第32話 『壊れ始めた家族』
ラグナシアの秘密を知ってしまったユーマたち。
導かれた人々は肉となり。
その肉は街の住人たちへ配られていた。
だが。
それを知ったからといって。
すぐに何かが変わるわけではない。
街は今日も平和だった。
それでは第32話をお楽しみください。
ラグナシアへ戻った翌日。
ユーマたちは市場を歩いていた。
相変わらず賑やかだ。
商人が叫ぶ。
子供たちが走る。
笑い声も聞こえる。
平和だった。
だが。
今のユーマには違って見えた。
「なぁ。」
ユーマが小声で言う。
「昨日のおばさん。」
リリムが頷く。
「あの人。」
「誰も探してない。」
それが異常だった。
昼間まで普通に生きていた人間だ。
娘もいた。
友達もいた。
近所付き合いもあっただろう。
なのに。
誰も探していない。
誰も心配していない。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
その時だった。
近くの女性たちの会話が聞こえる。
「あの人も導かれたんですって。」
「良かったわねぇ。」
「羨ましい。」
ユーマは立ち止まった。
羨ましい?
人が消えたんだぞ。
だが。
女性たちは本気だった。
本気で羨ましそうだった。
気味が悪い。
本当に。
気味が悪かった。
そのまま市場を歩く。
そして。
ユーマは足を止めた。
広場で見た老人だった。
杖をついた老人。
ミアが話していた人。
「・・・。」
ユーマは言葉を失う。
昨日より老けていた。
明らかに。
顔の皺も増えている。
背中も曲がっている。
目も濁っている。
リリムも気付いた。
「早い。」
ロキも見ている。
誰も何も言わない。
だが。
ソウルイーターの言葉を思い出していた。
食べなければ老いる。
急速に。
あれは本当だった。
市場の奥ではさらに異様な光景が広がっていた。
肉屋だ。
長蛇の列。
いや。
それだけじゃない。
住人たちの様子がおかしかった。
「まだか!」
「俺が先だろ!」
「早く肉を出せ!」
怒鳴り声。
押し合い。
喧嘩。
数日前まで穏やかだった住人たちとは別人だった。
肉屋の店主も困っている。
「今日は少ないんだ!」
「少ないじゃ困る!」
「三日食べてないんだぞ!」
ユーマは思わず眉をひそめた。
依存。
まるで薬物だ。
街全体がそれに支配されている。
「気持ち悪い。」
リリムが呟く。
珍しくユーマも同意だった。
昼過ぎ。
ミアの家へ向かう。
いつものように。
元気な声が聞こえた。
「お兄ちゃーん!」
ミアだった。
相変わらずだった。
全力で飛び付いてくる。
ユーマは受け止める。
「元気だな。」
「元気!」
知ってる。
だが。
家の中へ入った瞬間。
ユーマは違和感を覚えた。
父親だ。
少し老けている。
昨日より。
ほんの少し。
母親もそうだった。
目の下にクマがある。
顔色も悪い。
「大丈夫か?」
ユーマが聞く。
父親は笑った。
「大丈夫だ。」
だが。
その笑顔に力はなかった。
母親も同じだった。
「少し疲れてるだけですよ。」
そう言う。
だが。
ユーマにはそうは見えなかった。
夕食の時間になる。
食卓へ料理が並ぶ。
スープ。
パン。
野菜。
終わり。
ユーマは思わず食卓を見た。
「あれ。」
ミアも気付いた。
「お肉は?」
その瞬間だった。
空気が止まる。
父親が少しだけ目を伏せた。
母親も笑顔が消える。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
「今日は無いんだ。」
父親が言う。
「最近高くてね。」
ミアはしょんぼりした。
「そっか。」
母親は慌てて明るく言う。
「また今度ね。」
「うん!」
ミアはすぐ笑った。
だが。
両親は笑っていなかった。
食事中も。
どこか元気がない。
ユーマはそれが気になった。
帰り際。
父親が言う。
「でも大丈夫だ。」
「女神様がなんとかしてくださる。」
母親も頷く。
「ええ。」
「女神様ならきっと。」
その言葉に。
ユーマは小さな寒気を覚えた。
その夜。
宿へ戻る途中だった。
ユーマは一人で外を歩いていた。
風に当たりたかった。
頭の中を整理したかった。
その時。
見覚えのある姿を見つける。
ミアの母親だった。
一人だった。
こんな時間に。
どこへ行くんだ?
ユーマは少し迷った。
だが。
後を追うことにした。
母親は真っ直ぐ歩く。
迷いなく。
そして。
辿り着いたのは教会だった。
「やっぱり・・・。」
ユーマは物陰へ隠れる。
母親は中へ入っていく。
しばらくして。
声が聞こえた。
女神だ。
優しい声。
いつもと同じ。
「どうしましたか?」
母親の声は震えていた。
泣いているようにも聞こえる。
「もう・・・限界なんです・・・。」
ユーマは息を潜めた。
「夫も・・・。」
「私も・・・。」
「最近身体が重くて・・・。」
「食料も買えなくて・・・。」
「ミアにも苦労をかけて・・・。」
母親の声が掠れる。
本当に追い詰められているのが分かった。
しばらく沈黙。
そして。
女神が優しく言った。
「大丈夫ですよ。」
まるで。
子供を安心させるような声だった。
「まだ方法はあります。」
母親が顔を上げる気配がした。
「本当ですか・・・?」
「ええ。」
女神は微笑む。
その姿は見えない。
だが。
ユーマには何故か寒気がした。
女神は続ける。
「あなたの家族を救う方法が。」
ユーマの背筋を冷たいものが走った。
家族を救う方法。
その言葉だけが。
頭の中に残った。
第32話を読んでいただきありがとうございました!
少しずつ壊れ始めたラグナシア。
そして追い詰められていくミア一家。
女神が語る「家族を救う方法」とは――。
次回、物語は大きく動き始めます。




