56 守るのは、私の番
お父様の手紙に衝撃を受けている私。
手紙というより、これだと、伝達メモです。
どこまでが『解禁』なのかが、わからない……。
私は混乱で頭の中がぐるぐるしています。
お父様に受けた修練の内容が、脳の中を駆け巡る。
死ななければいい。そんな、類の修練(遠い目)。
そして、そんなものに途中から参加させられて、食らいついていったロザリア。
聖女なのに……、と私は何度もお父様に抗議をしました。
けれど、お父様の期待をどんどん上回っていったロザリア。『セシル様を守るために!』と、強くなっていきました。
無言で手紙を封筒に入れながら、私は思いました。
シナリオ通りに、ロッカーを燃やされたのが彼女ではなくて良かった。
見た目ではわからないくらいに強い上に、癒しの力の『裏側』とかも研究していたから、報復の仕方が怖いと思う。
私が目の前で飛ばされてしまったのをみた彼女、今、最高潮に機嫌が悪いかもしれません。
ベルガー先生も気を付けた方がよろしくてよ!
……と、制服に視線を落とした私の背中を、リアがそっと押しました。
リアはそのまま、ぐいぐいと修練場の隅へ私を押します。
ベルガー先生の方を見ましたが、彼は腕を組んだまま目を閉じ、直立不動で立っています。
なんだかよくわかりませんが、早く着替えた方が良さそうです。
修練場の壁には入場口がありました。二度とも転移されたので、ちゃんと出入り口があったことに驚きです。
その一角、通されたのは石造りの更衣室でした。女子用、男子用がわかれていて、水浴びもできるそうです。
ロッカーが壁際に並ぶ部屋の中央には、大きな平たいソファが置いてあります。
リアはそこに腰かけて、私はその前で着替えることになりました。
リアに手伝ってもらいながら袖を通してみると、攻撃魔法クラブの制服は、見た目通り、学生服とはまるで別物。
詰襟の上衣は黒に近い臙脂。襟元と袖に金の縁取り。前を斜めに打ち合わせて留める仕立ては、激しく動いても着崩れないための工夫だそうです。そんなに激しく動くのか……とちょっと肩を落としました。
そんな肩には片側だけ、短いマント状の当て布。
「それは、魔法の跳ね返りから利き腕を守るためですの」
リアが得意げに教えてくれましたが、私は完全に着られています。
「まぁ、お似合いです! 美しい方が着ると、ますます美しいですわね」
リアは目をきらきらさせて、社交辞令を言ってくれます。良い人です。
「ところでセシル様、私の情報ではノーテル家のご子息に婚約者はいらっしゃらないのですが、本当ですか?」
「本当です」
お父様とお母様のお考えはわからないけれど、本当です。ただ……と、私は指を折りながら、正直に答えます。
「長兄のリヒャルトお兄様には……たぶん、お相手がいると思いますわ」
「まぁ! 突出した魔法の才能が……既に他の方に……。私、同じ赤い髪で運命を感じておりましたのに。金色の瞳が美しくて……「光」と「火」の二属性を極め、高貴な風格。魔法学園では今でも『最強伝説』として有名ですのよ。手合わせをお願いしたかったのに」
「……」
とても詳細にご存じで、さすがリヒャルトお兄様、ファンが熱い。
リアがしゅん、と肩を落としたので、申し訳なくなります。
どう慰めて良いものか。
考えながら、学生服のスカート下にいつも巻いている、太ももの革ベルトを手に取りました。そこには柳葉より細い、針のような刃が数本、革のループに収まっています。
それをズボンの上に巻き直していると、リアが覗き込んできました。
「セシル様、それは? ……投げ刃、ですの?」
「はい。護身用です」
私は刃を一本抜いて、指先で軽く回してみせます。
「……私、その武器を存じ上げています」
「あら、そうでしたか」
これはクラリスから教えてもらった武術の武器。
小柄な女子である私は、身軽さが無ければまず接近戦を避けることを約束させられました。
まず逃げること。そのために、追手が追いつけないようにすること、これが大事だと教わりました。
「その武器は、ヴァルシュタインの、クラリス様がお使いになられていたような。一年生ではなくて、もっと前に卒業した」
「ご存じですの? はい、そのクラリス様よりご教授いただきました」
リアが口をぽかんと開けて、目を見開く。
「実は私、クラリス様に側付きをしていただいておりまして」
リアの顔が、みるみる強張っていきます。
あ、まずかったでしょうか。でも、秘密はばらしておりません。
クラリス様はちゃんと元宰相のおじいさまに――「セシル様にだけ」と許可を取って、私に『秘密』を教えてくれたと言っていましたし。
震えているリアに、私は意を決して言うことにしました。
「リヒャルトお兄様は、クラリス様と結ばれると思っています」
「――――ッ!!」
リアが、目に涙を浮かべ、私の両手を握りしめました。
ごめんなさい、ショックですよね。
でも、クラリス様、まず、お母様のお気に入り。礼儀作法からすべてが完璧。今は弟のヨゼフの家庭教師のようなこともしてくれています。
リヒャルトお兄様もクラリス様だけには、普通に接します。女性には決して近づかないお兄様が壁を作りません。
お二人とも良いお年ですし、結ばれても良いかと思っていますが、いろいろ難しいのかもしれません。
「セシル様、ご存じないのですか! クラリス様は――この攻撃魔法クラブを創られた、初代クラブ長ですのよ!」
「……ああ」
だからスパルタ形式……。私はまた遠い目に。私を「この国一番のご令嬢に」と熱血指導が激しいクラリスが。
納得です!
リアは身振り手振りで話し始めます。この髪型もクラリス様をリスペクトしてのものだとか、どれだけ伝説級に強かったかとか。
私はうんうん、と相槌を打ちます。
「あの憧れのクラリス様が、ノーテル家に……! わたくしの目指す家門に、初代クラブ長様が……!」
公爵家のご子女にそのようなことを言われるのはこそばゆい。
リアはもう情報量の多さに感無量といった様子で、天を仰いでいます。
私は着替えも終わりましたが、天を仰いでいるリアを待つことにしました。
少しの間のあと、燃えるような赤い髪を揺らしてリアはくるりと私に向き直りました。
まっすぐ私を見据えました。
「セシル様。私、決めましたわ」
「何を、でしょうか」
私がリアの気迫に笑み返すと、彼女はニッと笑んで腰に手を置きました。
「セシル様、ご存じでしょうか。ほとんどの場合、一年生は人相手に魔法を使い慣れておりませんの。ですから、班別で順位を決めるような実践形式実習は、三年生以降になります。他人を攻撃すること、攻撃されること、……とても恐ろしいことですから。まず、慣れないといけません」
私は頷いた。
普通は、そうなのだ。だからロッカーを焦げ付けさせたり、他人の腕を焼いたり、そういうことができるのは「人を傷つけ慣れている」人。
これは、恐ろしいこと。
「セシル様、ベルガー先生にこのクラブに勧誘された時に断った理由、覚えておりますか?」
「忙しいからです!!」
私は、涙目で訴える。
もし許されるなら、私は学校を早く卒業して、領地に戻って、米と卵の安定大量生産、そして輸送インフラを整える事業案を考えたい。
自分から学園を去れば、追放云々はなくなりませんか?
あ、でもレオが心配。うんうんと悩んでいると、リアは笑った。
「普通は、『怖いから』断るのです」
「……あ」
「でも、忙しいから、断った。これは、たった十歳のセシル様を含めた、ノーテル家が規格外であることを示しています」
リアは手のひらに炎を浮かべた。赤ではない、青白い炎。凝縮された魔力が伝わってくる。
「私、この試合、絶対に勝ちます。本気でまいります」
更衣室の空気が、ぴりっと張り詰める。
「私は、ご子息誰かの、婚約者にしていただきますので」
リアは美しく笑んだ。
私は知っています。
強い方が美しく笑むときは、本気だと。
でも、できれば。
婚約者云々の話は、公爵家から伯爵家にお話を通していただきたい……。
家同士の問題ですので……。
私は重いため息をつきました。
さんざんご迷惑をお掛けしているお兄様達に、難題を持ち込むわけにはいきません。
私も、お兄様達が私を守ろうとしてくださるように、私も守らなくては。
「では私も、お兄様達のために、勝たないといけませんね」
全て使っていいなら、全部使って勝てばいいのです。
私も腰に手を置いて、お兄様達のお顔を思い浮かべながら、リアを見据えました。
消すかもしれない後書き
セシルのお父様との修行のくだりを書きたい。
けれどそうしたらいつまでも学園編に突入しない。
これは恋愛カテゴリ……! バトルじゃない……! で悩んだ結果、書くのを断念。
そのエピソード回収になったはずの話が20万字付近。
……英断だったのかはまだわかりませんが、いつか番外編で書きたいです。




