55 どうやら、狙われています!
一度、落ち着いて整理したい。
私『セシル・ノーテル』は、鶏に追いかけ回されて派手にすっ転び、ここはゲームの世界であると同時に、前世は三十路女性であったことを思い出した。
このゲームは、パッケージの絵師様神絵を見た瞬間、運命の推しに導かれ、雷に打たれ購入。
よって、推しのハピエンのみしかプレイしていない。ほぼゲーム内容とか覚えていない。
(絵師様のスチルと、ボイスはよく覚えていることは、付け加えておきます。)
後悔、後先に立たず。
けれど、セシルは悪役令嬢の取り巻きモブ令嬢。悪役令嬢の断罪で、巻き込まれ追放をすることは覚えていた。巻き込まれと言っても、指示されて悪いことしていたからしょうがない。
生死不明、絶体絶命。
ゲームにはシナリオ強制力がある。
私は追放されて、野垂れ死ぬのか……。
私は選んだ。
否!!!!!
認めない!!!!!
TKGを広めて、あ、違った、インフラを制すれば、生き残ることはできるはずだから、足掻く!
それで、五歳から考えながら走ることを止めていない。
だが……。
自分が生き残ることばかりを考えて、あまりキャラのことをしっかり見ていなかったことは、認めよう。
ここで、しっかり確認する。
ヒロインは聖女・ロザリア。
たぶん、パッケージで一番男キャラ面積が広かったのはアレクなので、そこのカップルが一番のハッピーエンドなのだろう。
これはロザリア恋愛無双物語なので、虐められるのはロザリア。
そう、そのはずでした。
「……」
魔法学園では、教室と廊下を挟んだ場所にある、背丈ほどのロッカーが一人一つ与えられている。
魔法実習で必要なものだとか、資料だとか、大きなものを抱えて移動するには大変な場合に使う。
私は大きなものを運ぼうとすると、どこからともなく手が差し伸べられてしまうので、入学してから開けたことすらありませんでした。
放課後、ロザリアがロッカーから資料を出したいというので、私も開けてみたのです。
中の空間は困惑するほど真っ黒な煤で汚れており、息を吸うたびに、気持ちを削ぐような焦げた臭いが鼻につきます。
これは、間違いなく、虐められている……!
ガーン、と私がショックを受けていると、横でロザリアが苦しそうに言葉を発しました。
「な、だ、だ、れが、誰が……!」
臭いで異変に気付いたロザリアが、私のロッカーの惨状を見て、言葉を失っています。
怒りが髪の毛に届いたのか、蛇のようにさわさわと騒いでいるので、私がロザリアを「落ち着いて」と宥めました。
傷つくのは私のはずなのに、なんかちょっと違います。
私はロザリアの背中を撫でながら、心から思いました。
お米が無くて、良かったぁ!
大事なものは寮に。ロザリアと同室なので安全です。お米は全てエミールお兄様の寮の部屋にあるので、ますます安全。
これでお米が燃やされていたら、ノーテル家の圧力を使って、監視カメラを学園中に配備して、動かぬ証拠を突き付けて、怪しい奴らを一網打尽にしてやるところでした。
見えぬ敵にカッカしていましたが、はた、と止まりました。
……監視カメラ、またの名を、防犯カメラ。
最近、石を凝縮して石にすることが面白くてよく遊んでいるのですが……、美しい水晶みたいなものができると、レンズみたいだな……と感想を抱いていたのです。
この件は……セバスチャン経由で、おじさまに相談……ですかね。
というか、おじさまの背景を考えるに、いろいろあって王都にまったく来ていないのでしょうから、連絡を取っていいものかも悩みます。
「派手に、わかりやすく、やられたね」
次にロッカーを覗き込んできたのは、アレクです。
煤に人差し指で触れて、指で付いた煤を親指で擦り、「魔法で燃やされている」と言った。
「生徒会でこういった嫌がらせについて、調査をするべきです!」
ロザリアがアレクの胸倉を掴み、つばを飛ばす勢いで言い始めたので、後ろからロザリアの胸に手を回して抱き止める形に。
アレクは王族ですので、不敬になりますから、もう本当にやめてください……。
アレクは慣れた様子で、胸倉を掴まれたままで答えます。
「……こういうの、状況証拠だけになるから、難しいんだよね」
「王族の癖に、使える何かはないのですか」
「ここは学園だから、僕の出自は関係ないでしょう」
ロザリアを抱きしめて宥めながら、私は弟の成長に胸がいっぱいでした。
アレクは昔から私の相手をしているせいか、こういうときの対処がとても上手です。
レオとは違う感じで、良い為政者になりそうだと、最近感じています。
私はアレクに尋ねました。
「状況証拠が難しいのなら、どういう証拠が必要になりますの?」
「現行犯じゃないとね」
急に現れて答えたのはマイナスイオン清潔感を漂わせている、ブレマー伯爵家のエーリヒ・グラーフ、私の推し。
細身で長身を折り曲げて、いつ来たのか、ロッカーを覗き込んでいました。
怒りに身を任せていたロザリアですが、私をそのまま背後に庇って、エーリヒから遠ざけようとします。
出会ってからこれまで、距離感がちょっとおかしい推し。でも、眼福。
緑の髪に緑の瞳、光る銀縁の眼鏡は、今日はつけていないようです。
「現行犯は、難しくありませんか?」
「難しいね」
私の問いにエーリヒは複雑そうに笑んだのですが、声が非常に良い……と別方向に行きそうになる私。
気を取り直して……。
やっぱり、録画の概念、おじさまに相談したい。
エーリヒはロッカーを確認しながら、聞いてきました。
「米は、入れていませんでしたか?」
「はい!」
「それは良かった」
エーリヒはホッとした様子で頷くと、集まり始めた生徒を散らしてくれます。
あれ? これは、米に惚れましたか?
私は、にやぁと笑ってしまった。
すっかり米のファンになったのであれば、同志として仲良くしていきたい。
アレクは掃除の手配をすると言いながら、私に念を押してきた。
「セシは、とにかく一人で行動しないで」
「無理です」
「……セシ、たまには僕の言うことを、聞いてくれてもいいんじゃないかな。僕、どれだけ付き合わされていると思うの……?」
アレクがこめかみに血管を浮かせながら、ニコニコ顔で私の耳を引っ張ってきます。
イタタタタタです。
日中はロザリアと一緒にいることはできますが、放課後には生徒会に行きますし、私は土魔法クラブにもそろそろ顔を出さねばなりません。
私は王族でもないですから護衛をつけることはできません。
ノーテル家の力で押し込んだとして、大きなクラリスも護衛騎士も学園内には入れないでしょう。
一人で行動するしかないじゃないですか!
「おお、派手にやられたな」
そんな私の前にぬっと現れたのは、天敵・ベルガー先生。
遠慮なく、私の首根っこをぐいっと掴んだ。扱い! 扱いが悪い!
ロザリアが顔を真っ赤にして抗議しているけれど、聞く耳持たず。
私はじっとりとベルガー先生を振り返って見上げた。
「セバスチャンから、お小言は言われていませんでしょうか」
「爺の小言なんて聞いていられるか」
セ、セ、セ、セバスチャンを爺って言った!
セバスチャーン! 悪い孫ですよ、ベルガー先生は!
「これは職員にも既に連絡済だ。こういう嫌がらせは、この学園では一切認めない。生徒会でも策を講じろ」
ベルガー先生はロッカーの中を見ると、断固とした口調で言った。初めて頼りがいがあるように見えます。
ベルガー先生に触発されたように生徒会の面々が、真剣な表情で頷き……。なんだか素敵です。
私はほっこりとした笑顔で言った。
「お米を入れていなくて、本当に良かったです」
「ロッカーに食べ物を入れるのは禁止だ」
「……」
なんでしょう、皆さんの視線が痛い。
エーリヒは単に、私のルールを守っていたかの確認でしたか……。
「さぁ、お前は行くぞ」
「え?」
「攻撃魔法クラブだ」
「ええええええええー」
ベルガー先生は指をパチンと鳴らした。
私の腕を掴もうとするロザリアの必死の表情を見たのが最後でした。
目の前の風景が変わり、高い場所にある座席に囲まれた、地面の上に放り出されています。
ここは修練場……。
「忙しいのに……」
既視感にくらくらします。
私、お父様にいろいろと戦う際に使う魔法を制限されているのです。
土壁など魔力消費が多いものは厳禁。許されているのは落とし穴。自分で言うのもなんですが、穴掘りセシルです。
しくしく……とベルガー先生を横目で見ながら噓泣きをしていると、元気な声が上から降ってきました。
「あなたが、セシル・ノーテル様!」
観客席から降りてやってくる学生が一人。
元気がいいですわ。今の私に、分けていただきたい。
目を凝らしてまず目に入ったのは、絹糸のように光沢を放ちながら波打たせている、燃えるような赤い髪。
美しい……。
もっと近づいてくると少しそばかすの散った肌が目に入り、蒼色のややつり上がった目と目が合います。
屈託なく微笑まれたので、私も微笑み返す。
額をすべて出して高い位置で結い上げた髪が、闘う気満々だと訴えかけてくるよう。
私は学生服なのに、彼女は騎士が着るようなズボンの衣装を着ています。
親切に彼女は教えてくれました。
「これは攻撃魔法クラブの制服です。セシル様のもありますよ」
「……まぁ、ウレシイ」
片言の言葉になったのは、許してください。
彼女は優雅に礼をして、名乗ってくれる。
「攻撃魔法クラブ、クラブ長のドラッヘンフェルト公爵家の長女、ヴァレリア・クロイツです。今は五年生ですわ」
「クラブ長……。失礼いたしました。グランディエ伯爵家の娘、セシル・ノーテルと申します。一年生です」
土魔法クラブも『長』がいるのでしょうか……。まだみんな植木鉢を抱きかかえているので、ちょっと難しそう……。
ヴァレリア様は私に「リアって呼んでください」と言った。良い方のようです。
それから、衝撃的なことを言いました。
「私、レオンハルト王太子殿下の、婚約者候補です」
「おごっ……」
真っすぐな目で、きらきらと言われました。
――これは……宣戦布告でしょうか。
レオは渡さない! 負けた方が、諦めましょう! みたいな。
あれ、胸がジクジク、胃がしくしくしますよ……。
何度も申し上げますけれども、私は対戦においては、魔法を穴掘り以外禁止……。
負けるじゃないですか!
……と、ここまで思って、動揺している自分に動揺しています。
「私が勝ったら」
リアが続けるので、私は手の中に汗をかき始め、心臓が掴まれたみたいに、動悸で胸が苦しいです。
レオを諦めろと言われたら、諦められるでしょうか。
あの人の幸せが誰かの隣でも、私はそれを祝福できるでしょうか。
「ノーテル家の嫁に、推挙願います!」
「ん?」
「私は、ノーテル家に、あの家門の、一員になりたいのです」
「……」
キラキラした目で訴えられて、私は後ろを振り返ってベルガー先生を見ました。
どういうことですか、これ?
先生はコホンと咳払いをして、一枚の手紙が乗った畳まれた制服を渡してきた。
リアは陶酔したように、語り続けます。
「ノーテル家の強さは、とんでもないものです。私も武を極めたいものとして、ノーテル家の一員となって、この力をどこまでも高めたい!」
「は、はい……」
私を苦笑いさせるなんて、リアはすごい方です……。
失礼にならないように相槌を打ちながら、私はリアに許可を取って手紙を開きました。
手紙はお父様からでした。
そこには一言。
『全魔法、解禁』
「ん?」
そう、書いてありました。
私の目玉は、飛び出しました。




