67 この距離は、反則です
レオの指が私の前髪に触れて、蒼の目で真剣に額の傷を確かめてくる。
顔が、息が掛かるほど近い。
セバスチャンがいます! セバスチャンがいます! セバスチャンがいます!
そんな感じで目だけでセバスチャンに助けを求めると、首を横にして全然違う方向を見ていました。
なんということでしょうか! ここは止めてください!
ただ、……レオは額の傷を探しているだけのようです。
「顔の傷は、皆が慌てたでしょ?」
息のかかる近さから、話しかけられて、私は完全に固まった。
「はい、それは、もう……」
「本当だ、ちょっとだけ傷跡があるね」
レオの指が爪で痕を付けたくらいの、小さな傷に、「よく見ないとわからない」と言いながら、触れた。
セバスチャーン!!
……と助けを求めてみたけれど、やっぱりあらぬ方向を見ている。
レオは、来年、婚約者を決定する年齢。つまりお年頃なのですよ!
この接触は、止めてください!
私の脳内焦りを知らないレオは、ふわりとした笑顔を浮かべた。
「やっぱりお転婆だったんだ」
「はい、それはもう」
私の心臓、もう持たないかもしれません。
レオは納得したように立ち上がると、元の椅子に腰かけた。
とても落ち着いた様子で、セバスチャンが新しく淹れたお茶を一口飲む。
「無限大が二つ並んで顕現した理由がわかったよ。二人分という意味だね」
レオは納得した様子です。
私には、無限大が二人分という概念が、よくわかりません。
「魔力の発散が倍必要になるから、その対策が必要だね。攻撃魔法クラブに属していて良かった……ということになるのかな」
レオの反応、なんか、思っていたのと違います。
私の方が混乱をして、レオに尋ねてました。
「え、他にないのですか?」
レオは足を組んで考え事をしていたようだったけれど、私の問い掛けに顔を上げた。
「追放のこと? させないよ。もし万が一、そういうことが起こったとしても、僕がシリィを迎えに行くから大丈夫だよ」
レオは言いながら、眩しい笑顔を浮かべます。
いやいや、追放じゃない。
ここで私が『追放されても生き残るために頑張っています』と言えば、すごく問い詰められそうになる気がしたので、口は閉じました。
レオは首を傾げます。
「他にも何か、気になることあるの?」
「頭が変じゃないのかとか。中身はいったいどうなっているのだとか」
レオは「ああ」と言って、過去を思い出すように視線を動かした後、笑った。
「シリィは、出会ったときから年齢不詳だったし、発想が突飛だったから、納得しただけ、かな……」
……懐が深すぎた。
肩透かしを受けた私の方が衝撃を受けています。
レオはキラキラと眩しいくらいの笑顔を私に向けました。
「その前世の女性が知っている……文化とか技術とかを聞かせてもらえると嬉しいな。新しい魔法が作れそうだ」
受け入れの速さと、貪欲さ、前向きさに、私の心配が萎んでいきます。
レオが気にしていないのに、私が気にしてもしょうがない。
あまり気にしないのが、私のいい所。
そうして、おじさまに相談できるかなと思っていた案件を思い出しました。
「……監視カメラというものがございまして」
私はロッカーが燃やされたことを例に出した。
その場を『撮影』して、それを『保存』する。それをまた『再生』する技術。
考えたら、レオは光魔法なので相性が良さそう。
静止バージョンもあることを伝えた。写真の概念。
「なるほどね。口裏を合わせて、誰かを陥れることが難しくなるのか」
レオはやけに真剣な顔で言った。
セバスチャンに目配せしたので、何か引っかかるものがあったのでしょう。
私のロッカー周りにはぜひとも設置をお願いしたいものです。
調子に乗って、持っていると居場所を特定できるものや、付けていると心拍数を測るものもあると伝えたら、それは既に魔法としてあると言った。
ちょっとこれも肩透かし。
レオは私にお代わりのお茶を魔法で淹れてくれながら微笑んだ。
「そういう話は、あまり外でしないでね。シリィの事だから、これからもいろんな案を出すのだろうけれど」
発想を話すのは、ノーテル家関係者や、陛下、レオ、アレクくらいにしておいてくれとのこと。
セバスチャンがコクコクと頷いている。セバスチャンが良いのなら、おじさまはセーフなのかも。
「き、気を付けます」
これ以上の返事はできない。
興奮をしたら、何を言い出すかわからないのが、私ですので……。
自覚しているのに、止まらない悲しさですよ。
「あと、ベルガー先生に空間魔法を習ってね。空間魔法は生活魔法と同じ位置づけだから学園で使えるし、いざというときに役に立つよ」
いや、私も魔法を切る魔道具が欲しい。
そう思いましたが、歩く災害はこれ以上、皆様にご迷惑をお掛けしたくない所存。
でも、ベルガー先生は、ちょっと、これ以上、関わりたくないというか。
「でも、自学でどうにかしたいと思います」
「最高難度の魔法は、どうにもならないよ」
レオはこういう時、容赦ありません。
ベルガー先生と縁が深すぎて悲しい。
レオはどんよりした私を見て、元気づけたいと思ったのかもしれない。
「ベルガー先生は、シリィのことを学園で一番に考えてくれていると思うよ」
「……」
絶対に、嘘。
私が白い目をレオに向けたのに、レオは続ける。
「いつか、わかると思う」
いつかわかりたいものです。本気で。
ふっと、魔獣災害のことが頭をよぎった。
レオがひとりで災厄を呑み込んでしまう未来があることは、さすがに言えない。
それを回避する方法はわからない。
けれど、絶対に助けたいと思っている。
空間魔法が役に立つのなら、習得してもいいかな。
開け放たれた窓から、澄んだ空気が吹き込んだ。
レオはその風を心地よく受け入れているように見えた。
「シリィが何をするのか、楽しみだな」
「頂いた土地で、米は作りたいですよね。TKGを食べたいです」
当然の願望を口にすると、レオがお腹を抱えて笑った。
始めて会ったあの日から、いつの間にか、私たちの距離はとても近くなった。
けれど、話す内容はそんなに変わらない。
「じゃぁ、鶏舎もいるね」
「そうなんです! 学校に行く時間がもったいないです」
「でも、明日は塩結びの日だよ。そのために、起きたんでしょう?」
「あ、そうでした!」
そんな私たちの会話を、セバスチャンが感慨深そうに笑みを浮かべて見守ってくれている。
私達は笑いあって、セバスチャンをお茶に誘った。
週1,金曜日更新は来週からします…。




