64 ずっと、これが欲しかった
ちょっと血の描写ありです。
私は慌てた。レオが精霊を攻撃しようとしている。私が原因で!
精霊はレオに歯向かいたくても無理なようで、泣きそうな顔で私を見てきます。
レオって、めちゃくちゃ強いのでは……?
精霊の黄色い目が水を張ったようにうるうると波打ち、困ったように眉が八の字を描く。
老若男女問わず、そういう顔に、私はめっぽう弱いのです。
胸が痛い……。
私は精霊に、できるだけ穏便に話しかけた。
「あの……私はこの土地をいただいていいのですか?」
「我の土地だ」
シュンとしながらも、所有権を主張する精霊の貪欲さよ。
妙なシンパシーを覚えますね……。
ということで、土地が欲しい私は、お願いしてみました。
「あの……私の壮大で美しい、土地開発構想を聞いていただいていいでしょうか」
「ふむ……」
精霊は、やぶさかではないという態度。
ならば、さぁ! プレゼンですよ!
新しい土地を半年後に頂きましても、(人手という名の)土魔法クラブの皆様と縁が切れているかもしれませんので!
今! 今が勝負です!
なぜならば、私は歩く災害、セシル・ノーテル。
退学か追放を突き付けられし女生徒。我ながら泣けてきます。
「まず、この土地に『米』を作ろうと思っています」
「米?」
精霊が耳を文字通りピクリと動かした。
「高い場所には小屋、そのそばに深くまで掘った井戸を据えて、水を小屋へ汲み上げて引きます。小屋から出る汚水はろ過して、ため池に流します。ため池の水源は、できれば川から水を引きたいところ。鶏とヤギは放し飼い。ため池の水で田を潤し、夏は稲、冬は小麦の二毛作をしたい。池には合鴨と魚を放ち、水車を回して精米も」
こ、呼吸を忘れていましたわ……。
息切れを起こした私は、呼吸を何回かした。
レオが背を撫でてくれている。まるで選手を応援する監督のようです。
すでに精霊に向けての話ではなくなっていますが、止められない!
ヒメコにここにも来てもらわなくてはいけませんね。いろいろしなくてはいけないことが多い。忙しい!
もう、周りの視線なんて、気にしていられません。気にしてもいませんでしたけれど!
「ふ……ふふふ……、温泉でも当てられれば、いいですけどね」
湯の温度は、熱くても、ぬるめでもいいです。
作るなら露天風呂がいいですわね……。稲穂を見ながらつかるお風呂……。良すぎて失神しそうです。
精霊の目が、す、と細くなった。値踏みするような、けれどどこか楽しげな色。
「ますます、面妖な娘だな」
メイド服姿の精霊が、ボンッと音を立てて姿を変えた。
立っていたのは、匂い立つような色っぽい大人の女性。
合わせの襟はゆるくくつろげられ……その隙間からのぞく胸元は、目に毒なボリューム。
どこから取り出したのか、細長い管をくゆらせ、ふう、と紫煙を吐いた。
メイド服からのチェンジが激しい。
彼女は遠くを見るような目で、微笑んでいる。
「良い。それは我が視たい景色だ。好きにせい。元より、我が入れた茶を飲んだ時点で契約は終わっておった」
よくわからないシステムだけど、まぁ、いいですね!
とりあえず、ヨーシヨシヨシ! あと一押しです!
「そのためには人手がいりまして! 攻撃されると困るのです!」
「人手は我が守ろう」
レオが光の矢を消した。
よし! あと一歩!
大型契約を取る前の営業なのだから冷静にと思うのですが、感情的な私です。
私は陛下にほぼ叫んでいました。
「陛下、私はここを土魔法クラブの活動場所とさせていただきます。なので、彼らがここに足を踏み入れる許可が欲しいです。絶対に危害を与えないでほしいです!」
「彼らの身辺調査はさせてもらうよ?」
「はい! そして! 取水権をください!」
しーん。
絶対に必要な、水の権利。
勢いで、とんでもないことを私は主張しました。
見上げるとさすがにレオも頬を引き攣らせながら瞬きをしています。
「良いが、条件がある」
陛下はあっさりと認めた。それからこの森を越えた場所に川があること。水を引いても良いが、その費用は全て私が持つことなどを言った。
それは契約書に内包されていると思うので、問題無し。
しかも、権利に伴う支払も求めないというのだ。
私は妖艶な精霊を見てから思いました。
これはもう、……絶対に裏がある。当然、私は、身構える。
「出来上がったら、王家の隠れ家にさせてくれ。聞いた話、自給自足可能だろう?」
「はい!」
なんだ! そんなこと!
良く理解せずに食い気味に返事をしたのは、水の権利の方が、遥かな価値があるからだ。
アレクたちが隠れ家に使うのなら、普通にウェルカム。
土地をいただくまで苦節五年、これからです。
胸がどきどきわくわくしています。
土魔法クラブの皆様、植木を抱いている場合ではありませんよ!
植木鉢時代の終焉ですよ!
あんな押し込められたような用具室じゃなくて、広々としたここで、皆が楽しく過ごせれば、いいなぁ。
米が、私の生活圏で作れて、TKGが食べられたら、本当に嬉しい。
私の手の届く場所で。
――ああ、そうか。私はずっと、それが欲しかったんだ。
そう思った瞬間、私の目から涙が零れ落ちました。
「あれ……」
五歳の私ではなく、前世の私が、泣いています。
会社のルールや、上司が変わると、当然のように変更される評価制度。
がんばったことが目前で、ただの白紙のようにされる日々。
仲良くしていた同僚や後輩が辞めていく。先輩の表情から生気が抜けていく。
皆でがんばろうとビールで乾杯したのに。
皆、頑張れなくなって、どんどん殺伐になって。
疲れて、もう、動けなくなって。
そんな時に舞い込んできた、知らない親戚の田舎の家の相続。
嬉しかった。
やりがいが欲しかったのではなくて、息ができる場所が欲しかった。
畦道の匂い、水を張った田が青い空を映す、あの輝いている水面。
脳内のどこかに刷り込まれた、日本の田園風景。
心機一転! と拳を天に突き上げたのに、毒キノコで星になるなんて。
……マジ最悪。
そんな泣いている私を、そっと抱きしめる腕があった。
十歳のセシルが、微笑んで、私を抱きしめてくれている。
あんなに泣いて怯えていたセシルが成長して、私を抱きしめてくれていた。
『ありがとう。貴女のお陰で、とても楽しいわ。だから、泣かないで』
大粒の涙が流れた。
あんなに小さかったのに、立派になって。
三十路を慰められるくらいに、人に優しくなって。
成長って、素晴らしい。
私も、姪っ子を抱きしめるようにセシルを抱きしめていた。
――一緒にいようね。
今までなんとなく共存していた魂のような境目が、溶ける。
どちらの記憶も、どちらの痛みも、もう区別がつかない。
ただ、あたたかい。
ぐるぐると渦を巻く風が、私を持ち上げるように、下から私の身体を押すように吹き上げてくる。
天井を突き抜けた、と思った瞬間。
フリードリヒお兄様の光に照らされた土地に帰ってきたのがわかった。
視界に入ってきた、土の上の、点々と増えていく赤。
既視感。
ああ、これは——前にも、こうやって何回目かの鼻血を出した。
「シリィ!」
うーん、くらくらするなぁ。
倒れそうになる身体を、しっかりした腕が支えてくれた。
「セシル!」
名を呼ぶ声が、水の中にいるみたいに遠い。
フリードリヒお兄様の光が、やけに眩しくて、輪郭がにじむ。
私を支える腕の熱だけが、やけにはっきりしていた。
「シリィ! しっかりするんだ!」
「ピヨピヨピーーーーーーッ」
元気です! 元気なんですよ。
でも、ごめんなさい。返事は、ちょっと無理そうです。
私は、瞼を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
金曜日週1更新目指していきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
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誤字脱字報告、ありがとうございます。反映が遅くてごめんなさい。




