番外編:気になるセシルさん(おじさま視点)
セシルさん達を見送った後――。
夕方に差し掛かった荒野は異様な空気に満ち、ひりつく殺気を纏いながら夜の帳を下げていく。
「また、これに会えるとは思わなかったな」
袖の下から二十個ほどの石を、ころころと手のひらに出した。
大きさはそれぞれ違えど、植物の種くらいの大きさから、親指の大きさまで、どれも小さい。
小さいだけで、凄まじく、すごいのだ。
「ははっ……」
薫り高い美しい花吹雪に突然に出会ったような、息を吸うだけで湧き上がる、愉悦と恍惚。
手のひらに収まる石たちを、ぎゅっと握りしめた。
魔力を纏えるこの石は永遠の命というわけではなく、それぞれに性格がある。
衝撃には強いけれど、急冷には弱い。
太陽に強く、月に弱い。
魔獣の澱みに強く、聖女の癒しの力に弱い。
もちろん、その反対の性格を持った石もある。
壊れた石は元には戻らず、ただその役目を終えるだけ。だから、自然減していく。
一番強くて美しい、全ての属性を凌駕する石はあの子へ。
次に良いもの、上から二十番目までは自分に。
他は、国へ。
手を開き石を眺めた後、当然のように腰にある皮袋に入れた。
「いいなぁ、セシルさん」
一目で、マルグリット様の蜂蜜色の金髪を受け継いでいるのがわかった。
整った容姿の中でもひと際目立つ、大きなヘーゼルナッツ色の目は誇りに満ち、生き生きとしていた。
肌は息を呑むほど白く透き通り、可憐でありながらも色香が漂い始めていて、伯爵が過剰に心配する様子が目に浮かぶ。
「さぞかし、縁談がきているだろうね」
右手の薬指にあった、光の魔法を纏った指輪を見て、セシルさんがあの子の選んだ子だとすぐにわかった。
きっと、気が気ではないだろう。
あの子の成長を遠くから見守る身としては、成就して欲しいところ。
「……だから、君が惹かれる気持ちわかるよ」
空を旋回していたドラゴンは、様子を見るためにか、さきほどよりだいぶ下に飛んでいる。
赤に黒い斑のある皮膚、腹がぽってりと膨らんだよくある容貌。半円を描く鍵爪、額にそびえる一角の角、身体より大きな蝙蝠のような翼が、旋回に合わせて地上に影を移動させている。
セシルさんの異常な魔力を感知してきた、頭のいいドラゴン。
「あの子を食べたいよね」
見上げながら、両掌の上に雷を凝縮させた、大人一人くらいの槍を作る。
「でも、駄目だよ」
大きく振りかぶって、空に投げた。
まずは右の槍を、右のこめかみから左に貫通するように。
間髪入れず左の槍を、心臓を一突きするように。
空で動きを止めるドラゴンが落ちてくる様を、とくに感情なく見届ける。
「イザドラさん、喜んでくれるかなぁ」
落ちてくるその先に大きな空間を開けると、その中に吸い込まれていった。
きっと、王城の庭に届いているだろう。
「一番おいしいところは、イザドラさんと、セシルさんに。あ、牙とかを石みたいに加工してもらえないかなぁ」
機嫌よく王城に戻ったけれど、イザドラさんが仁王立ちしていた。
宵闇を梳いたような、濃い紫の髪。切りそろえられた前髪のその下で、アメジスト色の目が睨んでくる。
女性にしては高い背丈。鍛えながらも豊満な線を描くその肢体は、いつ見ても堂々たるもの。
それなのに、顔立ちだけは出会った頃から、ちっとも変わらないあどけなさ。
そんな愛らしい童顔に不釣り合いなほど、底冷えする眼差しでこちらを見ている。
大きく息を吸ったかと思うと、連れ添った年月のうっ憤をぶつけられるくらいに、怒鳴られた。
「何の通達もせずに、ドラゴンを王城の庭に落とすなんて、正気の沙汰ではありません!」
耳にキーンと届く。
「ほら、でも、肉に影響が無いように、脳と心臓を一突きで……。イザドラさんにまだ現役で戦える勇気ある男だって示したかったし」
イザドラさんにはおいしいお肉を食べてもらいたいし、落ちた衝撃で内臓が破裂したら困るし、いろいろ考えたのに。
切なくなっていると、目の前で再びイザドラさんが大きく息を吸った。
「そういう話はしていません!」
遠くにいる兵士にまで行き届く大きな声が、耳が痛い。
ごめんなさい、と悪くないのにと思いながら、小さな声で謝ってみた。
「だいたい、どこでドラゴンを狩ったのですか!」
「石置場」
ぼそっと呟くと、サッ、とイザドラさんの顔色が変わった。
近衛兵にドラゴンの解体の手配を命令する形で人払いをすると、首根っこを掴んできた。
そんなに背丈が変わらない中、ぐいぐいと引っ張られ、ポイっと近くの執務室に放り込まれる。
ドアに鍵が掛けられ、防音魔法を施される前から、憤怒の表情のイザドラさんに言い訳を始めていた。
「セバスに呼ばれました! 火急の鳥が飛んできたのです。あの子に何かがあったかと思ったから、すぐに出掛けた。理由はどうあれ、火急の鳥が飛んで来たら、とにかく動かないといけない。……用事はあの子が指輪を渡した子を守って欲しいということだったんだよ」
「……セシルさん」
「そう! セシルさん!」
マルグリット様が大好きなイザドラさんの表情から険が消えた。
セシルさんに助けられた! 一生大事にしようと心に決める。
「まず、これを見てよ」
皮袋の中から、石を机の上に出した瞬間、イザドラさんが食いついた。
「これ、どうしたのですか!」
「セシルさんが作ったんだよ」
「……十歳くらいでは?」
「ね、びっくりするでしょう?」
イザドラさんに「魔力たっぷりのセシルさんを食べようとしたから、ドラゴンを退治したんだ」と、本当と嘘の間のことを伝える。
「なら、しょうがないですね……」
イザドラさんは一つの石を抓んで、窓の光にかざす。光に照らされ浮かんだ魔法が波打ち揺れる石の中の空間。煌めく陽光のような、洗練された至高の魔力を溢れださせる。
ほうっとイザドラさんは息を吐く。
「……あなた、一番いいものを、くすねてきましたね」
「一番いいものは、あの子に」
イザドラさんはこちらをちらりとみて、寂しげに頷いた。それから、穏やかに笑った。
「陛下に許可をいただいたの?」
「ん? 二番目から、二十番目は持って帰ってきたけど、ちゃんと他のたくさんは置いてきたよ」
「……くすねているじゃないですか」
だって、うちの領地の空間が歪んでいる場所を王宮に無償で貸しているのだから、これくらいは許してもらわないと。比べようがないほど大事な人も、置いて来ているのだし。
軽快に答えると、イザドラさんは諦めたように石を机の上に戻した。
セシルさんはどんな子だったかと聞かれたので、とても美しい子だと答えた。
右手の薬指に、あの子の指輪がしっかり嵌ったままだと伝えると「そうでないと」と笑って頷いた。
イザドラさんの機嫌が直ったようなので、やっとソファに座る。
魔法を使って、茶器でお茶を準備する。大事な女性にお茶を用意して振舞うのは、領地の風習だ。繊細な魔法を優雅に使えることを示すのは、男として有能な証明なのだ。
だから、イザドラさんには一生お茶を淹れ続けるだろう。
イザドラさんは石をひとつひとつ検分しながら、呟いた。
「……とても良い魔力を感じます。セシルさん、私も会いたいですね。あの子の、力になってくれると嬉しいです」
「セシルさんは、世界を覆す子になるので会えますし、あの子の力になりますよ。というか、もうなってくれていますよ」
あの子に渡した石のエピソードを話しながら、お茶の入ったカップをイザドラさんに渡した。
イザドラさんは受け取ったお茶を飲みながら、笑みを浮かべて黙って耳を傾けてくれる。
「土地に膨大に魔力を流せるということは、水源、鉱山、ダンジョン、全てを発見できるはずなので……。セシルさんの能力は無限大です」
「フェイ・ドラゴンは、そういう人にしか卵を託しませんよ」
セシルさんは、生きる金の鉱脈だ。
その価値を知られた時、セシルさんは大変なことに巻き込まれるだろう。
陛下もあの場所に案内することを許しているのだから、予測はしているはず。
だから、王宮に週末は住まわせ、自分の手元で王族にすることを狙っている。
アレクの妃、叶わないのならマルグリット様の娘だから養女に。手段は選ばないはずだ。
あの子は、きっと気づいている。
イザドラさんも、気づいているはずなのに感情を揺らすことなく言った。
「ところで、孵ったフェイ・ドラゴンはどんな子でした?」
「あー、うー、あれがそうだったのかな」
「どういうことです?」
ずっと、セシルさんのそばから離れなかった、ツンデレな大きいヒヨコ。
「大きなヒヨコ」
「……嘘は好みませんよ、私」
「嘘ではないです、たぶん、ヒヨコ」
「あなた、今日はどこから嘘ですの?」
イザドラさんはどんどん疑いの目を向けてくる。
違う!
紹介はされていないけれど、あのヒヨコがたぶんフェイ・ドラゴン。
今度、会えたら一番に聞こう。
そう決めて、イザドラさんにドラゴンの肉はどこ部位を食べたいかを尋ねた。
四章はこれで終わりです。五章からはクラブ活動編です。
お付き合いをいただけますと嬉しいです。




