75 クラブ室を建てます
複雑で繊細な魔方陣に魔力を流すのは、大変なのです。
猪突猛進な性格のせいかもしれませんけれども。
魔方陣に描かれている図形すべてに、均一にむらなく流さなくては、陣は正しく発動しません。
ゴーレム遊びの時に知りました。
そうなのですが、さすが、超・高等魔方陣なだけあります。魔力が通りにくい。
建物だし、構造が複雑で当然としても……通らない!
私はさらに集中して、出力を高めて繊細に魔力を流し込む。
魔方陣から光がやっと立ち上ってきて、発動したのがわかります。
かなり大掛かりな魔方陣。
「陛下め、この……っ」
思わず悪態に近いものが上がってきましたが飲み込みました。
土地をあげるの、やっぱ、やーめた。そんな王族特権で、契約不履行とかになったら……私の立場はとても弱い。
何かあった時、本当にここを王族の隠れ家にする気満々なのが伝わってくる。
ん? それって……まさか、魔獣災害? え、もうすぐ来るの?
…………。
魔方陣から立ち上る光が揺らいだので考えるのを止めました。
私の二人分の無限大の魔力を注がないとできないような構造のものをアレクに託したのでしょう。
使えるものは使う。
陛下の腹黒さを最近よく垣間見ます。
でも、土魔法クラブで、クラブ室で使うなとは言われていません。
なので建った暁には、使います。
陛下が用意した建物であれば、貴族の皆様からも文句は出ないでしょう。
魔方陣から建物の形がぼんやりと浮かび上がり始めました。
ぼんやりとした輪郭が、みるみるはっきりとしたホログラムで積み上がっていく。
正面の石の階段が一段、また一段と下から上へ光の線を重ねて立ち上がりました。
「よし」
思わず声が漏れます。
左右には白い石の手すり。曲線を描いて寄り添っています。
段の縁には丸く刈り込まれた小さな低木。
そして、玄関。木枠に細かな格子が走る、重厚なアーチ型の扉。
ご丁寧に、扉の左右には鉄のランプまで付いている。
建物は、淡いクリーム色の石壁が左右へ広がる三階建て。
二階の中央には、細い鉄の飾り柵をめぐらせた小さなバルコニーが張り出して……。
「これは……」
どこをとっても、時間とお金をかけて守られてきた邸宅そのもの。
隠れ家、という規模では、ない。
ありがたく、使わせて頂きますけれども。
私が集中して魔方陣に魔力を流していると、エーリヒが後ろにやってきました。
髪に息が掛かります。
推しが近くて、ちょっと、うざいです。
「この規模の魔方陣を立ち上げられるの?」
「やってみないとわかりません」
少し疑っている感じのエーリヒ。
私はやっとしっかりと輪郭を描いたホログラムに、もっと魔力を注ぎます。
なので、邪魔をしないでいただきたい。
「あのさ、自分で魔方陣は描けるの?」
「簡単なものなら」
「へぇ。攻撃魔法クラブに推薦されるはずだね」
攻撃魔法クラブは、ベルガー先生に行けと言われただけで、推薦されたわけではありません。
そして、大事なことだから思いますけれど、本当に邪魔をしないでいただきたい。
「……ねぇ、結婚しない? けっこう、本気で」
「邪魔なのですけれど!」
私は大きな声を出していました。
魔力は無限大ですけれど、魔方陣は一枚なのです!
「魔力を注いでいるのが見えないのですか!」
「すごいなと、感心しているから、話しかけているんだ」
どこか上から目線で、エーリヒは微笑んだ。
推しの笑顔は偉大ですが、中身が! 中身が五十路!
駆け寄ってきたアレクがエーリヒを引っ張って行ってくれます。
ほっとしたところで、魔方陣に魔力が満たされ、目に痛いほどの閃光を放ちます。
「展開します!」
私は急いで走って、その場を離れました。
これだけの大きなものが展開されるのですから、それはもう潰されないように逃げないと!
音もなく盛土の上に立ち上がったのは、ホログラムで見た通りの立派な邸宅。
土魔法クラブの皆様、立派なクラブ室を私が建てましたよ!
使用制限がありそうですが、倉庫に押し込まれている今より何千倍もマシ!
さて、次は水をまず引かないとなぁ。
水は、大事です。
「セシ! 魔力量は大丈夫?」
エーリヒを私から遠ざけたアレクがやってきました。
「大丈夫です。外観は大丈夫ですが、中はわかりません」
「ああ、そうだね。確かめようか」
アレクは私の具合を確認してから、石の階段を駆け上がりました。
そして、ドアを開けます。鍵は掛かっていないようです。
私はその後に続き、中に入りました。
「これは、陛下の趣味ですか?」
玄関ホールの、天井の高さに言葉を失いました。
吹き抜けの天井は二階を越え、はるか上で淡い光を溜めています。
足元は白い石を敷いた床。
正面には幅の広い階段が緩やかな弧を描いて上階へ続きます。
磨かれた飴色の手すりが、光沢を放ち、重厚感を醸し出しています。
「豪奢ですわね」
「普通じゃない?」
「……」
ここでアレクが王子であることを思い出すことになるとは。
私は鶏舎掃除をする伯爵令嬢ですから、ちょっと感覚が違うのかもしれません。
「厨房!」
そこに急に現れたのは、エーリヒです。
まるで目的のものの場所がわかるように走り出しました。
人の家というか、陛下の別邸みたいなところで、なんたる所業!
何も見えなくなる私を見ているよう! 反面教師!
「エーリヒ!」
私はアレクに続いて、エーリヒを追いかけていました。
階段の脇をすり抜けて右の奥へ。
エーリヒはホールの端に壁と同じ色の細い扉を、誰に許可を得ることなく開けました。
開けた瞬間、天井の低い空間が現れます。
床は白い石から、擦り減った赤茶のタイルに替わりました。
窓は小さいけれど、狭いからか光が真っすぐに差し込んでいます。
廊下を一つ曲がり、短い段を降りた先に、広く開いた入口。
「あ」
私は思わず声を出していました。
立派な厨房が目に飛び込んできたからです。
天井からは、大小の銅の鍋が美しく並んで吊られています。
中央には、長い作業台。その上に、粉の袋と籠いっぱいの野菜が整然と置かれています。
卵は見当たりません。なんで?
壁側には五つの火口と、奥にはかまど。何人の食事を賄う気でしょうか。
でも、私の胸は、高鳴りました。
――米が、炊ける!
何この立派な厨房! 胸がどきどきしています。
学園に来て、久しく感じていなかった高揚。
私の頬が、自分でもわかるくらいに緩みます。
TKGのバージンロードが、見えてくる……!
……やはり、鶏舎は自分的最重要でかつ最優先課題。
水問題が片付いたら、まず鶏を飼わなくては。
狙われたり、攻撃されたり、巻き込まれたり。
そんな事ばっかりだったけれど、ちょっと楽しい!
やっぱり、鶏舎ですよね~。やる気が湧いてきます。
あー、領地の鶏舎はどうなっているでしょうか。トマスは元気でしょうか。
帰りたいなと考える横で、エーリヒが震えています。
「ああ……」
貴族令息の仮面が剥がれ、声が低くなる。
「俺の、厨房だ……!」
いや、あなたのじゃないし。
そう心の中で秒速で突っ込んでしまった私は鬼かもしれません。
目をウルウルとさせたエーリヒが、付いてきた私たちを振り返りました。
「この厨房を、俺に使わせてくれないか……!」
アレクと私が顔を見合わせた時、場違いな声が響きました。
「好みではないが、よい屋敷だな」
シュンッと姿を現したのは、あの胸の栄養過多な精霊です。
ほぅ、屋敷内にも出没するということを学習しました。
立派な厨房を見渡すも、興味はない様子。
エーリヒのことは、完全に無視しています。
「田畑はまだか? 待ちくたびれている」
厨房の作業台上の、野菜や粉を眺めながら、彼女は私に尋ねました。
エーリヒが触るなとばかりに、精霊を睨んでいます。
私はうーんと首を捻ってから答えました。
「先に水かなと思っています」
「そうだな、確かに」
精霊は頷きます。
「あと、田畑はすぐにできますよ。なので、鶏と山羊を飼う作業に入ろうかと」
山羊は草を食べてくれるし、山羊乳も絞れますし。
鶏は、説明不要で強行突破です。
あぁ、私の聖域になる未来しか見えません。
けれど、精霊は私を見ずに言いました。
「鶏と山羊など、すぐに魔獣に食い荒らされて終わりだろう」
「……?」
あれ、守ってくれるのでは?
表情で私は精霊に話しかけていたのでしょう。
「我は家畜は守らんぞ。守るのは田畑と収穫物、それを育てる人だ。後は知らん」
「え」
いま、さらっと想定外のことを言いましたよ、この精霊。
「え、卵は?」
「卵? 知らん。強いコカトリスでも飼えばいい。我は土地と人しか守らん」
え、コカトリスって、魔獣ですよね。
卵を産むの? 食べられるの?
アレクが私を困惑しながら見ています。
「……魔獣を飼うのは無理だよ。人を襲う」
私も困惑しながら質問します。
「コカトリスって、卵は食べられますの?」
「……魔獣の卵を食べる気? 本気? 魔獣だよ?」
「ここは俺の厨房でいいんだよな!」
「早く、穀物や野菜を育てろ。人間はのろくて困る」
「……」
私たちがまとまる日は、来るのでしょうか。
まとめ役がいる。
この会話をしながら、私はそう思ったのでした。




