62 十歳、契約書を精査する
書類を読み込もうとしたところで、どこからともなく使用人が現れ、お茶を出してくれた。
そういえば、陛下が鈴を鳴らしていた。
まったく人の気配がしませんでしたけれど、と彼女を見上げると微笑まれた。
肩までで切りそろえれた黄色の髪に、黄色の釣り目。
中肉中背で、どこにでもいそうなのに、何だか引っかかる感じ。
カップの中のおいしそうに淹れられた紅茶に視線を落とし、そしてまた使用人に視線を戻すと、もういなかった。
ここは陛下のごくプライベートな空間のようだし、出入りを許された人ですから、ちょっとおかしくてもしょうがない。
おじさまといい、あの使用人といい、本当にもう。
私はカップのお茶を一口飲んだ。
「おいしい……!」
「良かった」
陛下は微笑んだ。
……そんな感じで私は視線を書類に戻した。
第一条
本契約により、王家はセシル・ノーテルに対し、別途定めた地を下賜する。名義はセシル・ノーテルとする。ただし、この土地の所在は、警護の必要により、これを秘するものとする。出入りは、王家の定めたる門を通じて行うものとする。
第二条
この土地よりの派生物は、すべてセシル・ノーテルの所有とする。
第三条
この土地を肥沃にした場合、派生的に王領において生じた産物は、王家の所有とする。
第四条
セシル・ノーテルは、この土地の産物を、王家を通じて売買するものとする。
第五条
この土地の運営において生じたる費用は、セシル・ノーテルの負担とする
第六条
王家が必要と認めたとき、この土地の運営につき、報告を求める。セシル・ノーテルはそれに応えるものとする。
ふむ……。
三度くらい読んだ私は顔を上げて、陛下を見た。
緑の目が優しい光を宿して私を見つめている。
たぶん、私を騙そうとしていない。けれど、王家が損をする土地を私にくれるはずがない。
これは、いちおう、いろいろ聞いていた方がいいでしょう。
米を守る戦いが、私の中で勃発する。
「あの……質問をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ」
陛下は好奇心を隠さずに、笑みを深めた。
私は少しだけ息を呑んでから、それから言葉を詰まらせることなく、質問をする。
「第一条は、私が出入り口をどこにするか、提案というかお願いをすることは可能でしょうか」
「ああ、検討できる」
出入り口を決められる、ということは、あのぐにゃぁとかいう、空間移動を使う、ということですよね。
私は今、壮大なプランを頭の中で捏ねている。
土魔法クラブの、活動場所として、使いたいのである。
でも、私は今歩く災害状態。客観視は忘れない十歳。
場所がどこかもわからず、皆を守れるかもわからない。
今これを伝えるわけにはいかない。
「……私の護衛の費用に関しては、どちらが持つことになりますか」
「お前が何をしたいかによるな。人数が変わるだろう?」
私が皆様を守るか、皆様が自分自身を守れるようになるか。
私が護衛の費用を持つには、お母様に財布を握られすぎている……。切ない。
皆様が自分で戦えるようになる方が、後々のためにはなりそうではありますね。
いざとなったら、私がお父様に仕込まれたように、皆さんにお教えすればよいでしょう!
「第二条、派生物に私の技術は含まれますか?」
「もちろんだ」
つまり、技術も含めて私の所有物。
私は、どん欲に、すべての技術をお金にしていきたい所存な十歳!
そのためには商会が必要なのですよね……。
商会の立ち上げには貴族の後ろ盾が必要だけれど、そこらへんはどうにかなります。
何といっても、歩く災害とはいえ、私は貴族令嬢。
私は、絶対にお父様にサインを頂こうと決める。
この制度は貴族が商売をするのはあまり好まれないこの世界の、方便みたいなもの。
商売は儲かるけどー、貴族的外聞がよくないしー、でもー、売り上げの一部は受け取りたいという、ね!
身内にお願いすれば問題なしです。
「第三条、派生した産物の線引きというか……、私の成果物かどうかの判別は?」
「お前の可能性が未知数だから、今は何も話し合えないな。必要になれば、協議が必要だと理解してもらえるか」
ここらへんは、解釈が広すぎて何ともですわね。
私の土魔法は周辺を肥沃にする。……というか、その循環ができたタイミングで手を離しているだけ。
その影響で私の土地の外側の作物が豊作になっても、それは私の物ではないということ。
問題はありません。
私が直接土地の状態を見ている土地が、一番豊かなので!
ただし……。
魔力を過度に流しすぎると、それが無いとがんばれない土地になるのも事実。
土がサボるというべきが、サボるのが普通にさせてしまうと言うべきか。
なので、実は、辺りの土地を不毛にさせるリスクがあるわけで……。
「それが、損害なら?」
「それも、協議だな」
ふぅむ。魔力加減を間違えないようにしないと!
それと! やっと認識した、私が歩く災害という事実。
私を狙って、わかりやすくいうと、ドラゴンでもやってきて、あたりを壊滅的な状態にしてしまうかも。
それは確実に私も責任を負うと考えた方が良い。
デンジャラスです。
「第四条、これは……王家に分配しろということですか? 私名義の土地なのに?」
「第三条、五条、六条に繋がってくる。分配を求めることはない。ただ、王領の一部を、お前名義にしているのだから、我らにお前が『何を売ろうとしているのか』を確認させてくれということだ」
確かに、私がちょっと頭がふわーっとかする草をつくらない保証はありませんものね。
王領が頭がふわーっとする草を作っていたと知られたら、莫大な資産を築いても、失脚の危機。
ただ、ひとつ、大事な確認があります。
「……私が何かを作った時、陛下に成果物を報告したとしても、それは私が商会を立ち上げて、売ると思いますが、よいですか……?」
作物だけじゃない、技術だって売れるのだ。
むしろ後者の方が『特許』として、莫大な富を生むかもしれない。
王領の中の譲渡された土地で、すごくお金を稼げたらどうなるのか。
私の純粋な欲望に、部屋の空気がピリッと緊張に包まれた。
ガラスの破片を喉元に突き付けられたような恐れに駆られて、私の背中に冷や汗が流れる。
ちょっと、踏み込みすぎたでしょうか。怖くて陛下を見ることができません。
けれど、陛下は大きな声で笑い始めた。さぁっと部屋の緊張感が溶けてなくなる。
助かりました!
「ははは! お前はいったい何歳なのだ! 商会を立ち上げる? やはりマルグリットの娘だな!」
やってしまいました。よくわからないけれど、お母様の娘としてお墨付きを貰えました。
陛下は気分を害した様子もなく、むしろ悪戯っぽい笑顔で言った。
「それもこれも、お前が成果を出してからだ。机上の空論に時間を割くのは好きではない」
「それなら陛下、私、それなら報告しなくてはいけないことがあります」
成果物、実は既にあるのです。レオに贈りたくて、作ったあの石。
セバスチャンにお願いして案内された、石置き場での石作り。
おじさまから教わったとはいえ、あれも私の技術です。私はどん欲です。
マージン下さい。
あ、つい本音が出てしまいました。
けれど、これ以上陛下の感情を波立たせたくありません。
陛下にかくがくしかじかで石の話をすると、あの鑑定士達を騒がせた奴だなと言った。
陛下曰く、それはもう報告を受けているので問題がないそうです。
「あの作り方は『あの方』に教えてもらったと、セバスチャンに聞いた。間違いないか」
訳アリのおじさまのことでしょう。
「はい」
「ふむ。なら、まず授業料は『あの方』に王家として支払い済みのはずだ。一番良いものが……数十個はもう袖の下にあるだろうから」
え、本当に? 私は焦った。
レオにはちゃんといいものを勧めてくれたでしょうか。
え、どうしよう!
これはおじさまに早く会って問いたださねばなりません。
セバスチャーン!
「元の石は王家の物とはなっているが、ただの石であるしな。材料費を王家が持ったとして、セシルへ技術料の支払いは必要だろう」
「え」
絶対に、渋られると思った!
陛下は続ける。
「ただし、今後は優先的に良いものは国家に売ってほしい」
フリードリヒお兄様が真剣な眼差しを私に向けた。
「セシル、お願いできないだろうか」
トゥクン……。
フリードリヒお兄様に、私、お願いをされています!
迷惑を掛けてばかりの妹として、とても嬉しい!
「もちろんですわ! お兄様はどのようなものが欲しいですか!」
何でも請け負いますわ! お金も手に入りますし!
良い気分になった、その時でした。
何かが高速で近づいてくる気配に、お兄様が陛下と私を一瞬で薄い膜で覆う。
バッリーン!!!!
粉々に割れる壁一面の窓硝子。外から吹き込む、夜に手を伸ばしたひんやりとした空気。
ランプに照らされて、キラキラと舞う、硝子破片。窓を割って乱入してきた黄色い丸いもの。
真っ青を通り越して、真っ白になる私。
「ピヨ、あなた、硝子を割って……」
「セシルお前、危険に身をさらすな!」
それから興奮をしているのか、ピヨはピヨピヨ話していますが、それどころではありません。
ピヨは私の周りの膜を突き破って私の頭の上に乗りました。
貴方はそこで落ち着けるかもしれませんが、本当に厳しい展開です。
恐る恐る陛下を見れば、割れた硝子が、陛下を覆う薄い膜に突き刺さりまくっています。
フリードリヒお兄様の機転がなければ、どうなったことか。
とりあえず、歩く災害から、今、罪人になりました。
土地の譲渡も怪しくなってくる展開。
私は震えながら謝った。さすがに土地が絡んでいるので、超弱気です。
「も、申し訳ありません」
陛下が苦笑した。フェイ・ドラゴンには弱いらしい。
「……まぁ、修理費用などは、そういう成果物の支払いから引かせてもらおうか。励んでくれ」
なんということでしょう!
このままでは補償で、私のお金が溶けそうです!!
まさか、ピヨに邪魔をされるとは!
私はピヨを、バレーボールを両手で持つように掴んでいました。




