55 嬉しい贈り物
予定より早く、かなり早く目的の石ができてしまいました。
何か月かはかかるでしょう、と覚悟をしていただけに拍子抜けです。
すべてはおじさまのお陰。良い先生に出会うと上達も早いものなのですね。
セバスチャンには、ベルガー先生へ「私のことは空気として扱ってください」と伝えるお願いだけはしつこくしました!
そのまま学園の寮に帰ろうとしたのですが……。
私が調子に乗って作った丸い石を、王宮の人に渡すときに、だと思います。
魔力をたくさん使ったとセバスチャンが申告をしたのです。
そうすると、医師の診察と経過観察のために泊まることになりました。
おじさまの言うとおりに作ったからか、全然体は大丈夫なのに。
鼻血を出してからというもの、すごく心配をされています。
あれは魔力過多であって、魔力不足ではないのです。
いつもの私ならば、そう言って、無理やりでも帰ったはず。
ベルガー先生の鬼課題もありますし、学校内で何かを育てられる場所を貰えないかと、学校内を何周もぐるぐる探索しているせいでもあります。
ただ……。
『身を守ることを、忘れないで』
笑顔だけれど、決して有無を言わせない雰囲気でおじさまに言われたあの言葉。
従わざるを得ない……。なんでしょう。犬が主に仕える感覚って、これでしょうか。
圧があるわけでなくて、人が自然と動くような風を起こしている感じ。自然と付いていきたいと思うような。
お父様は溢れる生命の圧で人を屈服させるので、本当に全く違うと感じます。
というわけで、私は石を握ったまま、ベッドの上で珍しくゴロゴロしていました。ピヨと一緒にゴロゴロです。お母様に見つかったら大目玉な過ごし方。
ピヨはおにぎりを全部食べたらしく、ご満悦。今度はちゃんと皆と分け合って食べるように、それらしくお説教したりしていました。
そんな中、扉がノックされました。
「シリィ、いる?」
私はベッドから飛び降り、背筋をピィィィンと伸ばしました。
手の中の石が急に熱を持ったように感じ、呼吸を整えようとしても、息苦しいのはなぜでしょうか。
間違いありません。
レオのお父様と、レオへの贈り物を作るとかいう、恥ずかしいことをしたせいです。
寝たふりをしても入ってくるのは、長年の付き合いでわかりますので、私は懸命に取り澄まして、ドアに手をかけ、そっと開けました。
――その瞬間、言葉を呑み込んでしまいました。
レオは髪を後ろに撫で上げていて、初めて感じる男性らしい精悍な印象。
濃紺の長い上着に、右肩から金の飾り紐が一筋。立襟には王家の紋章、袖口には金糸の刺繍。
公務の後、そのまま来たのだと、すぐにわかりました。
剣は帯びていない代わりに白い手袋が片方だけ、手の中に握られています。
学園で見るレオと、同じ顔、同じ声。
だけれど、王宮の廊下に飾られた絵の中から出てきた、知らない高貴な誰かみたいに感じました。
「ああ、良かった。寝ていなかったね。セバスチャンから、僕に話があるって聞いたから急いで来た。泊まっていたんだね」
……セバスチャン! 何、気を利かせたみたいなことをしていますの!
けれど、そんな内心のツッコミも、続かなかった。
レオは、確実に成長している。しかも、とても素敵に。それを、目の当たりにしてしまった。
小さなときみたいに、無邪気に土に魔法を流したり、卵を食べたり、一緒にまったく意味のない話をしたり。
私はまだまだそんな時間が続くと思っていたけれど、レオはとっくに終わっていたのかもしれない。
私は手の中の石を、握り込んでしまった。
私だけ、突っ走るセシルのまま。
「どうかした?」
私の雰囲気を察したレオが、心配そうに、でも全てを見通そうとする勢いで、顔を覗き込んでくる。
レオは昔から背は高かったけれど、また随分と高くなった。私は一歩、後ずさってしまいました。
「いいえ、何も」
「どうかしたよね? 僕、何かした?」
レオが断りもなく、私を部屋に押し込むように入ってきた。後ろ手でしっかりとドアを閉める。
少し開けておくのがマナーなことくらい、私だって知っています。
「レオ、ドアは少し開けなくては」
「うん。まず、僕が何をしたかを教えて」
何か追い詰められたようなレオの表情に、これは絶対に引かないやつだと、私は観念しました。
人生、恥はかき捨て! と思いつつ、私はぷい、と横を向いた。
「格式高い姿に、その……えっと……驚いただけですわ! それと!」
見惚れたり、落ち込んだりしましたとは言えない。
私は顔を赤くしたまま、手のひらに乗せた石をレオに見せた。
「これを、作りましたの。過多になった魔力を吸ってくれる石です。その、安全性は……保証済です」
おじさまの存在を明かしてはいけない……と、私はあらぬ方向をみていた。
「その、たくさん作れましたので」
「宝物庫の鑑定官達が騒いでいた原因はシリィか。……これは、僕に、くれるということ?」
私はこくこくと頷く。とりあえず恥ずかしいから、早く受け取ってほしい。
レオは私の手のひらにある石をじっと見つめてから、私を見た。
「一人で、作ったの?」
「いえ……その……セバスチャンがある方をお呼びくださって」
「ある方……?」
「おじさまと呼んでおります」
「おじさま……。ちなみに、どこで作ったの」
「王宮の、石置場ですわ。そこの石を使ってよいと言われたので」
私が答えた途端、レオの肩がびくりと跳ねた。白い手袋を握る指が、固くなる。
視線が、私の身体を慌てたように、一周したのがわかった。
「石置場!? 怪我はない? 大丈夫だった!?」
「セバスチャンとガレス、アルヴィン、リオネルがいましたよ」
「それでも、心許ないよ……」
護衛が足りない足りないって言っていたのは、本当でしたか……。
レオが緊張を逃すように、髪をかき上げる仕草をした。
それを見て、かっこいいなぁと、思ってしまいました。胸がこそばゆくなったことから目を逸らすように私はもごもごと言った。
「おじさまもいましたので。おじさまがこれはレオにと……」
「そのおじさまって、誰なの?」
おじさまが誰かなんて、私の口からは何も言えません……。
私が挙動不審でいると、とりあえず座ろうかと、ソファに誘われました。
レオは当たり前のように手袋を置くと、空間から茶器を取り出し、慣れた手つきでお茶を淹れはじめる。……これ、何回目でしょうか。
その間も、レオは何かを考えている様子でした。
それからふと、何かに思い当たったように、小さく口の端を上げる。
気持ちの揺らぎが魔法に出ないのは本当にすごい。優雅に用意されたお茶を、私の前にそっと置いて、レオは尋ねてきた。
「そのおじさまという人が、石の作り方を教えてくれた?」
「はい。魔法の流し方とか、加減とか、想像の仕方とか」
ああ、なるほど。レオはそう言うと私にお茶を勧めてきた。
「なら、その人は教えてくれた? 女性が男性に、石を贈る意味も?」
「……?」
私がきょとん、とした顔をすると、レオは念を押すようにまた尋ねてきた。
心なしか、唇の端がふるふると震えている。笑いを堪えるように。
「聞いてはいないようだけれど、僕は受け取るよ?」
「ええ、はい。だって、これは、レオのために作りましたので……」
あ、失言。
私が手のひらを握って石を隠す前に、レオは素早くその石を抓んで取った。
「ありがとう。確かに受け取った。――これは、本当に嬉しいね」
レオはその石を受け取ると、満面の笑みを浮かべた。
それから「僕も覚悟を決めるね」と言って、その石に魔力を一気に流し込む。「覚悟?」と聞き返すも、レオは微笑みながら容赦なく魔力を流し込んでいた。
割れないか、正直冷や冷やします。
石はキラキラと明滅しながらその魔力を呑み込み、石の中では空色の渦が優雅に渦巻いている。
どうやら、大丈夫そうです。私はほっと胸を撫でおろした。
「うん、これはすごいものだね。僕は国宝を貰ったのだろうね」
「……国宝」
頭に思い浮かんだのは、お金の話。
石は王宮の物を使ったとして、手間賃としての私の取り分はいくらになりますか。
言えないけれど、気になる! 私は振り払うように、ぶんぶんと頭を横に振った。
「そのおじさま、他には何か言っていた?」
「ドラゴンのお肉がおいしいから、食べるかと聞かれました」
レオはさすがに絶句して、それから教えてくれた。
「……あの領地では、ドラゴンの肉は恋人に贈るんだ。恋人や家族に。これだけの危険を冒すくらいあなたを大事にしているし、自分は強いから、狩りに出ても必ずあなたの元に戻ってきますという意味で。――というか、ドラゴンが飛んでいた?」
「はい。おいしいって言っていました」
大事なことだから、二回も言ってしまいました『おいしい』。
おじさまは、私を家族のように大事に思ってくださっているのですね。それは嬉しいです。
レオは膝に肘を置いて項垂れた。
「危ないなぁ……」
「あのドラゴンは、危ないのですね」
私が澄んだ瞳で尋ね返すと、レオは苦笑いをしながら、まず紅茶を一口飲んだ。
「危ないよ。石置場に行くなとは言わないけれど、『おじさま』をお呼びできる日に合わせた方がいいよね。ドラゴンの肉をあげると言うくらいなら、来てくれるよ」
「お肉には白米ですので、塩結びがいりますわね」
私が目をキラキラさせていうと、レオは穏やかな表情で石を手の中で転がしながら、言った。
「シリィと、こういう話をするのが一番好きな時間だ。昔から何も変わらないこの時間が一番落ち着く」
「……」
私の胸の中に、何かが膨れて、弾けそうになっています。
どうしてでしょうか、涙腺が刺激されて……。
レオが遠くの人になったと思ったのは私で、レオはいつでもそこにいるようです。
「で、土魔法クラブはどうなったの?」
レオが話を振ってくれる。私は涙を気合で押し込めた。
「まだ、レオをお呼びできる形にはなっておらず……」
この間、部室を覗くと、新しい部員も植木鉢を持って魔力を流していました。
全員黙って植木鉢を持つ、思想高めの絵。私は声もかけずに、そっとドアを閉めてしまいました。言い出しっぺがごめんなさい……。今度は必ず、声を掛けますので……。
「レオこそ、公務が忙しそうですね」
「うん、魔獣が増えてきていてね。ギルドに討伐依頼が多くなってきた。領主の謁見や会議が増えてきたね」
私は瞬きを繰り返し、黙ってしまいました。
胸が、どきどきしている。
勇気を振り絞って、私は言葉を紡ぎました。
「……魔獣災害、でしょうか」
「それを見極めの時期には来ているのかもね」
遅すぎるくらいだよ、とレオは事も無げに言った。
あまりにも感情が見えなくて、私は反対に不安になった。
レオがすべてを引き受けないように動いているつもりだけれど、いかんせん私の出自はモブ令嬢。
手探りでしていることが、良い方向へ向かうことかもわからず。
「大丈夫だよ。だって、僕はこれを貰ったから」
レオは石を見せてくれた。
「あの領地で、女性が男性に魔力を込めた石を贈る意味は『ずっとそばに置いてください』だから」
「……ん?」
いやいや、違いますよ。それは魔力過多でレオが具合悪くならないようにするために作ったものですよ?
「だから、あの領地の人は、こういう石の作り方の概念を知っているんだ。でも実際は既に加工された石に魔力を込めるだけだけど……これは石を凝縮したでしょう? あの人、すごく感動したはずだよ。またこの技術に会えたから」
レオは石を灯りにかざすようにして、見つめた。
技術とか、本当にどうでもよくてですね。
誤解がありまして。
「嬉しいな。好きな子にずっと一緒にいましょうと言ってもらえて。……シリィがどこにいても、僕は必ず探し出すし会いに行く。だから、一緒にいようね」
レオが、私がこれまで会った中で、一番いい笑顔を浮かべた。
あの暗い影が常にあった子が、こんないい笑顔で……! じゃなくて!
何かが……違う!!
けれど、違うと言うのも、違う!!!
気持ちが重い! 重いけれども……。
「それ以上は、やめてくださいまし……」
私は両手で顔を隠して、消え入る声で言うのがやっとでした。




