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74 イザ! 開墾!

 ドアの向こうから、厨房の奥の小さな部屋に吹き込む、草木の風。

 光の枠の扉の向こうから、こちらをまっすぐに見つめてくる、胸の大きすぎる妖しい精霊。

 煙管を手に、口から煙を吐きながら、気だるげに私に言いました。


「いつまで待たせる気だ」

「ごめんなさい!」


 待ちくたびれたのは私の方~とばかりに、嬉々としてドアをくぐります。

 足裏に感じる、土の感触。

 私は土を踏みしめて、その喜びを噛みしめます。

 し あ わ せ !

 レオには感謝の卵のお菓子を作って、お渡ししたい!


 薄暗い個室から空の下に出たせいか、眩しさに少し目を細める。

 空は晴れていて、太陽がほぼ真上にあった。


 胸の高さほどある雑草、その上を舞う小さな羽虫。

 木は切ったが根が張ったままの切り株と、端から新しく出た新芽。

 地面に半分以上埋まった大きな石もある。

 あの時は暗かったから良く見えなかったけれど、だいぶ荒れています。


 やりがいしかありません。うふふ。


「これは……」


 後から続いてきた、エーリヒが本当の荒地具合に絶句しています。

 陛下も昔から私に、ニコニコしつつも厳しいのですよ。


「さてと」


 まず、私は膝を付いて土地に魔力を流しました。

 広さは広めの小学校、グランド含むくらい。

 浅い所での探索のみですが、これといって害があるものは無さそう。

 深い所まで流せば、粘土層の下には自噴してくれそうな水層も感じる。

 きれいな水を確保できそうですね。

 もっと深く掘れば、地温勾配で温まった層までいけますし温泉も夢じゃない。

 汗を流した後の温泉とか、至福すぎる。


 少し広げて魔力を流すと、川を感じた。

 王領内の、自分の土地外ではあるけれど、取水権があります。

 合法で水を引けます。

 どう開墾するかの地図を描きながら、まずは溜め池用の土地の場所を決める。


「セシ」


 アレクが私に声を掛けた。


「はい」


 本当は顔を上げるべきなのです、けれども。

 久しぶりに土に魔力を流した、この多幸感に夢中になっています。

 魔力が循環して戻ってきて、私のいろんな情報を囁いてくれる。

 指先まで温かく満たされる、この魔力の心地よさ。


 この力で、レオを助けられるかなんてわかりませんけれど。

 まずは、この土地で採れたお米で、TKGをお腹いっぱい食べてもらう。

 それなら、私に確実にできる気がします。


 大地が私に囁いてくれます。

 ちょっと向こうに村があるよ。

 魔獣出没は多めだよ。

 村人はここまでは来ないよ、精霊を怖がっているから。

 そんな話です。

 だから私も温泉を掘りたいとか、いろんな話をします。

 ちょっと変わった女子と思われたくないので、絶対に誰にも言いたくないこれ。

 

 でもでも。

 魔力が無限大×2もあると言われたけれど、彼らとたくさん話せるなら嬉しいのです。


 私は立ち上がりました。

 学校より、土が好き。

 ここでも、鶏舎も、お米作りも、できそう!


「セシ!」


 もう長い付き合いのアレクが、私に再び話しかけました。


「はい」


 足を地面に打ち付けながら、今度はちゃんと顔を向けて、私は返事をしました。


 響く轟音と身体にびりびりくる振動。

 鳥が一斉に飛び立ち、羽ばたきの音でさらに騒がしくなる。


 だって、もう、この土地の完成図ができたのですもの。

 あとは、動くだけ。


 私が意志を乗せて流した魔力に呼応して、土地が呼吸をするように動く。

 地面が波打ち、盛り上がる。

 押し上げられたように浮き上がる木の根と、大きな石。

 溜め池ゾーンは、盛り上がった土で、横に山を作りました。


 土地の動きが、魔力の循環によって私に伝わり、深度、強さ、密度、すべてを調整しながら、また土中に魔力を流す。


 お母様やお父様がいたら、ここまで大きなことはできません。

 危ない! と言われますから。

 そういえば、おじさまにも、安全第一と言われました。

 おじさまの圧を思い出して、私は急遽安全対策をすることにしました。


 と、とりあえず、土を固めて、フルヘルメットを作ってみます。

 完成したのは、令嬢の面影ゼロの現場系。 

 アレクの冷たい視線も背中に感じる……気がします。

 ま、安全第一ですからね!

 これも作ったら売れませんかね!


 それにしても……。

 こんなに思い切り魔力を出せたのは、リアと戦って以来です。

 けれど、土とこういう会話をする魔力が一番楽しい。


「セシ! 危ない! ちゃんと、言ってから、魔力は使ってくれと言っているだろう!」


 アレクの怒声に、私はハッと我に戻りました。

 グラグラと揺らされながら、アレクがわーわー叫んでいます。

 そうでした。そういう約束をしたのでした。


「あ、使います」


 へへへ、と誤魔化し笑いを浮かべながら、首を可愛く傾げてみました。


「遅い!!」


 アレクに、可愛い子ぶりっ子は通じませんでした。

 付き合いも長いですからね……。


「ああ、もう! 本当に昔から行動が先なんだよ」


 ぶつくさ言いながらもアレクは胸元から魔方陣が描かれた紙を二枚出して、地面に置き、発動の呪文を唱えます。

 魔力が魔方陣を満たし、その場所からゴーレムが二体、ボコボコと形を成して起き上がりました。

 大きさは、馬車くらいです。馬力も、あるのです。


「やっぱり、かっこいいです!」


 私が叫ぶと、アレクはまんざらでもない様子。男の子です。

 ゴーレムはヨイショヨイショと、木の根などを分別しながら、端へと寄せていきます。

 頭が良い上に、かわいい。


 石は魔力で凝縮させれば、陛下に卸せますし。

 根っこも、乾燥させて凝縮させれば、燃料になりそう。

 すべて再利用可能、つまりお金になりそうなので、捨てません!


 ゴーレム遊びの成果が、こんなところで発揮されております。

 心の中で高笑いが止まりません。


 整っていく土地を見渡して、私は腰に手を置きました。

 まだ地固めはしておりませんが、ほぼ更地。

 ため池用の大きな穴ぼこもある状態。


 さて、あの陛下の事です。

 まず自分たちの隠れ家となる住居を気にするはず。


「アレク、建築物の魔方陣、陛下から預かっていませんか!」

「預かっている、けど……」


 アレクは顔を曇らせたけれど、やはり、と私は思った。

 王族の隠れ家にしたいと言われた時、絶対に持たせると思いました。

 私たちに気づかれたくない、からくりのある家にしたいはずでしょうから。


 なので、技術者を呼ぶ通常の建築ではなく、高等技術な魔方陣で建てると思ったのです。

 私は揺れる土の上を器用に飛び跳ねながら、アレクに近づきました。


「ください」

「……魔力の残りは?」

「魔力の残りって何ですか?」


 アレクは溜め息を吐きながら渡してくれましたが、手首をそっと掴まれました。


「魔力切れを起こしたら、看病するのは、兄上だよ」

「……気を付けて、魔力は使います」


 きっとレオは何を置いても駆けつけてくるはず。

 そもそも、学校を抜け出してここにいることを知ったら、ニコニコ鬼に変化するのもわかっている。


 なので、鬼の居ぬ間になんとやら。


 私は辺りをざっと見渡してやや小高い場所を見つけます。

 そこには、まだ木がありますが、伐採許可は頂いております。


 木は根っこから浮かせると、倒木の向きが読めない。

 それなら――。


 私は土の中に手を入れて、斧を作り出そうとして、ハッと気づきました。

 これは、使ってはいけない魔法のうちのひとつ。

 土から金属を取り出さない!

 ……そういえば、ゴーレムだって本当は禁足。もう出してしまったので、エーリヒには口外しないよう言っておかないと。


 それはさておき。


「エーリヒ様! 風魔法でチェーンソーできませんか! あの付近の木を切り倒したいです!」


 アニメでなんか見たことがある気がします!

 そんな気持ちでエーリヒを探すと、彼は尻もちをついたまま、私たちを見ていました。


 私が足を踏み鳴らす度に波打つ地面。

 大きなものを運ぶゴーレムに指示を出すアレク。

 抜かれた雑草さえ運んで片付ける小さなゴーレム。


 あ、さすがに引いたかもしれません。


 エーリヒは生まれ変わったけれど、生粋のザ・貴族のご令息のようですし、帰ると言い出すかと思いましたが違いました。


「出来るに決まっている」


 エーリヒは片方の唇を上げ、制服を整えるようにシャツの袖口を手で引っ張りながら、立ち上がりました。


「僕は、攻撃魔法クラブにも所属している。朝飯前だ」


 え? リアから何も聞いていません。

 虚を突かれている私の前で、エーリヒは手を胸の前に上げました。

 向かい合わせた両手の間で、風魔法で高速で回る円を作りだす。

 それを、球児のように投げました。


 一直線に木に向かい、スパッと幹の下方を貫通しました。

 倒れていく木。


「お見事ですわ……」

「これくらい、当然だよ」


 エーリヒはこちらを見ずに言いました。

 何だかんだで、負けず嫌いのようです。

 あれで攻撃されたら、上の身体と下の身体が永遠に離されてしまう。

 怒らせないようにしなければと、保身に走る私です。


「さ、さすがです! あの辺り、一帯の木を、切り倒してくださいませ!」


 私が手を叩いて応援すると、まんざらでもない様子。


「かしこまった!」


 エーリヒの風魔法で、大きな音を立てて倒れる高い木。

 それらの倒れる木を殴って、倒木箇所を調整するゴーレム。

 根っこや石を浮かび上がらせる私と、それらを分別するゴーレム。

 ゴーレム、働き者です。


 私はエーリヒに、うるっとした目を向けます。


「ついでに、薪の長さに刻むことはできますか?」

「お安い御用だよ!」


 倒れた幹に風の刃が走り、スパスパスパッと木が小気味よく切り分けられて、風によって積み上げられていく。

 できた更地に立って、私はアレクとエーリヒに向かって叫びました。


「魔方陣を使う前に、整地します! 安全な場所へ!」


 私は溜め池で掘った土を波のようにそのまま移動させて、盛土をしました。

 その場で飛び上がっては着地を繰り返し、魔力を使いながら地ならしを始めます。


 どぉんどぉんと地響きが辺りに響きます。

 緩い所に建物を建てたり、何かを置くと、必ず傾くというか、沈むのです。


 土いじりで嫌というほど学んだことです。

 やがて、足裏に返ってくる感触が、しっかりと硬くなります。


「やりますか……」


 私は、魔方陣を土の上に置きます。

 それから、魔力が均一に回るように、慎重に注ぎ始めました。

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