61 その土地は。
土地をいただける。
興奮で頬を真っ赤に染める私を見て、フリードリヒお兄様は「林檎みたい」と笑う。
私はこれから学校ではなくて、その土地に通うということで良いでしょうか。
ああ、でも、土魔法クラブの皆様が。
うーん、うーん。
唸っている私を不思議そうに見ながら、陛下は本棚から一冊の本を取り出して手に持ちました。
私たちが座るソファの上座に腰を下ろして、それを開きます。
どうやら書類が挟まっている本のようです。
私はといいますと、土地、土地、土地! と頭がいっぱい。
端的に言うと、米を作ろうと思う。
それにはまず、水がいる。その土地に水はあるのか、引けるのか。水はけは良い土地か。
気候はどうだ。米栽培に適しているか。
頭の中が『米』になりすぎて、魂が抜けかけています。
そんな私に落ち着けと言わんばかりに、陛下は尋ねてきた。
「セシル、お前が五歳から十歳の間、何回襲撃をされたか知っているか? ……すべて阻止はしてはいるが」
シュウゲキ? 米の話ではなくて?
初耳です。私はさぞかし、間抜けな顔をしていたのでしょう。
陛下は現実を理解しろというばかりに、しっかり私に視線を合わせてきた。
「伯爵がかなり少なめに報告をしていたようでね。これに関しては、叱らせてもらったよ。王宮での回数しか把握していなかったから後手に回った。それで合計を出した」
王宮でも襲われかけていたとは……。学校だけでなく王宮でもご迷惑をお掛けしていたのか……。
出禁にしなかった王宮の考えがよくわからない。
わたしは、無邪気にゴーレムで遊んでいたのですよ? フランケンシュタイナーとかかけさせて、興奮したりして。
自分の気づかなさに、絶句してしまいました。
東屋以外で実験はダメだとか言われていたわけです。
「何回だと考える?」
まったくわからないなりに、私に応えさせようとする陛下の圧に、私は右手を見た。
「ご、五回、くらいでしょうか」
すると、横に座っていたフリードリヒお兄様が噴き出した。
私の顔をまじまじと見つめた後、力なくため息を吐いた。
「父上、リヒャルト兄上……母上もいるから、気づかなくても当然かもしれません」
お兄様がぼそりと呟いた言葉に反応して、笑ったのは陛下だ。
「そうかそうか。正解を言おう。一万一千百十一回だ」
「……」
いちまんいっせんひゃくじゅういっかい。
うーん、と計算をします。一日、六回強。多すぎる。
フリードリヒお兄様は私を怖がらせないように、傷つけないように、優しく言ってくれます。
「セシルだけが狙われたわけじゃないよ。家族、土地、屋敷、鶏小屋、畑。目的は、強奪、誘拐、破壊、いろいろだったから」
……ダメじゃーんと、三十路の私が叫んだ。
ダメじゃん、学校に通わせたら、ダメなやつ!
フリードリヒお兄様は眉毛を八の字にして、私がショックを受けないように、と教えてくれる。
「修練中に、セシルやロザリアがそれと知らずに捕縛していたよ」
素晴らしかったよ、と褒められましたが、微妙。それ、もはや修練じゃなくて、実践。
そういえば、カントリーハウスの回りを十周とか走らされた時、急に襲ってきた人の首に足を引っかけて木から落としたりしてました。
お父様が用意した、実践型訓練だと思っていましたが、あれは襲撃者でしたか。
ロザリアはそういう人の顔面を膝で容赦なく蹴っていました。良い思い出です。
「フェイ・ドラゴンの卵を奪おうと屋敷内に侵入してきた輩は、リヒャルト兄上の拷問を受けていたね」
お兄様のことだから、どうせ背景を調べるなら……と、わざと屋敷に入れた可能性があります。
淡々と相手が口を割るまで攻め続けて……あとは考えるのを止めましょう。
「セシルの寝室に入ろうとした輩は、クラリス嬢に半殺しにあって、リヒャルト兄上に引き渡された」
目に浮かびすぎる……。問題は、そんな危機に熟睡している私。よくない。
お兄様はすごい真剣に『よくあのクラリス嬢を引き入れることができたね』と褒めてくれた。
え、どういうこと? お兄様は私の質問など待たずに、続けます。終わらないようです。
「魔獣はエミールが血を凍らせて退治していたみたいだね」
え、エミールお兄様、そんなことまでできたのですか。
さすが水魔法の天才児。
たまに魔獣の毛皮を売ったお金だから……とお菓子を奢ってくれたのは、それでしたか……。
「鶏小屋は、トマスがフォークで応戦していたね。あ、兄上がすぐに駆け付けているから大丈夫」
トマス……。先端が数本の爪に分かれている金属製の農具で……。
じーんと胸がいっぱいに。でも、トマス、無理はしないでください。
「ヨゼフが誘拐されそうになった時は、母上が……」
「ああ、マルグリットは容赦が無いからな。みなまで言うな」
陛下が首を横に振ってお兄様の言葉を遮った。お母様、皆様に怖がられていますのね。
ヨゼフにまで危害が及んでいたとは、さすがに、シュンと落ち込んだ。
……それでも、皆私がしたいようにさせてくれていたのか。
目頭が熱くなってくる。私を守りながらも、好きにさせてくれていたのだ。
私に何ができるだろう。どんな恩返しが……。
そうだ! 私は良いことを思いつきました。
今度帰ったら、飛び切り美味しい塩結びを握ろう!
皆に配って回ろうと決めました。
「リヒャルト兄上によると、狙いはセシルとフェイ・ドラゴンの両方だったそうだ。学園側も結界があるから受け入れ可能というので入学させたのだが、これだ」
フリードリヒお兄様が、湧き上がる怒りを不気味な濃霧のようにして体から漂わせる。
陛下はまぁまぁ、と宥めながらも、目は笑っていない。
「何が言いたいかというとだな」
陛下が一枚の書類を机の上に置きながら言った。
「お前は国家の最重要人物なのだ。得体の知れない輩が、学園にまで侵入するほどに、どうにか手に掛けたい人物が、お前だ」
つまり、私は存在がやばいと……。入学したらだめですよ、それは。人を巻き込んでしまう。
そんな私の前で陛下は熱く語った。
「だからといって、自由を奪うのは違う! なので、土地を渡すには制限をつけさせてもらう」
せ、制限! と、土地が、猫の額ほどだったらどうしよう!!
「セシルが欲しがったのは領地ではなく土地だ」
くっ……。五歳児の限界だ。でも、本当に欲しいのは土地だったのだ。
「だから王領の一部を譲渡することとする」
国の土地は領地という名で存在する。そんな中、与えられる土地は、王領になるのは納得。
この世界は土地の売買が許されていないので難しい。
「そして、地図は渡さない、出入り口は数カ所のみにして、警護をつける。――あとは、自由にすればいい」
陛下はペンと一緒に、私に書類を差し出してきた。
一枚とはいえ、小難しいことが書かれてある。
これを、十歳にサインしろというのでしょうか。
……怪しい。
すぐにサインはいけません。しっかり上から下まで読みましょう。と、三十路の私が顔を出す。
「少しお時間を頂いても良いですか?」
「もちろん」
というわけで、私は丁寧に読み込むことにした。
フランケンシュタイナー(プロレス技)は興奮する技のひとつです。




