66 秘密の共有
「ねぇ、何があったのかを、教えてくれる?」
「まずは、身支度を」
セバスチャンは表情を変えずにレオを押しのけて、メイドを呼び、私の湯あみと着替えを指示した。
私から受け取った水晶をレオに渡しながら、音もなく唇を動かす。
あら、口唇術で内緒話……。
するとレオは頷いて「後で来るね」と言い残して、二人は水晶を手に部屋を出ていった。
その後、私は至れり尽くせりで身支度をメイドに整えてもらいながら、いろいろ教えてもらった。
私は一日以上、眠っていたこと。
その間、ピヨこと、フェイ・ドラゴンが傍を離れなかったこと。
レオも離れようとせず、メイドに白い目で見られていたこと。
身支度が調ってメイドと入れ違いで、セバスチャンが戻ってきた。
私はあの日、涙を流したかと思ったら、鼻血を出して倒れたらしい。
急いで王宮に帰ってきたが、昏睡したままだったと教えてくれた。
私はしゅんと肩を落とした。
「迷惑を掛けて、ごめんなさい」
セバスチャンは微笑んだ。
孫のベルガー先生と大違いですよ。
「レオンハルト殿下が、何が起こったかを気にされています」
「そうだぞ! お前は」
ベッドでゴロゴロしていたピヨが何かを言い出しそうだったので、魔力をありったけ注ぎました。
するとお腹いっぱいと言った様子で、寝息を立て始めました。
そこに、レオが戻ってきました。
「あの、心配とご迷惑を」
「そういう言葉を、聞きたいのではないんだ」
レオが真剣に、そして切実そうに、少しだけ目を伏せた。
「君を守る方法を、僕は知りたいだけだから」
応えたいけれど、魚の骨が喉に刺さったみたいに、言葉がつかえて出てこない。
レオは、どういったからくりかはわかりませんが、私の危機の際にはいつの間にかそばにいてくれる。
変なことを言って、嫌われたくない……し……?
私は首を傾げた。
あれ、なんだか、レオに嫌われたくないみたいです。
心臓が、バクバクと意識し始めました。
私がこんなことを、急に言い出すのですよ。
『ここは私がプレイしたゲームの中。毒キノコを食べてシんでしまった私は、セシルが頭を打った時に、彼女の身体に入ったのです』
この時点で厳しい。
『さっきは急に前世の私になって、農業をしてみたいと思っていた想いが、沸き上がってきて、セシルに慰めてもらったら、倒れました』
やはり、とても厳しい。
私は黙ってしまいました。
そんな私の頑なさを感じたのか、レオは寂しそうに笑みました。
セバスチャンが、鈴を鳴らします。
するとメイドがスープと、柔らかそうなお肉とパンを運んできました。
あっという間に、テーブルが整います。
「食べられるだけ食べて。そして、話したくなったら話して」
私は頷いて、まずは食事をすることにしました。
給仕はセバスチャンがしてくれるようです。
レオは少し前ならば、二人きりになるために、セバスチャンも追い出していた……と思う。
レオも成長をしているらしい。
柔らかいパンも、たくさんの柔らかいけれど色が残った野菜スープも、ほろほろになるまで煮込まれたお肉も、全部おいしいです。
レオはセバスチャンが淹れたお茶を飲んでいます。
無理に私から聞き出そうとせずに、行儀のいい話をしてくれる。
なんとなく痺れを切らした私は、気になっていることを尋ねてみました。
「……空間魔法って、どういったものなのでしょうか」
レオは笑みながら「それはセバスチャンが得意だ」と言う。
セバスチャンは私に教えてくれます。
「空間魔法は、理の理解がまず必要です。桁外れの魔力か、才能・技術でもって到達するものです。最高難度の魔法であり、属性は関係ありません」
「理の理解……」
レオが補足してくれた。
「まずは、強く願うってことだよ。そうすれば、そこに扉が開く」
ふむふむ、なるほど……って、なりませんでした。
でも、つまり、使える人は少ないと。
その少ない人が、周りにたくさんいると……。
「セシルは魔力量が桁違いだからできるはず。学園の空間管理はベルガー先生がしているし、教えてもらおうか」
「……」
無言で拒んでみました。
いろんな出来事が走馬灯のように巡り……、なんとしても、自学で到達したいとなりました。
セバスチャンが私が食べ終わった食器類を下げるために、メイドを呼ぶ鈴を鳴らします。
すべてが片付いても、レオはもちろん、部屋を出て行く気配は、ありません。
「……シリィの秘密は、まだ教えてもらえない?」
レオの澄んだ深い蒼の瞳の中に、金色の星が瞬いている。
秘密と言うか、心理的抵抗の問題なだけで。
私は手をもじもじさせます。
レオは、当然のように魔法でお茶を淹れ始めた。
セバスチャンはそれを温かい目で見守っています。
レオが作り出す、このお茶を用意してくれる時間は静かで厳かで好きです。
心を落ち着かせてくれます。
空間で優雅に踊るように用意されるお茶を見ながら……。
私はなんというか、観念しました。
もうどうにでもなれ! と、勢いで喋ってみた。
五歳の時に鶏に追いかけられて派手に転んだこと。
額を打ち付けて、ちょっとした傷が残るくらいの勢いだったこと。
その時に、全く違う国の三十歳くらいの女性の記憶が蘇ったこと。
この世界が、プレイしていたゲームの世界だったこと。
自分は学園を追放されるモブキャラで、生死不明であったので、それを回避したかった。
だから、生き残るために、いろんな挑戦をすることにしたこと。
土地を貰ったとき、同じ思いだった前世の私が泣いていたこと。
十歳の私が、抱きしめたこと。
そして、鼻血を出して倒れた。
レオは黙って聞いていたけれど、『抱きしめた』というところだけ反応した。
話し終えると同時に、レオのお茶の用意も終わった。
頭がおかしいと引かれる覚悟をした。
心臓がバクバクと不安になっている。
開口一番、レオが言ったことは、予想とだいぶ違った。
「額の傷、大丈夫?」
「傷?」
傷も何も、五歳の時のたいしたことのない小さいな傷でして……。
でも、レオは立ち上がって、私のそばに来た。
「見せてもらっても良い?」
ん? 見せるって……。
そして、視線を合わせるように腰をかがめると、指を伸ばしてきた。




