63 土地の主は、人ならざるモノらしい
フリードリヒお兄様が割れた硝子を魔法で修復をしてくれている。
陛下は何事も無かったように、薄い膜の内側から触れ、弾けさせた。
パリィ……ン、ととても涼やかな音と一緒に、床に散らばる硝子片。
私、涙目です。
弱み=土地を握られているので、しおしおとなっています。
「ははは、たくさん硝子が刺さっていたな」
陛下は床に散らばった破片を見ながら笑った。
陛下の遠回しの嫌味か、直接的なものか……。もう令嬢ムーブで失神したい。
お兄様に修復魔法を教えて欲しいと頼むと、三年生になったら教わるから気長に待ちなさいと言われました。
襲撃者リストの中に、まさかのピヨが入りましたよ……。
ここは……もう正攻法しかない。
私はピヨを掴んだまま、体育会系も真っ青になるくらいに、勢いよく頭を下げた。
「本当に! 申し訳ぇっ! ありませんでしたぁっ!」
陛下は気にするな、頭を上げなさい、と言ったけれど、そんなわけにはいきません。
私はピヨを掴んだまま、瞬きもせずにこのヒヨコに言った。
「お願いだから、登場するときは、扉から来てちょうだい」
「ここは無理だぞ。微妙に空間を歪ませているから」
「……」
皆さん、簡単に、空間を歪ませすぎじゃないですか?
それ、生活魔法なのでしょうか。
このヒヨコは唾を飛ばす勢いで喋ります。
「お前、気を付けるんだぞ。狙われているんだから。お前に何かがあれば」
「ご飯が食べられなくなりますものね!」
お腹が空いていたのですね! と、私はピヨを掴む手に力を込めて、魔力を流した。
ビヨビヨビョーとピヨが叫んでいます。
陛下が慌てて「もういいから頭を上げなさい」というので、ピヨが黙ったのを確認して、私は頭を上げた。
すでに、お兄様が修復魔法で部屋を元通りにしてくれていた。
下賜地契約書の上に散らばっていた硝子片も無くなった。
なるほど、修復魔法は既にある物質をアメーバーみたいに分裂させて直すのではなく、元々の素材を使って修復するのか……とか、魔法を使うお兄様の背中を見て学ぶことは忘れない。
……。
ああ、違う、違う、そうじゃない。
土地、土地!
もうサインする気力とか……無くなるわけがありません!
陛下の気が変わらない内に、どうにかこうにか、サインまで……。
私は魔力を流され、お腹いっぱいになって黙ったピヨを胸に抱きなおして、陛下に言った。
「陛下、あと一点。どこに土地があるかは伺いませんが……」
恐る恐る……、と私はお願いしてみる。
遠くの物件を条件だけみて、現地確認せずに頂くような、そんなリスクを取れないのである。
「けれど、どんな土地かは見せていただきたいのです」
「……ああ、そうだな」
陛下がそう言うと、さきほどの使用人をみた。
私は驚いた。いつの間に現れたのでしょうか。
使用人が承諾するように僅かに頷くと、陛下は顎を触った。
「今から行こうか。私は時間がなかなか取れないからな。これを逃せば半年後か……」
ひえぇ、半年後!
私、半年後には、学園を退学か、巻き込まれ追放されているかもしれない!
私は陛下に土下座する勢いで言った。
「招待してくださいまし!」
私は陛下の後ろに立っているお兄様に、うるうるとした目を向けた。
まだ通用してほしい、このお願いの仕方!
「お兄様も、お時間はありますか!」
「陛下が仰るのであれば」
フリードリヒお兄様は、私にウィンクしながら言った。
良かったね、と言うように。本当に私はお兄様達に足を向けて眠れない。
「あと、石もよろしく」
「いくらでも、なんなりと! 何でしたら寮の部屋にたくさんありますので!」
そう、コツを掴んだと思って止めるとゼロに逆戻り。私は毎日毎日復習をしているのです。傍から見たら、石を拾って歩く変な令嬢でしょうけれども……。
というか、どうしよう。
おじさま、ちゃんとレオに良い石を選んでくれたでしょうか。
まず土地、その後はおじさまに連絡をつけないと!
「石ならいくらでも! ですから、あの、土地を……」
陛下とフリードリヒお兄様、使用人が顔を見合わせて笑う。
その違和感に私が首を傾げます。
「本当に、末恐ろしい姪だよ」
陛下は言いながら、私の頭を大きな手のひらでぐりぐりと撫でてきた。
すると、メイド服姿の使用人が言った。
「お前が言う通り、面妖な娘だな」
「……」
使用人が、突然、存在感を増した。
黄色い目が、私を見た。
「案内しよう」
「……」
使用人が手のひらの上に光を浮かべた。
その光が部屋全体を包み込むと、ぐにゃり、とした変な感覚が身体にまとわりついた。
これには慣れないといけないようです。体調が悪い時は、乗り物酔いしそう……。
ピヨはというと、満足そうに私の腕の中でゴロゴロと言っている。
お腹がすくと暴力的になるとか、本当によろしくないです……。
視界が開けると、日が落ちかけた濃ゆい紫色の世界が一帯に広がっていた。
目が慣れてくると、黒い姿の高い針葉樹の梢が、幾重にも重なって立っているのがわかった。
ひんやりとした肌寒さに思わずピヨで腕を撫でる。じんわりと、温かい。
息を吸えば、森と木の匂いの濃い空気が肺を満たした。
雑草は茂っているけれど、湿った土と葉の匂い。踏みしめた足元は柔らかくて、何度か足踏みをしてしまう。
開けてはいるけれど、長く人の手が入っていない土地。
私は、自然と微笑んでいた。
「暗いな」
「光」
フリードリヒお兄様は何かを打ち上げると、空高くに光の玉が浮かんだ。眩しい光がかなりの広範囲を照らす。
「すごい……」
これは一見、未確認飛行物体……。
私は見上げたいのを我慢して、あたりを見渡した。
全貌を表した、土地をぐるり囲む背の高い針葉樹。それに囲まれた高低差のある土地。
ぐるっと見渡せる広さ、田舎の小学校のグラウンドくらいでしょうか。
枯れて折れた木や、生えている草の高さを見れば、数年は手が入っていない気がした。
「……開墾しようとしたが、無理だった場所だ」
「無理……やめたのですね……」
無理って、どうしてだろう。
どんな事情があるか知らないけれど、私はいっきに想像を膨らませました。
まず……深井戸が掘れるか。
できれば、粘土層の下にある帯水層がいい。圧が掛かり、高い位置まで水が勝手に上がってくるから。でも一応、ろ過装置があった方が良い。
それか、生活魔法の中に浄水に関わるものないかを調べなければ。
まず、水。水、水だ!
利権が絡むくらい、大事なのが、水!
それを確認できれば、できることが一気に広がる。
高低差があるので、一番高いところに小屋を作ればいい。
山の水の浄化システムをコンパクトにしたみたいな浸透式の下水設備も作ろう。
それらも灌漑の溜池に流す。
低い場所に田畑を作る。
鶏は基本放し飼い、欲を言えば牛もヤギも飼えないだろうか。
……うまくいけば、糞で発酵させた温床で、苗づくりも可能になる。
ふふふ……。伊達に五年も試行錯誤しながら土地に魔力を流し続けたわけではないのですよ。
私は陛下を見上げた。
「……陛下、木はどこまで切り倒して良いでしょうか」
「……どうかな?」
陛下は使用人を見た。段々と、この使用人の存在感が増してきて、紹介もされていないので怖い。
「使いたいだけ。理を崩したら、許さん」
使用人の黄色い目の、瞳孔が開く。
あ、これ、人じゃない。
私は恨めし気に陛下をじっとりとした目で見上げた。
陛下め、訳アリの土地をやはり私に与えようとしているな……。
陛下は、素知らぬ顔で、私に言い聞かせるように言った。
「数年前だっただろうか。この土地に、悪い人が悪いことをするために、勝手に森を切り開いた。その場所の主だった精霊がその人たちを、皆お空の星にしてしまってね……」
困ったものだと首を横に振りながら、陛下は使用人を見た。
優しい言葉で説明する方が、怖いこともあると知った。
私は、一応、確認してみました。
「お空の星に……?」
「そう、お空の星に」
つまり、その精霊が、メイド服の方というわけですね。ひえ……。
さっきまで最高潮だった気持ちがやや下がる……わけでもなく。
私の土地になるのなら、どんなリスクも……うーん。悩む。
もう、私の心配は一点のみ。
土魔法クラブの皆様を危険に晒すわけにはいかない。
「困った土地の所有者が、こちらに相談をしてきた。王領にはこのような飛び地があるのだ。その一つだな」
「それって……」
事故物件的な……と言いかけてやめた。
そんな概念はこのゲームには無いでしょうし。
「ちなみに……許さないというのは……」
私は使用人に微笑んだ。
使用人が口をカッと開いてトゲトゲの歯を見せ、黄色い目の瞳孔を縦長にした。
「もちろん、殺す」
あ、これはダメなやつですわね……。
私は易々と倒されるタマではありませんので、ギッタギタに返り討ちにしますから、まぁいいですけれども。
私は笑顔のまま、どうしましょうかと、うーんと首を傾げた。
問題は、皆様の安全をどう確保するか。
ひとりではできることが限られていますので。
とりあえず、土地建物の現地確認、歴史確認は大事だなと学習しました。
そして、訳アリ土地を握らせようとしてきた陛下が食わせ物だとも学習しています!
陛下が何かを言いかけた時、光がポワッと人型にできたかと思うと制服姿のレオが現れた。
自家発光王太子殿下、神出鬼没。
どうしてここがわかったかはもう聞かない。
しかも、「遅くなってごめんね」と言って、私の肩をそっと抱いた。
髪に頬ずりまでしてくる。
人前、しかも大人の前!
フリードリヒお兄様が陛下の後ろで「離れろ!」の圧を、レオに発している。
これ以上、面倒ごとはごめんだと逃げようとする私の肩をがっしり抱いて「怖かったね」と、逃がそうとしないレオの執拗さ。
それでいて、陛下やお兄様に挨拶する、礼儀正しい態度。矛盾が成立するチート。
レオはその使用人に真逆な高圧的な態度で言った。
「居座りはぐれ精霊風情が、僕の婚約者を脅さないでくれる?」
精霊がびくりと肩を震わせた。縦長だった瞳孔が普通に戻る。
私はレオを見上げて質問しました。
「彼女は、精霊ですの?」
話に聞いたことはありますが、存在しているとは知りませんでした。
レオは私に蕩けそうな笑顔で微笑んだ。
「うん、精霊。うん、どこかの国から流されてきた、居座りはぐれ精霊。故郷に帰れず勝手に居座って悪さをしているんだ」
「お前!」
メイド服姿の精霊が、レオを指さした。
レオは冷ややかにそれを見返している。
「いいよ? いつでも受けて立つけど。だいたい、居座りのお前が、この国の理を勝手に説くのは不愉快だ。――おまけに、セシルを脅した」
怒りポイントが最後なのはわかりました。
精霊の周りを囲むように一瞬で現れた、無数の光の矢。それは全て精霊に刃を向けている。
私は土地の危機にあわあわとし、陛下は腕を組んで、ため息を吐いた。
「レオンハルトよ。彼女は土地を愛してくれるのかを知りたかっただけだ」
「だったら素直にそう言えばいいのです。居座って所有権を主張しているだけの精霊が、たまたま犯罪者を退治したことで、ここに居座ることを許されている。その許しを与えた陛下のご温情にも報いず我儘放題。あまつさえ、セシルに危害を与えることを宣言した」
あわわわわわわ……。
光の矢はゆるぎなく整然と並んで、精霊に向いている。とんでもない緊張感。
私は陛下に話しかけた。
「陛下、この土地には、こちらの精霊が住んでいますの?」
「ああ、そうだ。精霊が許したからここに連れてくることができた」
「そうだ、我のお陰だ」
「チッ、精霊ごときが……」
おおお……。レオが舌打ちしたのは、聞こえないふりです。
私の土地ゲットには、なぜか邪魔が入るようです。




