第133話 『本当のお前』
吹雪が荒れ狂う。
氷の世界。
レイとロキは地面に倒れていた。
満身創痍。
立つことすらできない。
怒の番人は二人を見下ろしている。
圧倒的。
その一言だった。
ロキは震える腕で身体を起こした。
そして番人を睨む。
「あの時の子供か・・・。」
番人の言葉が頭から離れない。
ロキ。
「じゃあ・・・。」
拳を握る。
「母さんを殺したのは・・・。」
番人。
「魔物だ。」
静かな声。
ロキは固まる。
番人。
「貴様の母を殺したのは俺ではない。」
吹雪だけが流れる。
ロキは何も言えない。
十年以上。
母の仇だと思っていた。
その相手が。
違った。
レイも黙っている。
ユーマも。
誰も口を開けない。
ロキは拳を震わせた。
そして叫ぶ。
「でも!!」
番人を睨む。
「街を壊したのはお前だろ!!」
「母さんを死なせた原因はお前だろ!!」
番人は否定しない。
ただ静かに頷く。
「それは否定せん。」
ロキ。
「だったら!!」
番人。
「弱きは滅びる。」
吹雪が舞う。
「強さがなければな。」
ロキの顔が歪む。
理解できない。
理解したくもない。
なのに。
怒り切れない。
母の仇ではなかった。
その事実が。
ロキから復讐心を奪っていく。
ロキは俯いた。
「わかんねぇ・・・。」
誰にも聞こえない声。
「わかんねぇよ・・・。」
拳を握る。
頭を抱える。
今までの人生。
母の仇。
復讐。
怒り。
全部。
全部。
崩れていく。
そして。
ロキは叫んだ。
「お前は何なんだよ!!」
番人を指差す。
「人を傷付けて!!」
「強さだ!!」
「戦士だ!!」
「そんなことばっか言ってるくせに!!」
声が震える。
「俺みたいなガキを助けたり!!」
「街を滅ぼしたり!!」
「正義ぶったりしやがって!!」
涙が滲む。
怒りなのか。
悲しみなのか。
自分でも分からない。
「本当のお前は誰なんだよ!!!」
吹雪が止まったような気がした。
番人は沈黙する。
何も答えない。
長い沈黙。
そして。
「知らん。」
ロキ。
「・・・。」
番人。
「貴様らには関係ない。」
静かな声だった。
だが。
その声はどこか苦しそうにも聞こえた。
番人は拳を握る。
「さぁ。」
一歩前へ出る。
「死ぬのか。」
雪が舞う。
「戦うのか。」
巨大な拳が振り上がる。
レイは立てない。
ロキも立てない。
避けられない。
終わりだった。
その瞬間。
風が吹いた。
ドン!!
番人の拳が止まる。
レイが目を見開く。
ロキも。
二人の前。
そこに立っていたのは。
ユーマだった。
カゼマサを構え。
震える腕で。
番人の拳を受け止めている。
ユーマ。
「2人のことは。」
歯を食いしばる。
「殺させねぇよ。」
ロキ。
「ユーマ・・・。」
レイ。
「お前・・・。」
番人は動かない。
ただ。
その光景を見ていた。
ロキ。
守ろうとするユーマ。
幼いロキ。
守ろうとした母親。
二つの姿が重なる。
そして。
もう一つ。
忘れたはずの記憶。
小さな手。
小さな笑顔。
泣き虫だった少女。
自分が守るはずだった存在。
番人の瞳が揺れた。
ユーマは気付かない。
レイも。
ロキも。
誰も気付かない。
番人だけが見ていた。
過去を。
失ったものを。
そして。
拳がゆっくり下がる。
ユーマ。
「・・・?」
番人。
「くだらん。」
小さく呟く。
「くだらん。」
もう一度。
「くだらん。」
三度目。
だが。
その声は震えていた。
番人は頭を押さえる。
「くだらん・・・。」
「くだらん・・・。」
「くだらん!!」
ドゴォォォォォォン!!
地面を殴る。
闘技場が揺れる。
壁が砕ける。
氷が割れる。
ユーマ。
「おい!?」
レイ。
「なんだ!?」
ロキ。
「どうしちまったんだ・・・!」
番人は止まらない。
ドゴォォォォォォン!!
壁を殴る。
ドゴォォォォォォン!!
地面を殴る。
まるで暴走しているようだった。
違う。
怒りではない。
混乱。
後悔。
悲しみ。
様々な感情が溢れ出していた。
番人は頭を抱える。
そして。
初めて弱々しい声を漏らした。
「まだ・・・。」
誰も聞いたことのない声。
「まだ俺を許してくれないのか・・・。」
沈黙。
番人は空を見上げる。
震える唇。
そして。
名前を呼んだ。
「ソフィア・・・。」
その瞬間。
雪男の身体が崩れ始める。
白い毛が消える。
巨大な身体が縮む。
吹雪が弱まる。
やがて。
元の姿へ戻った。
怒の番人。
だが。
今までとは違った。
どこか小さく見えた。
ユーマが眉をひそめる。
「ソフィア・・・?」
誰だ。
誰の名前だ。
誰も分からない。
長い沈黙。
番人は背中の傷へ触れた。
そして。
静かに口を開く。
「まだ俺が人間だった頃だ。」
誰も喋らない。
番人は遠い過去を見るように空を見上げた。




