71 焼き塩結び
動揺を隠せない私に、リアは微笑んだ。
「皆様で食事ができてとても楽しいしいですわ。これからもこの会が続けば嬉しいと思います。レオンハルト殿下はいかがですか?」
「そうだね。僕もヴァレリア嬢の意見に賛成だ。皆、どうかな?」
レオもなぜか私を見ています。
私がエミールお兄様に助けを求める視線を向けると、引き受けてくれた。
「……殿下とヴァレリア嬢がお許しになるのなら、喜んでご一緒させていただきます」
「なら、決まりだ」
「嬉しいわ」
承諾せざるを得ない、王家と公爵家の圧。
権力とは、無意識に使うものらしい。
でも、でもよ?
定期的な食事会に参加することによって、土魔法クラブの成果物を披露する会になるのなら……。
それならばぜひ参加をさせていただきたい。
コース料理に塩結び? という疑問を抱えつつ、私は予行演習とばかりに説明しました。
「今日の塩結びですが、領地で採れた『米』を使ったものです。エーリヒ様の計らいで、学食で振舞うことができました」
「そうなのですね。楽しみです」
リアはそう言ってくれましたが、私はちょっと嫌な予感がしています。
昼食会は、レオとリアが目を合わせないくらいで、他は和やかに進み……。
ついにお皿に乗って、塩結びが運ばれてきました。
それをみた、私の目がこれでもないほど開きます。
まず、横倒しになっています。
表面が、カリッと焼かれているようにも見えます。
ふんわりと、オリーブオイルっぽい香りが……。
「え」
私は目の前の皿を凝視して、息が止まる。
塩と、黒コショウ。追いオリーブオイルが掛かった、塩結び。
すごくお洒落なものになっている!
リアは興味津々と言った様子でナイフとフォークで口に運びます。
私の目玉は、ついに飛び出ました。
ナイフと、フォーク!!!
「落ち着け」
アレクが小声で私に注意します。
きっとすごい顔をしているのだと思います。
咀嚼をしたリアが表情を綻ばせます。
「おいしいですわ」
「お口に合って、ヨカッタデス」
私は片言で答えた。
レオは笑いを堪えている。
アレクは私が変なことを口走らないように注視している感じ。
そ、そうか……。
公爵令嬢に手づかみで食事をしろという方が難しい……か。
同じようにナイフとフォークを手にするけれど、私の手はかすかに震えていた。
崩れないよう配慮され、僅かに焼かれた目の前の塩結び。
ほろりとほどける気配もないほど固く握られている。
あ、ダメかも。
混乱から逃げるように、私の口が、ペラペラと土地のことを喋り始めました。
「先日、王領の一部を下賜していただきまして。そこを、土魔法クラブの活動場所にしようと思っております」
リアが眉をぴくっ、と動かした。
ナイフとフォークを持つ手を止め、レオとアレクを見ます。
「……随分と大きなお話ですが、私達に共有されても大丈夫ですか?」
「陛下も口止めをしていないからね」
レオが答えると、リアは楽しそうな笑みを浮かべました。
「やはり、ノーテル家の皆様は、すごいですわね」
リアの視線がちらりとエミールお兄様に注がれたのを私は見逃しませんでした。
虎視眈々とノーテル家男子の婚約者の座を狙う目が本気すぎる。
でも、私はいま、そんな些末なことを考えている暇はない。
重大な問題と向き合わなくてはならないのである。
私は震える手で塩結びにナイフを入れました。
うう、何か違います!
ナイフとフォークで食べるためだろうけれど、見た目とおり、しっかりと握られている。
フォークで口に運び、私は黙ってしまった。
ほろほろと米粒が口の中でほどける幸せは、そこにはない。
その代わり、噛むごとに米の甘みがぎゅっと濃く滲んで、オリーブオイル、黒コショウ、塩味がそれを優しく押し上げる。
……美味しいです。
悔しいくらいに。
米は、全部違って、全部良い。
けれど!
私は、ほろほろ塩結びが好き!!
うわーん!
次に食べるのは来年かもしれない最後の米なだけに、モノを申してしまいたい。
よくないです。全ての食べ物は有難くいただかなければと思うのに、うわーん!
私は涙を飲みこむために、現実逃避しました。
こういう時は、頭の中で誇大妄想をするに限ります。
「……土地に、温泉を掘り当てたいと思っています」
皆が温泉? と首を傾げる。
卓の端で、それまで一言も発さずに静かに食事をしていたエーリヒが手を止めました。
「……温泉、ですか」
そういえば温泉で有名な療養地を聞いたことは無いです。
なので、『温泉』という言葉自体がないのかも。
いけない、と私は誤魔化した。
「熱い水が出たら素敵だなぁ、なんて思いまして……」
火山はあるけれど、噴火するというよりドラゴンや魔獣が生まれるという印象。
でも、地熱の温泉なら土属性の魔力で、探せなくもない気がする。
エーリヒの淡い緑の瞳が、じっと見つめてきます。
推しの視線も、どうでもいいくらいに、私は今テンションが低いです。
塩結び昼食会で、正直、ここまで気持ちがえぐられるとは思いませんでした。
今日の夜ご飯は、ほろほろな塩結び! と、できるくらいに、米の安定供給が絶対的目標ですよ。
……ヒメコを、こちらに呼ぼうか。
とにかく、米を作りたい。
今すぐ土地に行きたい、耕したい。
学園では大人しくせねばと、同調圧力に屈していた私が爆発寸前。
貴重な米の前で、まったく理性的になれない私。
いいか……。
米の収穫は一年に一回なんだぞ。
もう今から水田をつくらんといかんのだ。
土地を平らにならす、これすなわち、木の根や大きな石などの障害物を除くこと。数センチ単位の水位管理が必要なので、平坦さが重要なのだよ。
外周に土を盛って畦を作らないと、水を囲い込めない。その水が漏れないように、畦を固めないといけない。
用水路からの取水口をつくり、水を引かねばならん。
そして、実際に水を入れて畦が、水漏れを防いでいるか、つまり、きちんと機能するかを確認も重要。水が抜けたらどうするよ。
それからなんだよ。米作りは!
学校が何だ!
婚約者候補がなんだ!
私は追放予定のモブ令嬢だぞ!
シナリオの強制力がいつやってくるか、誰も知らんのだ!
一日一日が、とにかく貴重なんだ!
なのに、なぜに焼いた。塩結び!!!
脳内で絶叫して、プシューッと電池が切れる私。
無で食べていたせいで、食事が終わったことにも気づかない始末。
燃えカスになっていると、エーリヒから呼ばれました。
「セシル・ノーテル嬢」
私は顔を上げました。
エーリヒが、すごく、すごく真剣な顔をしています。
「少し、お時間を良いですか」
「時間……」
エーリヒから、時間が欲しいと言われているということは?
私は、ハッとした。
ガタっと椅子を倒す勢いで立ち上がると、アレクから「セシ! 行儀が悪い!」と叱られる。
「塩結び、反省会ですね!」
「ああ……、うん」
私はエーリヒの手首を掴んでいました。
手で食べることがノーマルであることを、学食で知らしめていかねばなりませんよね!
ハンバーガーからいきますか!
「来年のための反省会をすぐにするなんて、さすがすぎます!」
「ええ……、はい」
「さぁ! 今すぐ話をしましょう!」
私はエーリヒの手首をむんずと掴みました。
そして、皆様に先に退出する失礼を詫び、高速で個室を後にしました。
次回は、エーリヒ(推し)の秘密です。




