第60話 『約束』
前回――
喜の番人から突然のプロポーズを受けたリリム。
もちろん返事は即答で「嫌だ」。
しかし、なぜそこまでリリムに執着するのか。
リリムの問いに対し、喜の番人は一人の女性の名前を口にします。
その名はナージャ。
そして明かされた衝撃の事実。
喜の番人は元々番人ではなく、ただのモンスターだったのです。
それでは第60話をお楽しみください!
「私はただのモンスターだった。」
喜の番人の言葉と共に。
景色がゆっくりと過去へ溶けていく。
まだローゼンベルクが今の姿になる前。
男も女も同じ道を歩き。
同じ空を見上げていた時代。
私は街の外れに住んでいた。
人間ではない。
モンスターだ。
だから正体を隠していた。
角を隠し。
力を隠し。
人間のふりをして生きていた。
争いは嫌いだった。
戦うことも。
奪うことも。
殺すことも。
全部。
嫌いだった。
だから。
ただ普通に生きたかった。
それだけだった。
そんなある日。
市場で事件は起きた。
「痛っ!」
誰かがぶつかってきた。
果物が転がる。
籠がひっくり返る。
私は慌てて頭を下げた。
「すまない。」
すると。
「謝る前に拾いなさい。」
目の前には。
赤い髪の少女。
腕を組み。
完全に怒っていた。
私は慌てて果物を拾う。
少女は頷く。
「よし。」
「許す。」
私は思わず聞いた。
「君はいつもそんな感じなのか?」
「そうだけど?」
即答だった。
その日からだった。
何故か何度も会うようになった。
市場。
川辺。
丘の上。
街角。
偶然。
本当に偶然。
何度も。
何度も。
気付けば。
隣にいるのが当たり前になっていた。
「ねぇ。」
丘の上。
夕焼け。
ナージャが寝転がりながら言う。
「あなたって変よね。」
「そうか?」
「優しすぎる。」
私は苦笑する。
「それ褒めてるのか。」
「分からない。」
ナージャは笑った。
私も笑った。
その時間が好きだった。
何よりも。
季節が過ぎる。
一緒に笑った。
一緒に怒った。
一緒に泣いた。
そして。
気付けば。
愛していた。
「好きよ。」
ある日。
川辺だった。
私はしばらく固まった。
「・・・本当か?」
「嫌なら撤回するけど?」
「いや。」
首を横に振る。
「嬉しい。」
ナージャは吹き出した。
「変な顔。」
「放っておいてくれ。」
その日から。
私達は恋人になった。
幸せだった。
本当に。
幸せだった。
未来の話もした。
家の話。
子供の話。
将来の話。
全てが輝いていた。
だから。
気付かなかった。
終わりが近付いていることに。
ある日の夕方。
ナージャが言った。
「ねぇ。」
「ここを出ない?」
私は驚いた。
「街を?」
「そう。」
ナージャは遠くを見る。
「争いばっかり。」
「魔物ばっかり。」
「王様も貴族も面倒。」
「全部嫌。」
私は黙った。
この街は好きだった。
でも。
ナージャはもっと好きだった。
「私と来る?」
夕日が差し込む。
ナージャは少し不安そうだった。
私の返事を待っている。
私は笑った。
「ああ。」
迷わなかった。
「君となら。」
「どこへでも行く。」
ナージャは目を丸くする。
そして。
少し泣いた。
「良かった・・・。」
その顔を見た瞬間。
私は決めた。
全て捨てようと。
街も。
立場も。
未来も。
全部。
彼女のために。
そして。
私達は約束した。
三日後の夜。
街外れの風車小屋。
そこで落ち合う。
二人で。
新しい人生を始めるために。
ナージャは笑う。
「絶対来てよ?」
「もちろん。」
「遅れたら?」
「待つ。」
「一日?」
「待つ。」
「一年?」
私は笑った。
「待つ。」
ナージャは吹き出した。
「馬鹿。」
「そうかもしれない。」
でも。
本気だった。
本当に。
待つつもりだった。
だから。
知らなかった。
その約束の日。
全てが変わってしまうことを。
そして。
私達の未来が。
終わってしまうことを。
第60話を読んでいただきありがとうございました!
今回はローゼンベルク編では珍しい、ほぼ過去回となりました。
今まで狂気的な王として描かれていた喜の番人ですが、かつては争いを嫌い、普通に生きることを望んでいたモンスターでした。
そしてナージャとの出会い。
二人のやり取りは、今の喜の番人からは想像できないほど穏やかで幸せな時間だったと思います。
だからこそ、次回の出来事がより重くなってきます。
約束の日。
風車小屋。
そして喜の番人が生まれるきっかけとなった事件。
次回、ローゼンベルクの悲劇が語られます。




