第102話 『黒髪の女』
ざわざわ。
ざわざわ。
街の空気が変わっていた。
「見たか?」
「見た。」
「ゴエムが負けた。」
「一撃だったぞ。」
「嘘だろ。」
「いや本当だ。」
噂はあっという間だった。
グラディアでは強さが全て。
だからこそ。
強者の話は一瞬で広まる。
ユーマ達が歩くたび。
視線が集まる。
「あいつらか。」
「氷壁を越えた奴ら。」
「ゴエムを倒した新入りだ。」
ヒソヒソ。
ヒソヒソ。
ユーマは少し嬉しそうだった。
「なんか有名人じゃね?」
リリム。
「調子に乗らない。」
ロキ。
「もう乗ってる。」
レイ。
「もう手遅れだな。」
三人からの評価は散々だった。
ユーマは傷付いた。
その時だった。
パチ。
パチ。
パチ。
拍手。
ゆっくりとした拍手だった。
全員が振り返る。
そこには一人の女が立っていた。
長い黒髪。
腰まで届く美しい髪が風になびく。
整った顔立ち。
切れ長の瞳。
そして。
豊満な胸と抜群のスタイル。
周囲の男達が思わず目を奪われる。
だが。
その女の雰囲気は美しいだけではなかった。
危険だった。
猛獣のような威圧感。
強者特有の空気。
それが全身から溢れている。
女は笑う。
「へぇ。」
その視線はユーマへ向いていた。
「面白いじゃない。」
ユーマ。
「誰?」
即答だった。
女の眉がピクリと動く。
周囲の住民達は青ざめる。
「おい。」
「あいつ知らねぇのか。」
「マジかよ。」
だがユーマは本当に知らない。
女は数秒沈黙した後。
吹き出した。
「ははっ。」
「気に入った。」
ユーマ。
「だから誰だよ。」
女は胸を張る。
「ルア。」
周囲がざわつく。
「ルアだ。」
「氷闘祭上位常連。」
「炎姫ルア。」
「また来たぞ。」
どうやら有名人らしい。
ユーマは首を傾げる。
「へぇ。」
反応が薄い。
ルアはさらに笑った。
そして。
ユーマへ近付く。
かなり近い。
「私ね。」
「強い男は好きなの。」
ユーマ。
「そうか。」
ルア。
「反応薄くない?」
ユーマ。
「いや初対面だし。」
リリムが横から口を挟む。
「それで?」
ルアがリリムを見る。
リリムも見返す。
一瞬。
空気が張り詰めた。
火花が散りそうだった。
ルアはニヤリと笑う。
「可愛い子ね。」
リリム。
「どうも。」
全然嬉しくなさそうだった。
ユーマは気付いていない。
ロキは気付いている。
レイは頭を抱えていた。
面倒なことになる。
絶対に。
その予感しかしない。
ルアは再びユーマを見る。
「新人狩りのゴエムを一撃。」
「悪くないわ。」
ユーマ。
「弱かったし。」
周囲が静まる。
グラディアの住民達が顔を見合わせた。
ゴエムは確かに強者ではない。
だが。
弱くもない。
そのゴエムを弱いと言い切る。
それだけで。
この男が普通ではないと分かる。
ルアは楽しそうだった。
「ますます気に入った。」
その時。
後ろから声が飛んできた。
「姉さん。」
ルアが振り返る。
レイだった。
「ん?」
「また面倒事起こそうとしてるだろ。」
ルア。
「失礼ね。」
レイ。
「事実だ。」
ルア。
「失礼ね。」
二回言った。
ユーマが固まる。
「姉さん?」
レイ。
「ああ。」
ユーマ。
「姉ぇ!?」
ロキ。
「似てないな。」
レイ。
「よく言われる。」
ルアは笑う。
「私は母親似。」
「こいつは父親似。」
なるほど。
少し納得だった。
ルアはレイの肩を叩く。
「相変わらず暗い顔してるわね。」
「うるさい。」
「相変わらず愛想ないわね。」
「ほっとけ。」
まるで慣れたやり取りだった。
だが。
ルアの視線がふとユーマへ戻る。
そして。
少しだけ目を細めた。
「・・・。」
何かを考えている。
そんな顔だった。
レイ。
ユーマ。
二人を交互に見る。
そして。
小さく笑った。
「なるほどね。」
ユーマ。
「何が?」
ルア。
「別に。」
そう言いながらも。
どこか意味深な笑みを浮かべていた。
まるで。
昔を思い出したように。




