顔で私を見ていた。


それでも私は聞いた。


「ナージャはどこだ。」


誰も答えない。


「ナージャを知らないか。」


石が飛ぶ。


肩に当たる。


額に当たる。


血が流れる。


それでも私は聞いた。


「ナージャはどこだ。」


その時。


一人の男が笑った。


酒場にいた男だった。


私に絡んできた男の仲間。


そいつが、腹を抱えて笑った。


「まだ探してんのか。」


私は男を見る。


「知っているのか。」


男は笑いながら言った。


「あの女なら逃げたよ。」


息が止まった。


「逃げた?」


「ああ。」


男は歪んだ笑みを浮かべる。


「お前を捨ててな。」


世界が止まった。


耳の奥で音が消える。


男の声だけが、嫌に大きく響いた。


「当然だろ。」


「誰が化け物なんかと生きるんだよ。」


周囲が笑う。


「騙されてたんだよ。」


「遊ばれてたんだ。」


「人間の女が、本気でモンスターを愛すわけないだろ。」


笑い声。


笑い声。


笑い声。


私は立っていられなかった。


膝が折れる。


地面に手をつく。


違う。


違う。


ナージャはそんな女じゃない。


彼女は私を愛してくれた。


私と行くと言った。


約束した。


絶対来てよと。


笑っていた。


でも。


来なかった。


事実はそれだけだった。


ナージャは来なかった。


男達の言葉が頭の中で混ざる。


化け物。


捨てられた。


人間の女がモンスターを愛すわけない。


私は震えた。


怒りなのか。


悲しみなのか。


分からなかった。


ただ。


胸の奥で何かが黒く染まっていくのを感じた。


違う。


ナージャは悪くない。


そう思いたかった。


悪いのは誰だ。


ナージャを奪ったのは誰だ。


ナージャの心を変えたのは誰だ。


私を化け物と呼んだのは誰だ。


私達の未来を壊したのは誰だ。


男達だ。


あいつらだ。


あいつらがナージャを奪った。


あいつらが私を笑った。


あいつらが私達を壊した。


私は立ち上がった。


周囲の笑い声が止まる。


男が一歩下がった。


「な、何だよ。」


私はゆっくり近付いた。


「ナージャを返せ。」


男の顔が引きつる。


「は?」


「ナージャを返せ。」


「知らねぇよ!」


その声を聞いた瞬間。


私の中で、最後の何かが切れた。


気付けば。


男の首を掴んでいた。


軽かった。


あまりにも軽かった。


「返せ。」


「ぐ、あ・・・!」


「ナージャを返せ。」


男の身体が震える。


周囲から悲鳴が上がる。


私は手に力を込めた。


嫌な音がした。


男は動かなくなった。


静寂。


それが始まりだった。


一人。


二人。


三人。


止まらなかった。


止められなかった。


石を投げた男。


罵声を浴びせた男。


笑った男。


逃げようとした男。


私は次々と殺した。


「ナージャを返せ。」


何度も呟いた。


誰も答えなかった。


答えられるはずがなかった。


それでも私は止まれなかった。


街は悲鳴に包まれた。


血が石畳を濡らす。


人々が逃げる。


女達が泣く。


男達が叫ぶ。


私は男だけを追った。


男だけを殺した。


男が悪い。


男が奪った。


男が壊した。


男がいなければ。


ナージャは私の元へ来たはずだった。


そう思った。


そう思うしかなかった。


夜になっても、虐殺は終わらなかった。


次の日も。


その次の日も。


私は男達を殺し続けた。


ローゼンベルクから男の声が消えていく。


恐怖だけが残る。


泣き声だけが残る。


それでも私は満たされなかった。


ナージャは戻らない。


どれだけ殺しても。


どれだけ叫んでも。


ナージャは戻らない。


私は血の中に立っていた。


息をしているのかどうかも分からなかった。


その時。


空から声が響いた。


姿は見えない。


だが、その声だけで世界が震えた。


「面白い。」


私は空を見上げる。


声は続く。


「愛ゆえの憎しみ。」


「愛ゆえの支配。」


「実に面白い。」


私は何も答えなかった。


「お前は番人に相応しい。」


「私の代わりに街を支配しろ。」


「喜の番人よ。」


その言葉が降ってきた。


称号。


役割。


呪い。


私は笑った。


多分、その時初めて。


壊れた笑い方をした。


喜の番人。


そうか。


私は喜だったのか。


ナージャといた時間は喜びだった。


ナージャを失った痛みも、喜びの裏返しだった。


なら。


作ろう。


二度と奪われない街を。


二度と裏切られない街を。


女達が幸せでいられる街を。


男達が奪えない街を。


誰も私から離れていかない街を。


私は空へ向かって呟いた。


「誰も失わない。」


「誰も逃がさない。」


「誰も裏切らせない。」


血に濡れたローゼンベルクの中心で。


私は王になった。


そして。


喜の番人になった。

第62話を読んでいただきありがとうございました!


今回は喜の番人という存在が生まれた瞬間のお話でした。


喜の番人は間違った答えへ辿り着きます。


「男達が奪った。」


「男達が邪魔をした。」


その思い込みが、やがてローゼンベルクという歪な国を作ることになりました。


次回もお楽しみに!

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