54 おじさまと石
では改めまして、と私は石に手を当てた。
手のひらに感じる、硬くて冷たい感触。
土みたいに魔力を受け入れる柔軟性よりも、頑なさや反発を感じる。
さぁ、魔力を流し込むぞ、と意識を高めたその時でした。
「何をしているの、お嬢さん」
突然にゅっと同じ高さで顔を覗き込んできた、一人の紳士。
落ち着いているのに、不思議とよくとおる低い声は耳に心地よい。
けれど、突然は心臓に悪いです。
「どっ、どちらっ、さま」
私は驚きすぎて滑らかに尋ねることができませんでした。
おまけに、集めていた魔力が四散してしまう。
「……」
ぶぅっとした表情を隠さず、私に何か御用ですかと男性を見て、そして言葉を失った。
まっすぐに伸びた背筋が神々しい、只者ではない雰囲気。
背が高くて姿勢が良い上に、顔は小さく、手足が長い。無駄のない骨格がすらりとした体型を際立たせている。
歳はお父様と同じくらいだろうか。
濃い栗色の髪には、こめかみのあたりに品よく白いものが混じっていた。
整った顔立ちは、若い頃はさぞ美しく、近寄りがたかっただろうと想像できる端正さが残っている。
まったく見覚えのない相手なのに、なぜだろう、初対面という感じが、しない気が、しなくも、ない。
私は首を捻って、セバスチャンに尋ねようと振り返った。
「セバスチャン……」
セバスチャンがその紳士に向かって、深々と頭を下げていた。
片眼鏡の老紳士が、すっと一歩下がって、恭しく控えているの、絵になります。
騎士の三人も、頭を下げていた。私に接する態度とは大違いです。
最重要人物の一人であること、決定です。
魔力を流したいだけなのに、いったい何だというのでしょうか。
そんな悶々とし始めた私に、紳士が微笑んだ。
「僕のことはおじさまと呼んでください。セシルさんとお呼びしても?」
「もちろんですわ、おじさま」
私があっさりと受け入れると、おじさまの目は優しく微笑んだ。
穏やかだった目は、有無を言わせないものに変わる。
それから静かに言った。
「石に魔力をただ流してしまうと、セシルさんが怪我をします。硬いものを壊すには、より強い力が必要になるでしょう? そうすると荒っぽい壊れ方をしてしまいます」
怪我をする……。おお……怪我をする……。考えてもみませんでした。
紳士は私が魔力を流そうとしていた石に手を置いて見上げた。
それから頷く。
「細かい破片も飛び散りそうですね。危ない」
おじさまは声を和らげて、私を案じるような口調で続けた。
なんでしょう。普通に心配をされて、私の心がこそばゆがっています。
「自分の身の守り方であれば、きっとあなたのお父上が厳しく教えているでしょう。けれど、安全を確保してから魔法を使うことも頭の中に入れておきましょうか。過信は禁物です」
「…………はい」
なんでしょうか……これは……けっこう本当に注意をされている。
ベルガー先生やお父様やお母様にもいろいろ言われるのと違って、なんでしょうボディブローみたいにじわじわ効いてくる。
笑って流せない類のものですよ……。
私が黙ってしまったからか、おじさまは私の頭をぽんぽんと撫でた。
「セシルさん、魔法は想像力です」
「想像力……」
お父様は特訓中、私に『魔法とは気合いだ! 気合いだ! 気合いだー!』と言っていましたが、解釈がいろいろ違うようです。
「この石に何をしてもらいたいですか? どんな形にしたい? セシルさんはどうしたいですか?」
私はその質問に、すぐに答えました。
「溢れだす魔力を吸ってくれる、携帯可能な石を作りたいです!」
「誰に渡したい?」
「うぐ……っ」
レオの顔がぽわんと浮かんで、言葉が喉に詰まった。
そ、そんな他意はありませんのよ!
レオの調子が悪そうなので、もしかして魔力過多になっているのではないかなと勝手に考えて、勢いのままに石を作って、できればきれいにカッティングとかして渡そうとしていて……。
私はハッとした。
綺麗な石を贈りたいとか、激重案件……。
固まってしまうと、おじさまは吹き出して笑った。
「初々しくて良いなぁ。――じゃぁ、魔力を流すときのコツを伝えるよ。石に魔力を流すというよりも、石の中にあるそういう素養に魔力を流して、変容させて、形にするイメージだ。錬成、に近い魔法の使い方だね」
ふと、あの土の中から指輪を作ったことを思い出しました。
……あれでしょうか。
……あれも思い出せばけっこう恥ずかしい案件……。
にこにこ笑顔のおじさまの前で七面相をするわけにもいかず。
私は目を閉じた。
あの感覚を思い出して、石の中にある私が望む素質に、魔力を流してみる。
レオが……、いや違います、魔力関連で悩んでいる人 す べ て に助けになるような、そんなものを作りたい。
すう、と魔力が石の中へ反発なく流れ込んでいくのがわかります。
石の中で、魔力がゆっくりと何かを形作っていく。
私が目を開けると、目の前にあったはずの大きな石は無くなり、私の手の中に収まっていました。
「……できました……?」
内側に魔力の熱を宿した磨かれたような丸い石。
私が不安そうにおじさまをみると「ちょっと借りるね」とおじさまがその石を抓んで視線の先まで上げると見つめた。目の色がすごくきれいな空色になった気がしたのは、気のせいのはず。
おじさまが、目を細めて頷いた。
「うん、上手だね。セシルさんはすごいね」
「へへへ……」
なんでしょう。
おじさまに注意されても響く。褒められたら、もっと響く。
つまり、とっても嬉しい。
おじさまに何かを言われたら、私何でもしてしまいそうで怖い。
褒められて浮かれた私は、無双状態。
二個目、三個目……と勢いづいて、石置場から石はどんどん減っていきます。
「セシルさんはすごいなぁ」
た、楽しい。楽しくてたまりません!
おじさまは、私の隣で、にこにこと見守ってくれているけれど、アドバイスをしてくれます。
魔力が届きにくくて諦めそうになれば「もう少し」とか。
もう少し形を整えたいと欲をかけば「もうそこで止めようか」とか。
押し付けがましくなく、けれど的確で……。
すばらしい教師とはこういう方なのですね。
ベルガー先生の顔が浮かんで消えましたが、しょうがないです。
夢中になりすぎて石と私だけの世界になっていると、おじさまがふいに頭を撫でてきた。
すごく優しくて、安心できる大きな手。
「セシルさん、少し休みませんか」
言われて、はっと顔を上げた。
いつの間にかあれほど山積みだった石が、大きさは微妙に違えども磨かれた小さな丸い石に……。
大きな石がなくなって、日当たりが良くなって、そこが草原みたいな場所だとわかりました。
見晴らしが良くなった場所を見ながら、私がサーッと青くなる。
「セバスチャン、魔獣災害時の投石用の石とか、大丈夫ですか」
「ご心配なく」
セバスチャンはそう言ってはくれたけれど、私、どこかから石を調達しなくてはいけないのでは……。
心配していた私に、おじさまはどこからか取り出したマットを敷いてくれた。
「セシルさん、マットを敷いたのでどうぞ寝転んでください」
「ありがとうございます」
どっと疲れが押し寄せてきて、私は遠慮なくごろんとマットの上に転がった。
空が、広くて、青い。
時空を歪ませて作った空間って、どういうことなのでしょう。
どこまでも広がる青い空も、作れてしまうのでしょうか。
本物の空だったりなんて……なーんて。
どこかの本物の空と繋がっていたら、ロマンですわ。
誰に聞いても、きっと本当のことは教えてくれない気がします。
その代わりみたいに、おじさまとは他愛のない話をしました。
フェイ・ドラゴンは卵を託された人にとって、大事なものの形で現れるとか。
フェイ・ドラゴンを信仰している小さな国があって、そこは中立国だとか。
ならピヨはヒヨコじゃなくて、卵の形でうまれてこなくてはいけなかったのでは……?
その国にピヨを連れていけば、神輿に担がれるのでしょうか。
そんなことを考えながらぼんやりと空を眺めていると、太陽を遮って、何かが横切っているのが見えました。
鳥……にしては、大きい。
ずいぶん高いところを飛んでいるはずなのに、大きい。
私は、寝転んだまま指をさした。
「おじさま、あれは、何でしょうか」
おじさまも、私の隣で同じように空を見上げて、こともなげに言った。
「ドラゴンですね」
「ドラゴン」
「ええ。ドラゴン」
「……」
まるで『蟻ですね』くらいに普通におじさまは言うので、きっとピヨみたいな無害なドラゴンなのでしょう。
本当のドラゴンなら、お父様やお兄様が聞いたら、喜んで狩りに来そうです。ご先祖様に負けてなるものか! と。
ピヨが熊蜂みたいなのにけっこう早く飛ぶ姿を思い出して、同じドラゴンなのに随分と違うなと思いました。
「あれの肉はおいしいですよ。セシルさんはお肉を食べますか?」
「お肉も大好きです。でも、卵はもっと好きです」
おじさまは声を上げて笑った。とても楽しそうです。
「狩りますか? 肉、持って帰ります?」
「今日は石づくりの用意しかありませんの。それはまた今度でお願いしたいです」
にこやかに問われて、私もにこやかに答えた。
今日は石を作りに来たのであって、空飛ぶ大型生物を食べに来たのではありませんので。
焼き肉にも白飯だ、お米の用意もいる! と最近はすっかり影を潜めた三十路の私が言います。
ドラゴンを丁重にお断りして、私はしばらく、ごろごろと空を眺めていました。
だんだんと、魔力が回復してきたのがわかります。
むずむずしてくる。まだ石はある。もっと作れる。もっと上手くなれる気がする。
シャキーンと起き上がった私の横から、おじさまは左足を投げ出し、右ひざを立てる形で座って私を見ていた。
「セシルさん」
休んでやる気いっぱいの私を、おじさまの声が、やんわりと押しとどめた。
「今日はもうおしまいにしましょう」
穏やかな声で、有無を言わせない響きがあるのは一緒。
私はこれになぜだか逆らえない。
私が転がっている周りには、丸く磨かれた石が、それはもう、ごろごろと転がっていた。
おじさまはくすりと笑った。
「もういっぱいあるでしょう?」
それが合図とばかりに、セバスチャンと騎士三人がそれをすごい勢いで拾い始めた。
夢中になりすぎましたね……。
おじさまは、男性四人によって集められた石を、ひとつ、またひとつと、指で摘まみ上げていった。
視線に合わせ、空色の目で見つめ、迷いのない手つきで仕分けていく。
私は、その横顔を、ぼんやりと眺めていた。
このおじさまは、どなたなのでしょうか。
高貴な方だということくらいしか、わかりません。
やがて、選り分けた中から、ひとつの石を、私の手のひらに、そっと乗せました。
ほかのどれよりも、澄んでいて、内側から光を湛えたように、チカチカと金色の光が時々明滅する。それに、手のひらの上で、ほのかに、あたたかい。
おじさまは、優しく目を細めて、言った。
「これをあの子に。これならあの子の魔力にも耐えうるでしょう」
――あの子。
その二文字が、すとん、と胸に落ちた瞬間、私は思考を止めた。
これは、間違いなく踏み込んではいけない領域。
だっておじさまは、「おじさま」としか、名乗っていないので、これは大人の事情。
ただ、猛烈に、恥ずかしい……!
魔力の石を綺麗にして贈ろうとしている相手を、知られている。
赤くなっていく私を、おじさまは、楽しそうに見つめてきた。
「セシルさんのお陰です。悪く思わないでくださいね。あの子も王太子なので、危ないものを持たせることはできず。セバスを責めないで欲しいです」
確定ですわ~。私は仰け反りそうになりました。
つまり、レオのお父様に、レオに贈る石を作りたいと伝えて、方法を教えていただいたとかいう、恥ずかしい展開……。
「……土魔法を極める魔法使いはもう出ないと思っていたので、手に入らないと思っていました」
おじさまは嬉しそうに言うと、残った石の山へ視線を移し、今度はセバスチャンを振り返った。
「セバス。この石の件は、陛下に相談なさい」
「かしこまりました」
「私が鑑定書を付けよう。国宝級の代物だが……」
おじさまは、ずらりと並んだ百余りの石を眺めて、ふ、と可笑しそうに肩を揺らした。
「これだけあると、もう国宝でもないな」
国宝を、私がつくったということでしょうか。
私のインセンティブ……、と言いかけましたが、さすがにお金の話はできませんでした。
働けど働けど、また追放された時のお金はたまりません……。
負けるなモブな私!
その後、おじさまは帰るまで見送ってくれた。
出口は壁でもなく、セバスチャンが『ここです』といったただの場所でした。
一人で来ていたら遭難確定でゾッとします。
おじさまは、最後まで、名前は、教えてくれなかった。
ただ、別れ際に、私の頭を撫でた。
「次はドラゴンの肉をご馳走しますよ。あと、身を守ることを、忘れないで」
王宮に戻り、おじさまの姿が見えなくなってから、隣で、セバスチャンが、長い、長い息を吐いた。
「ほっといたしました」
ほっと?
「正直に申し上げますと」
セバスチャンは、片眼鏡を直しながら、静かに言った。
「あのドラゴンが降りてきていたら。私達では、セシル様をお守りしきれたか、わかりません」
……え。絶体絶命だったということでしょうか。
騎士三人が頷いている。
「あの方がおられる場所には、ドラゴンは、決して降りてこない」
だから、と、セバスチャンは、ほんの少しだけ、口の端をゆるめた。
「あの方をお呼びしていて、本当に、ようございました」
ドラゴンよけになるくらい、強いらしいです、あの、品のいい、優しいおじさま。
セシル様は、悪運が強いですね! と言ったリオネルが、アルヴィンに小突かれている。
私は、握りしめた手の中の、あたたかい石を微笑みながら見下ろしていた。




