57 私も本気を出します!
修練場に戻ると、リアと私は、相対して立ちました。
真ん中に立つのは、ベルガー先生。
どうしてこんなことになっているのか……。
ほんの少しだけ天を仰いだ時、先生が腕を上げる。
「では――始め」
ベルガー先生の、始めの「め」を待たずに、リアが手のひらを天に掲げた。
拳大の青い炎玉が大量に、私に向かって飛んできました。
高速で飛んでくる魔力で温度が最大限高められただろう、炎の玉。
肌を焼くような高熱と一緒にこちらに一直線に飛んでくる。
……え、そんなに本気?
ドン引いたのですが、ここで逃げたら命の危機。
私はその炎球の軌道を見ながら、つま先で地面を叩いた。
地面がぼこぼことせり上がり、たくさんの三角柱が立ち上がった。
炎がそれにぶつかっていく。その度に土柱が大きな爆ぜる音が耳に付き、煙と土ぼこりが視界を悪くして、焦げた臭いが嗅覚を狂わせる。
三角柱の斜面を舐め軌道を削がれた炎球はあらぬ方へ流れ爆ぜ、近くに来た炎球は飛んだり跳ねたりして避けた。
大やけどしますよ……?
「まぁ……!」
リアの目が嬉しそうに輝きましたが、私はドン引いています。
え、この魔法学園って、こんなに本気で生徒同士を戦わせますの?
お母様にこれを訴えたら、学園を辞めても良いということにはなりませんでしょうか……。
でも今は、お兄様方の貞操を守らなくては!
私の逡巡など知らないリアが、距離を詰めようとこちらに走ってくる。
めちゃくちゃ足が速いです。泣きそうです。
その近づいてくる道筋に、私はつま先や踵で土を叩きながら、次々と障害物として三角柱を立てた。
「防いでばかりでは、勝てませんわよ、セシル様!」
三角柱を跳び越えその間を縫いながら、リアが笑って煽ってきます。
攻撃を練る前の「始め」の「め」で、好戦的に仕掛けてきたのはリアです……。
「セシル様、早くお兄様に紹介していただきたいので、終わらせます!」
家のことは、家同士でお願いしたいです……という私の涙を知らず、リアが両手を高く掲げる。
今度は何が……と、私は上を見上げると、頭上に――教室ほどの大きさの、青い炎球が膨らんで、凝縮している。濃厚な魔力に、私の身がさすがに縮んだ。
「……」
とても大きいです。今日は、通算何度目かのドン引き。
熱い。熱いというか、もう痛い……。見上げる目が、カラカラに乾いていく。瞼を閉じるのも痛い。皮膚の水分も容赦なく吸い上げていく。
それがふっと重力を失ったかのように、空気を震わす轟音と一緒に私に目掛けて落ちてきた。
絶体絶命。
私は地面を握り込み自分を丸ごと覆うかなりの強度の土かまくらを瞬時に組み上げた。
――ど、ぉん。
炎球がかまくらを直撃、外はすごい爆風が吹いているはず。そんな想像が容易いびりびりする轟音が響く。私は歯を食いしばった。
土かまくらの中が、猛烈に熱い。熱い、あっつい、熱―い!
土の天井が外側からどんどん焦げてなくなり薄くなっていくのがわかる。
喉も、目も、皮膚も、全部の水分が吸い上げられていく感じだ。
熱と炎が自分を呑み込まないように、私は焦げて薄くなった内側から、また新しい土の層を持ち上げるように張った。
とにかく、気力と根性で重ねて張っていく。これはもう、どちらが魔力切れを起こすかの問題な気がする。そして、集中力が切れた方、心が折れた方が負け。
私は心の中でお父様に話しかけました。
本当ですね、お父様。魔法は根性です!!
爆炎が土埃を巻き上げ、あたり一面が煙に包まれているだろうくらいに、土かまくらの中も視界不良。
何も見えない。けれど土かまくらが焦げて薄くなっていく感触が徐々になくなっていく。
もうピークは過ぎたらしい。
リアからは、私が、土かまくらが、見えているのだろうか。
「……セシル様?」
私を探すような、リアの勝利を確信しかけた油断のにじむ声がする。
これは、どちらだろう。
私を誘っているのか、本当に油断をしているのか。
「お兄様のどなたかに、私の強さを証明して、推挙を!」
どうしてお兄様方が、強い女性が好きだということが前提になっているのか……。
その勘違いはまた伺うことにして……。
私は土ぼこりに魔力を付加して、リアの場所を特定した。
比較的近く、土かまくらより数歩前。
視界が不良だからか、比較的ゆっくりとこちらに近づいて来ている。
慎重な歩き方から、私がきっとどこにいるのかはわかっていない、と踏んだ。
私は土かまくらの中から、推測したリアの周囲の三角柱を一斉に立てた。
ズオン、ズオン、みたいな音が響く。
リアの動揺した声が聞こえてきて、成功したと確信して、私は三角柱から棘を生やした。
切っ先だけ金属のように硬くした、棘だ。
「なっ――」
棘がリアの身体を、四方から縫い留めたはず。
彼女の俊敏さなら、刺されては、いないはず。
私は悩むより先に、土かまくらから外に出た。
太ももの革ベルトから針のような刃を一本、手に持ちながら。
飛び上がった瞬間に、リアの驚きに見開かれた顔めがけて打った。
刃はまっすぐ、リアの眉間へ。
「……っ!」
リアの両目が開き、その寸前で、針を止める。見えない魔力の糸が、刃と私の指を繋いでいるのだ。
追手の気力を削ぐための刃。殺さずに勝てるなら、それがいい。クラリスの教えは、私を命も心も生かすことが最優先なのだ。
しんと、修練場が静まり返った。煙がゆらゆらと揺らめき、壊れたようにさえ見える修練場がその姿を見せ始める。
やがて、リアが――ふっと、肩の力を抜いて、笑いました。
「……私の、負けですわ」
棘に縫い留められたまま、リアは晴れやかに敗北を認めました。
「では、お兄様方を諦めてくださいましね」
私は針をこちらに戻すと、皮ベルトに収めた。
三角柱をただの土に還して、リアは難なく地面に着地する。
私はじぃん……と、天を見上げました。
勝てましたよ、お兄様達! 自薦縁談を、防ぎました!
お役にたったのか、余計なお世話だったのか、ちょっとわからないくらい、リアは強かったです!
「見事だったよ、シリィ。怪我は……あるね」
この場に無いはずの声に振り返って、私は硬直しました。レオです。レオがいます。
「皆は、あっち」
レオが指さすその先の観客席にはエーリヒと、アレクに羽交い締めにされて、じたばたと手を伸ばしているのはロザリア。
どんな会話が繰り広げられているかまでは聞こえませんが、アレクがぐったりした様子で、暴れるロザリアを抱え込んでいるのが見えます。
苦労が偲ばれますよ……。
レオは呆れた様子でそれを見ながら、私の焦げた髪を指先で弄っています。
「シリィが飛ばされたのを見たロザリアが、修練場へ突入しようと閉ざされた壁に魔力を叩きつけそうになった。校内での生活魔法以外は厳禁。彼女、あれでも生徒会だし、次期聖女だし。いろいろ面倒だから、ベルガー先生に交渉して入れてもらった。だいぶ、渋られたけれど」
先生が試合前に直立不動だったのは、そういう板挟み……。
ベルガー先生の方を見ると、粛々と魔法で修練場を修理しています。
それからレオはポーションが入っているとおぼしき小瓶を差し出してきました。
私の眉間に皺が寄ります。
ノーテル印のポーション以外、私は口にしませんの。だって、本当に、まずいから。
「飲んで。火傷をしているし、髪も焦げている」
「あ、ポーションはけっこうですわ。お気持ちだけいただきます」
「ノーテル家の、ポーションだよ」
「それでは遠慮なく」
差し出されたポーションをよくよく見てみれば実家印だったので、私は素直に受け取って飲みました。
うーん、爽やかなハーブ水。
カラカラだったお肌に水分が戻ってきました。やはり効きが違います。
レオはリアの方へ――小瓶をひとつ、ぽいと投げた。リアが慌てて受け取る。
「あなたも、飲んだ方が良いのでは?」
塩対応に私は目を真ん丸にして、レオを見上げてしまいました。
リアは、婚約者候補の公爵令嬢ですよね!?
「ありがとうございます」
リアも特に目を合わせることもなく、微笑むこともなく、お礼だけ言います。
「ノーテル家のポーションですので、折り紙付きです!」
私が自信満々に付け加えると、リアは私に向き直り微笑みました。
「これが名高いノーテル家のポーション。……もったいなくて飲めませんわ」
リアは小瓶を握りしめて立ち上がった。
いえ、ポーションは飾り物ではないので、飲んでいただきたい。
リアも怪我をしています。
私の鋭利にした土棘が、肌を傷つけてしまいましたでしょうか。
ううう、胸が痛い。
「セシル様」
「はい」
リアはびしっと立った。何が始まるのかと、私がびくびくする。
「わたくし、ベルガー先生より頼まれておりました、セシル様の放課後の護衛をお受けしたいと思います。卒業まで、お守りいたします」
「……」
何の話ですか、それ。
私が事情を伺おうとすると、リアは真剣な顔のまま、それでもきらきらと目を輝かせて言いました。
「負けはいたしましたが――やっぱりわたくし、ノーテル家の一員になりたいですわ。対戦をしまして、ますます、そう思いました。強かったですわ、セシル様。戦い慣れているなんて、本当に、本当に、うふふ、ノーテル家は素晴らしいです!」
脳筋……。言葉がふわりと浮かびました。
背後では、ようやく解放されたロザリアが「セシル様ぁ! 私の目の前でこんなことになるなんて、申し訳ありません!」と一直線に駆けてきて、私は、勢いよく抱きつかれました。
かわいい大型犬みたいです。
そのまま二人して地面に転がりそうになるのを、レオがさっと支えてくれます。
「シリィ、大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
レオにお礼を言うと、レオは嬉しそうに目を細めて頷きました。
それから、ポーションで癒した私の怪我跡に手をかざし、無許可で癒しの力を使いまくっているロザリアに言います。
「おい聖女、お前はちょっと冷静に考えることを覚えろ。シリィが転ぶところだったぞ」
「はぁ、セシル様がご無事かわからないのに、冷静になる? 無理に決まっていますわ。だいたい、殿下、私がおかしかったみたいな言い方をされたでしょうけれど、ベルガー先生を脅していたのは殿下ですわよ。王族の特権を使われたの、私は見ていましたけれど」
「……頼むから、兄上も、ロザリアも、セシが絡むとおかしくなるのは、勘弁してくれ。冷静に、冷静に……。兄上は、学園では王族の名を使って人を動かさないで。ロザリアも……聖女の力は神殿か、それにかかわる場所でしか使えないだろ……」
「え? アレク殿下は、セシル様の怪我を放置しろと?」
「そうだ。正気か、アレク」
「ポーションで治ってるだろ……ちゃんと見て……」
二人から詰められてアレクが額を押さえて、ため息をついている。
なんか、ごめんなさい……。
そんな様子を見ていたリアが、良いことを思いついたとばかりに、両手を叩いた。
「ねぇ、皆さん、これから月曜日の昼食をご一緒しませんか?」
レオの頬がピクリと動く。ちょっと嬉しそうなのを、私は見逃さなかった。
「殿下と二人きりの食事を強要されているのですが、皆様と一緒だと楽しそうです。ね、そういたしましょう」
き、強要?
ぎょっとした私に、リアは、赤い髪を揺らして、にっこりと笑んだ。




