第134話 『町医者のバン』
まだ俺が人間だった頃だ。
番人――いや。
バンは静かに語り始めた。
その瞳は遠くを見ている。
吹雪も止み。
闘技場は静寂に包まれていた。
そして。
場面は遠い昔へと移る。
朝日が町を照らす。
小さな町だった。
大きくもない。
裕福でもない。
だが。
人々の笑顔が絶えない。
そんな平和な町。
「バン先生ー!!」
元気な声が響く。
大柄な男が振り返る。
優しそうな顔。
筋肉質な体。
だが腰には薬袋。
背中には治療道具。
バンは笑った。
「どうしたんだい?」
少年が走ってくる。
「母ちゃんが腰痛いって!」
バンは頷く。
「分かった。」
「すぐ行こう。」
そのまま少年の家へ向かう。
町の人々は笑う。
「本当に忙しい人だな。」
「断るところ見たことないよ。」
「困った人を見ると放っておけないんだろ。」
町医者バン。
町一番の力持ち。
そして。
町一番の優しい男だった。
怪我人。
病人。
老人。
子供。
誰であろうと見捨てない。
回復魔法も使えた。
だから皆から慕われていた。
「バン先生ありがとう。」
「助かったよ。」
「また腰が痛くなったら来てくれ。」
バンは頭を掻く。
「なるべく来なくて済むようにしてください。」
周囲が笑う。
そんな平和な日常。
そして。
バンには一人娘がいた。
ソフィア。
金色の髪。
大きな瞳。
町中から愛される女の子だった。
「パパー!!」
遠くから走ってくる。
小さな身体。
小さな手。
バンは自然と笑顔になる。
「ソフィア。」
ソフィアは勢いよく抱きついた。
「お仕事終わった!?」
「終わったよ。」
「じゃあ行こう!」
「約束だったもんね!」
バンは笑った。
「もちろん。」
ソフィアは大喜びする。
町の人達も微笑ましそうに見ていた。
「バンさん。」
「今日も娘さんとお出かけかい?」
バンは頷く。
「はい。」
「今日は村のはずれまで。」
「山菜を取りに行く予定です。」
老婆が笑う。
「仲良しだねぇ。」
ソフィアは胸を張る。
「だってパパだもん!」
町中が笑いに包まれた。
だが。
ソフィアには一つだけ問題があった。
生まれつき身体が弱かった。
少し走るだけで息が上がる。
少し無理をすると咳き込む。
それでも。
バンは外へ連れ出していた。
運動も必要だからだ。
無理のない範囲で。
山菜取り。
海辺の散歩。
森の散策。
それが二人の日課だった。
山道を歩く。
ソフィアは楽しそうだった。
「あっ!」
「パパ見て!」
「お花!」
バンは笑う。
「本当だ。」
「綺麗だね。」
ソフィアは花を摘もうとして。
突然咳き込んだ。
「ゴホッ・・・!」
「ゴホッゴホッ・・・!」
バンの顔色が変わる。
すぐに駆け寄る。
「ソフィア。」
「大丈夫かい?」
ソフィアは苦しそうに笑う。
「う、うん・・・。」
バンは膝をついた。
優しく胸へ手を添える。
淡い光。
回復魔法。
暖かな光がソフィアを包んだ。
呼吸が落ち着く。
顔色も戻る。
ソフィアは笑った。
「楽になった。」
バンも安心したように笑う。
「無理は駄目だよ。」
「うん!」
そして。
また二人で歩き始めた。
太陽が傾く。
帰り道。
ソフィアは突然立ち止まった。
「パパ。」
「ん?」
「疲れた。」
バンは笑う。
「早いな。」
ソフィアは頬を膨らませる。
「もう歩けない。」
「足痛い。」
「眠たい。」
バンはしゃがんだ。
「仕方ない。」
背中を向ける。
「ほら。」
ソフィアの顔が輝いた。
「やったー!」
勢いよく飛び乗る。
バンは軽々と立ち上がった。
ソフィアは幸せそうだった。
「パパ。」
「なんだい?」
「将来なにになろうかな。」
バンは少し考える。
「ソフィアは何になりたいんだい?」
即答だった。
「お医者さん!」
バンは笑った。
「ほう。」
ソフィアは胸を張る。
「パパみたいに!」
「どんな人も守って!」
「どんな人も助ける!」
「すごいお医者さんになる!」
バンは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ目を細めた。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
ソフィアは続ける。
「だからいっぱい勉強する!」
「いっぱい魔法も覚える!」
「パパよりすごくなる!」
バンは笑う。
「それは困ったな。」
ソフィア。
「えへへ。」
夕日が二人を照らす。
父と娘。
ただそれだけの光景。
ありふれた。
何でもない日常。
だが。
バンにとっては。
何よりも大切な宝物だった。




