第33話 『救いの食卓』
ラグナシアの闇を知ったユーマたち。
導かれた人は肉となり。
その肉は住民たちの命を繋ぐ。
そして。
その肉には中毒性があった。
食べれば元気になる。
食べなければ老いていく。
その歪な救済は、ついにミアの家族へも牙を剥く。
それでは第33話をお楽しみください。
それから数日。
ミアの父と母は目に見えて変わっていった。
最初は疲れているだけに見えた。
次の日には少し痩せていた。
さらに次の日。
頬がこけていた。
目の下には濃い隈。
肌には皺。
ほんの数日で何年も年を取ったように見える。
ユーマはそれを見るたびに胸が重くなった。
ソウルイーターの言葉が本当だったからだ。
導きの肉を食べなければ老いる。
急速に。
容赦なく。
それでも。
ミアだけは変わらなかった。
「お兄ちゃーん!」
今日も元気だった。
走ってくる。
飛び付いてくる。
笑う。
その笑顔を見るたびにユーマは少し安心した。
そして同時に。
不安になった。
父親も母親も壊れ始めている。
なのにミアだけは何も知らない。
何も分かっていない。
食卓から肉が消えた。
最初は一日。
次の日も。
その次の日も。
スープ。
パン。
野菜。
それだけだった。
ミアが言う。
「お肉ないの?」
その瞬間だけ。
父親と母親の顔から笑顔が消える。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
だがユーマは見逃さなかった。
「ごめんな。」
父親が言う。
「今はちょっと高くてな。」
ミアはしょんぼりする。
「そっか。」
母親が慌てて笑う。
「また今度ね。」
「うん!」
ミアはすぐに笑顔へ戻った。
子供だからだ。
信じている。
両親を。
家族を。
ユーマは何も言えなかった。
その夜。
ユーマは再び教会の近くへ来ていた。
嫌な予感が消えなかったからだ。
教会の中には灯りがついている。
そして。
ミアの母親が入っていくのが見えた。
ユーマは物陰へ隠れる。
しばらくして声が聞こえた。
「もう限界なんです。」
母親の声だった。
泣いている。
「夫も。」
「私も。」
「このままじゃ・・・。」
声が震えていた。
本当に追い詰められている。
そんな声だった。
しばらく沈黙。
そして。
女神が優しく言った。
「大丈夫ですよ。」
その声は温かかった。
安心させるような声。
本気で相手を救いたいと思っている人の声。
だからこそ怖かった。
「あなたは悪くありません。」
「家族を守ろうとしているだけです。」
母親のすすり泣く声が聞こえる。
「救いはあります。」
女神が言う。
「あなたの家族を救う方法が。」
母親が顔を上げた気配がした。
「本当ですか・・・?」
「ええ。」
女神は優しく微笑んだ。
「私に任せてください。」
「私はあなたを救いたいのです。」
それ以上は聞こえなかった。
扉が閉まる。
やがて母親が出てくる。
泣き腫らした顔だった。
だが。
少しだけ安心したようにも見えた。
ユーマの嫌な予感はさらに強くなった。
翌日。
ユーマ、リリム、ロキはミアの家へ向かった。
いつもなら。
家の近くへ行くだけで聞こえる声。
「お兄ちゃーん!」
だが。
今日は聞こえない。
静かだった。
嫌なほどに。
ユーマは足を止める。
リリムも何かを感じたらしい。
ロキは無言だった。
ユーマは扉を開ける。
家の中は薄暗かった。
窓が閉まっている。
空気が重い。
そして。
肉の匂いがした。
焼いた肉の匂い。
香辛料の匂い。
ラグナシア名物の肉料理の匂い。
ユーマの背筋に嫌な汗が流れる。
「・・・ミア?」
返事はない。
奥の部屋へ進む。
そして。
食卓が見えた。
父親。
母親。
二人が座っている。
そして。
肉を食べていた。
バクバク。
バクバク。
夢中で。
皿に盛られた肉を口へ運んでいる。
スープにも肉。
串にも肉。
焼いた肉。
煮た肉。
とにかく肉だった。
ユーマは立ち尽くした。
「・・・おい。」
二人は反応しない。
食べ続ける。
バクバク。
バクバク。
リリムが顔をしかめる。
「気持ち悪い。」
ロキも黙っている。
ユーマはもう一度聞いた。
「ミアは?」
返事はない。
肉を噛む音だけが響く。
「おい。」
声が低くなる。
「ミアはどこだ。」
父親が顔を上げた。
口元に肉汁が付いている。
そして。
笑った。
穏やかに。
幸せそうに。
「救われたんだ。」
ユーマは眉をひそめる。
「何言ってんだ。」
母親も笑っていた。
目は虚ろなのに。
口元だけが笑っている。
「導かれたの。」
「女神様が。」
時間が止まったような気がした。
ユーマはゆっくり食卓を見る。
肉。
皿。
スープ。
そして。
皿の端。
そこに小さな髪飾りがあった。
見覚えがある。
ミアの髪飾りだった。
さらに視線を落とす。
椅子の横。
服の切れ端。
昨日までミアが着ていた服。
ユーマの呼吸が止まる。
「・・・お前ら。」
声が震える。
「まさか。」
父親は肉を口へ運ぶ。
バクバク。
母親も食べる。
バクバク。
そして笑う。
「女神様が教えてくださったんだ。」
父親が言う。
「子供はまた授かれる。」
「また家族になれる。」
母親も頷く。
「私たちが生きていれば。」
「またやり直せるって。」
ユーマは何も言えなかった。
理解できなかった。
ミアが。
あのミアが。
昨日まで笑っていたミアが。
「・・・狂ってる。」
ユーマが呟く。
父親は首を振る。
「違う。」
母親も笑う。
「救われたの。」
「私たちも。」
「ミアも。」
その瞬間だった。
ドゴォッ!!
ユーマの拳が父親の顔面へ叩き込まれた。
椅子ごと吹き飛ぶ。
父親の身体が床を転がる。
リリムが目を見開く。
ロキは黙って見ていた。
父親は何が起きたのか分からない顔をしていた。
鼻から血が流れる。
それでも。
笑っていた。
「ユーマ君・・・。」
「女神様は――」
ドゴッ!!
今度は腹だった。
父親がうずくまる。
ユーマは震えていた。
怒りで。
悲しみで。
悔しさで。
「黙れ。」
低い声だった。
父親は苦しそうに顔を上げる。
それでも笑っている。
母親も笑っている。
まるで壊れた人形みたいだった。
ユーマは叫んだ。
「ミアだぞ!!」
家が震えるほどの怒声。
「昨日まで笑ってたじゃねぇか!!」
「お前らの娘だろ!!」
「一緒に飯食って!」
「一緒に暮らして!」
「大事にしてたんじゃねぇのかよ!!」
父親は涙を流していた。
母親も泣いていた。
それでも。
笑っていた。
「だから救われたんだ。」
父親が言う。
「女神様が。」
「私たちを。」
母親も頷く。
「見捨てなかったの。」
「救ってくださったの。」
ユーマはもう言葉が出なかった。
怒りを通り越していた。
悲しかった。
ただ悲しかった。
視線を落とす。
床。
そこに小さな髪飾りが落ちていた。
ミアの髪飾り。
ユーマはそれを拾う。
小さかった。
軽かった。
なのに。
今まで持ったどんな剣より重かった。
「ミア・・・。」
返事はない。
もう返ってこない。
ユーマは髪飾りを握りしめる。
そしてゆっくり立ち上がった。
涙は出なかった。
その代わり。
胸の奥に燃えるような怒りがあった。
ユーマは振り返る。
リリムを見る。
ロキを見る。
二人も全て理解していた。
ユーマは静かに言った。
「・・・決めた。」
リリムが顔を上げる。
ロキも見る。
ユーマは髪飾りを握りしめたまま言った。
「あの女神。」
少しだけ間が空く。
そして。
「ぶん殴る。」
静かな声だった。
でも。
今までで一番怒っていた。
リリムはAK-1010を肩に担ぐ。
「同じく。」
珍しく即答だった。
ロキは鼻で笑う。
「珍しいな。」
斧を肩へ担ぐ。
「俺もだ。」
ユーマは二人を見る。
死の森を越えてきた仲間たち。
最初は偶然だった。
でも今は違う。
背中を預けられる仲間だった。
ユーマは一歩前へ出る。
「お前ら。」
二人を見る。
「行くぞ。」
リリムが笑う。
「燃やす。」
ロキが斧を握る。
「斬る。」
ユーマは教会の方角を見る。
「ぶん殴る。」
三人は歩き出した。
教会へ。
女神の待つ場所へ。
第33話を読んでいただきありがとうございました!
ついにユーマたちの怒りが爆発しました。
次回、教会突入。




