137話 『償い』
「・・・もう。」
声が震える。
「遅いんだ。」
空を見上げる。
涙が流れる。
「俺は。」
「取り返しのつかないことをし過ぎた。」
静寂。
誰も言葉を返せなかった。
バンの言う通りだった。
奪った命は戻らない。
滅ぼした街もある。
失われた人生もある。
どれだけ後悔しても。
消えることはない。
だが。
ユーマは首を振った。
「そうだな。」
バンが顔を上げる。
ユーマは真っ直ぐ見ていた。
「おめーのやったことは消えねぇよ。」
静かな声だった。
「誰も許しちゃくれねぇだろうしな。」
レイも。
ロキも。
何も言わない。
否定できなかった。
ユーマは続ける。
「でもよ。」
少しだけ笑う。
「できることがあんじゃねぇの?」
バン。
「・・・。」
ユーマ。
「なぁ。」
「お医者さん。」
その言葉だった。
怒の番人ではない。
番人でもない。
町医者。
バン。
ソフィアが憧れた父親。
バンは目を閉じた。
そして。
小さく笑った。
何百年ぶりだっただろうか。
心から笑ったのは。
「そうだな。」
ゆっくり立ち上がる。
そして両手を広げた。
淡い光。
優しい光。
暖かな光。
回復魔法。
ゴォォォォォォ・・・
光が闘技場全体へ広がっていく。
氷が溶ける。
凍った観客達が動き出す。
凍った住民達も。
戦士達も。
子供達も。
全て。
優しい光に包まれていく。
パキッ。
パキパキッ。
氷が砕ける音。
そして。
歓声。
泣き声。
笑い声。
街に命が戻っていく。
まるで。
長い冬が終わったようだった。
リリムが呟く。
「綺麗・・・。」
ルアも黙って光景を見ていた。
やがて。
光が消える。
バンは大きく息を吐いた。
そして。
ロキの前まで歩いていく。
ロキは黙って見上げた。
バン。
「母君は戻らん。」
ロキ。
「・・・。」
バン。
「謝罪で済む話でもない。」
「許されるとも思っておらん。」
静かな声だった。
「だが。」
拳を握る。
「俺は償う。」
ロキの瞳が揺れる。
バンは街を見る。
住民達を見る。
そして空を見た。
「この街の住民を守る。」
「守り続ける。」
「この強さを。」
「今度こそ。」
「誰かを守るために使う。」
その言葉に嘘はなかった。
ロキは長い沈黙の後。
鼻で笑った。
「そうかよ。」
それ以上は何も言わなかった。
だが。
その顔にはもう憎しみはなかった。
バンはレイを見る。
レイも立ち上がる。
剣を肩に担ぐ。
「じゃあ。」
「勝負はどうなるんだ?」
バンは笑った。
「お預けだ。」
レイ。
「は?」
バン。
「今のお前達と戦っても意味がない。」
ロキ。
「逃げる気か?」
バン。
「そうかもしれん。」
レイが笑う。
ロキも笑う。
バンは二人へ手を差し出した。
「次は。」
「正々堂々やろう。」
レイがその手を握る。
「上等だ。」
ロキも握る。
「次は負けねぇ。」
バン。
「ほう。」
三人が笑った。
その様子を見ながら。
ユーマは腕を組む。
少しだけ不安そうだった。
そして言う。
「でもよ。」
全員が振り返る。
ユーマ。
「魔王を裏切ることになるぜ?」
静寂。
バンは迷わなかった。
「そうだな。」
空を見上げる。
「間違いなく殺されるだろう。」
レイとロキの表情が変わる。
だが。
バンは笑った。
「それでも争う。」
「そして守る。」
街を見る。
人々を見る。
「それが俺にできる償いだ。」
ユーマは笑った。
「そうか。」
そして。
手を差し出す。
「よろしくな。」
「バン。」
バンも笑った。
「こちらこそ。」
二人の手が重なろうとした。
その瞬間だった。
ピュンッ――
何かが光った。
誰も反応できない。
速すぎた。
一筋の金色の光。
それが。
バンの胸を貫いた。
ドシュッ。
時間が止まる。
バンの身体が揺れた。
口から血が溢れる。
「グッ・・・。」
ユーマ。
「・・・え?」
バンが膝をつく。
胸から血が流れている。
ユーマの顔色が変わった。
「バン!!!」
レイ。
「なっ!?」
ロキ。
「誰だ!!」
全員が上を見る。
闘技場の最上部。
そこに一人の男が立っていた。
派手なスーツ。
無数の宝石。
豪華なアクセサリー。
羽毛のコート。
まるで貴族。
いや。
王族のような男。
男は微笑んでいた。
まるで。
面白い玩具でも見つけたように。
「人間とじゃれ合いですか?」
声は軽い。
だが。
圧倒的な威圧感があった。
男は肩を竦める。
「怒の番人。」
ニヤリと笑う。
「随分と堕ちましたねぇ。」
バンの瞳が見開かれる。
血を吐きながら。
その男を睨み付けた。
「楽の・・・番人・・・。」
男の笑みが深くなる。
ユーマ達は息を呑んだ。
番人。
それも。
怒の番人と同格の存在。
闘技場の空気が一変した。




