70 ついに塩結び披露昼食会
待ち望んだ昼休みがやってきた。
よし、塩結びを売りさばくか。
気合を入れて学食へ向かおうとしたところ、アレクに止められました。
「ひとりで行動しないでと、あと何回言えばいいのか、教えてもらえる?」
「……ゴメンナサイ」
気を取り直して、アレク、ロザリアと一緒に学食へ向かう。
近づくにつれ、良い匂いがしてきます。
お腹が、ぐぅっと鳴る。……これは元気な証拠です。
二階に個室があることは薄々知っていましたが、入るのは初めて。
その方向へ進むと、立っていた護衛の騎士が道を開けました。
敷かれた朱色のカーペットを進むと、突き当りには、透明なガラスに囲まれた大きな筒。
「これは?」
「これに乗って、二階に行く」
円柱の底には、虹色に輝く床が。これは、エレベーターですよ。
人の特別意識をくすぐる仕様に、正直学校なのか? と思ってしまう。
「魔道具……に、なりますか?」
「そうだね。魔方陣の技術と、魔道具、付与魔術の技術が詰まっているらしい」
アレクが乗り込みながら説明をしてくれます。
ふむ……。技術は掛け合わすことができるのか。
私は、ゴーレムや畑に転用できないかと考え……、アレクの表情を伺いました。
「アレクが得意なのではないですか? こういうの、何か、作れそうです?」
アレクは、動くエレベーターを見回しながら、まんざらでもない顔をしている。
「組み合わせは無限大だから、できるとは思うけれど……」
「やりがいがありますね! アレクなら絶対にできますよ」
私が笑顔で言えば、得意そうな顔で頷くアレク。
「まぁね」
男子って、単純。
これですごいゴーレムが出来上がるかもしれないと思うと、うきうきします。
二階に上がったエレベーターのドアは、聞きなれたチンという音と一緒に開きました。
正面には個室の両開きのドアを守る護衛の騎士の姿が。
王子たちが使うから、今日はこれだけ厳重なのかもしれません。
護衛の騎士は私たちの姿を認めると、恭しくドアを開けてくれました。
子ども相手に大変です。
私が「ありがとう」と声を掛けながら通り過ぎると、彼らは微笑み返してくれます。
燃えるような赤い髪を揺らして、笑顔で出迎えてくれたのはリアです。
「セシル様!」
「リア様!」
本来なら、この場は、レオとリアの食事会。
リアをエスコートしてくるはずのレオの姿が無い。
不思議に思っていると、私はぎゅっと抱きしめられました。
「ぐぅっ……」
力が強すぎて変な声が出る。
「ああ、セシル様。ご無事で良かった。先日は守りできずに申し訳ありませんでした」
お詫びしたいのに、声が出ません。
そしてなぜか、リアの息遣いが荒い。
「丁寧なお礼状と素晴らしい品を、グランディエ伯爵家からドラッヘンフェルト公爵家にありがとうございました。お父様がとても感動しておりました」
お礼状と、品物……?
卵ではないことは確かです。
ノーテル家が、私のフォローに走り回ってくれているのが目に浮かぶ。
申し訳ない。
「私は、フリードリヒ・ノーテル様から、個人的に感謝のお手紙と、お花を送っていただきました。しかも、お花は、リュシエール子爵家が品種改良した、予約も取れない美しい話題のお花をいただきました。エーリヒ様からもお礼を」
「まぁ……」
リアが私から身体を離し、クネクネと身をよじります。
フリードリヒお兄様……。
リアはお花を貰ったことで、脈ありだと思っているようですよ。
「私、セシル様を全力でお守りいたします! お父様からもそのように言われておりますので、心配は不要です」
私は衝撃を受けました。
ノーテル家の思惑通りに、公爵家が動いてしまっている。
私は「ありがとうございます」と言いつつ、考えた。
お父様は、最上級ポーションを贈ったと考えて、間違いない。
さすがに公爵へのお礼は気を使ったのかもしれません。
在庫の状況は、お母様が管理しているのでぬかりはないはずですが……。
質の良いポーションのために、本当に土の状態を見に行かないといけない。
どう時間を捻出するか、私が悶々と考えていると、エミールお兄様が個室に入ってきました。
「セシル。今日は無事かい?」
エミールお兄様が悪戯っぽくウィンクを投げてきた。
私は笑顔になる。
縦巻きロールに絡まれたけど、無事。
けれど面倒なことになりそうなので、口には出さずに「何事もありません」と答える。
お兄様はリアに身体を向けて、手を胸に当てて軽く頭を下げました。
「ヴァレリア嬢、先日はセシルを守ってくれてありがとう」
「当然のことをしたまでですわ」
リアは完璧令嬢モードで対応しました。さっきまで、くねくねしていたのに。
ロザリアはスン......とした表情で、すべてを見ています。
「皆、揃っていますか?」
言いながら、エーリヒが中に入ってきました。レオと一緒です。
推し! と心臓が跳ねるところですが、エーリヒの手にあるトレイに乗せられた塩結びを見た瞬間、すべてを奪われました。
炊き方、握り方に不備は無いか!
興奮して駆け出しそうになるのを、前に立ったレオに止められました。
「落ち着いて。食事に関しては、エーリヒに任せていたら問題ないよ」
どういう意味でしょうか。
そうえいば、塩結びを学食で供給することを考えてくれたのはエーリヒです。
エーリヒは給仕用のワゴンにトレイを乗せながら言います。
「誰が宣伝したのかわからないけれど、塩結びの売れ行きが良すぎて、とりあえず先に持ってきました」
「……」
思い当たるフシがありすぎる。
アレクの視線がじぃっ、と私に注がれて、とても痛いです。
「シリィ、今日は何も無かった?」
レオは私ではなく、ロザリアに尋ねました。
私が何事も無かったと答える前に、ロザリアは薄っすらと笑みます。
「殿下の婚約者候補のザルツェック侯爵令嬢、ジゼル・アルンハイム様が、セシル様にわざとぶつかり、耐え切れず、勝手に転んで、廊下に膝をついておりました。その後ろには、同じく、殿下の婚約者候補のエルツベルク伯爵家、リンデ・ハーゲン様がいらっしゃいました」
ロザリアが恐ろしいほど刺々しい口調で、まったく噛まずに一気にしゃべりました。
後ろにもう一人いたとは。
私はまったく思い出せない取り巻きを、何とか思い出そうとして、諦める。
今度会った時には、しっかり顔を拝みましょう。
「絡まれてるじゃないか、セシル」
「朝から大変だな……」
エミールお兄様とアレクは私を心配そうに見ましたが、レオはスッと笑顔を消します。
ほの暗く視線を泳がせた後「ごめんね」と私に言った。
あら、久しぶりにレオから不穏な雰囲気が……。
「……シリィが、怪我をしていないのなら良かった」
「負ける気はしないので大丈夫です」
力むまでもなく、本当に負ける気はしないのです。
ただ、クラスメイトからルールを守ることで、いろんなことを『揉み消さない』ことで、得た人望。
さすがに、前みたいにギッタギタにしてやると息巻くことはできません。
疚しくないメッタメタくらいならいいかな? と思っています。
と、いうか。レオにはもっと大事な話があります。
「そんな些細な事よりも、こちらをお願いしたいです」
私は手に持っていた契約書が入っている筒を、レオに差し出しました。
レオはすぐに、受け取ってくれる。
「サインはした?」
「全文を読み直したうえで、直筆で、いたしました」
決め顔で言えば、レオはくすりと笑った。
「確かに預かったよ」
これで、私は土地を自由にできる!
ここからは、スピードが大事です。
土地への出入口とやらはいつできるのか。
私はどれくらい自由に行き来していいのか。
住んで良いのか。
などなど、聞きたいことは盛沢山。
私が鼻息を荒くしそうになったところで、エミールが、パン、と手を叩きました。
「食事にしませんか」
その一声で、昼食会が始まることとなりました。
くっ……、推しが私の土地開発の邪魔をしてくる。
とはいえ、この会はもともと、レオとリアの婚約者候補のお茶会。
つまり、主役は二人。
ここは、ちゃんと弁えるのが貴族としての心得……。
実際は、塩結びを売りさばく気満々で来ましたが。
……まずは、呼吸を整えて、食事に集中することにしました。
学食のはずなのに、給仕が明らかなコース料理を運んできます。
さすが王族と公爵令嬢。
なるほど、これが権力ですか。
ちなみに、塩結びもこのコースに入っているもよう。
へー、と思っていた、私の時が止まります。
ん? コース料理に、塩結び?
エーリヒが私の視線が泳いでいるのを見て、言ってくれました。
「ちゃんとこの部屋専用のコックがいて、最高の状態でサーブされるから」
いや、そういう問題ではなくて。
既に握られた塩結びを、最高の状態で、サーブとは?
今日一番の嫌な予感に、私はじぃっとワゴンに乗っている塩結びを見つめてしまいました。
誤字脱字報告ありがとうございます!




