53 困ったときのセバスチャン
次の休日、私は大きなバスケットを手に、王宮の廊下を歩いていた。
少しだけ、こんなに簡単に入ってもいいのかという気持ちがあります。
なぜならば、アレクは公務で今日のゴーレム実験は無いからです。
レオは休日はほぼ公務で、他国からの姫君のエスコートとか、会議に陛下と一緒に出るとか、多忙。
王宮の奥まで一人で歩いても誰も何も言わない。
婚約者候補とはいえ、破格の対応……。
そもそも、実験場所に庭園の奥にひっそりと設けられた王族専用の東屋を使っているのも、おかしい話。もう何年もたちますけれども。
私から離れたピヨは、陛下との話し合いで、その東屋で過ごすことになりました。
ここなら厳重な警備が可能であるし、私の土魔法で完全に肥沃で豊かな土地になっているので、ピヨにとって良いだろうという判断。
ピヨが大丈夫なら、鶏を放し飼いにしたいと言ったら、陛下には笑顔で拒まれ、アレクには「また変なことを言い出した……」という顔をされました。
早く屋敷に帰って、新鮮でおいしい、ぷるんと黄身が盛り上がった卵が食べたいです……。
なぜ、アレクもレオもいないのに、私が王宮にいるかという話に戻りますと、ですね。
――過多になった魔力を流す物を作る。
その発想を得てからというもの、頭の中で『石が手ごろで良いのではないか』という声が離れない。
調度品に魔力を流して割れでもしたら大目玉なので、最初から選択肢に入ってはいません。
学園で目を凝らして探してみても、手頃な『石』というのは案外無いものでした。
うんうんと考えて、寝落ち。
起きた瞬間に、良い案は浮かぶものです。
「頼れる人に相談すればいいのですよ!」
というわけで……。
私は東屋にいた探し人、ピヨをブラッシングしてくれていたイケオジの背中に話しかけた。
「ごきげんよう、セバスチャン。王宮に石をたくさん置いてあるような場所はありますでしょうか」
セバスチャンは私の唐突な問いにも眉ひとつ動かさなかった。
片眼鏡の奥の瞳が、ほんの少しだけ笑んだ気がした。
「本日もセシル様にお会いできて光栄です。……石、でございますか」
「ええ。できれば、とってもとっても手荒に扱っても叱られない石」
後で怒られないために『手荒に』と付けたものの、我ながら令嬢らしからぬ注文。
けれどセバスチャンは、少しだけ考えるように顎に手を当てると、静かに頷いた。
「……ございます。ご案内いたしましょう」
「本当ですか! ありがとうございます」
「陛下にも、レオンハルト殿下にも、セシル様のご要望にはできるだけ応えるように申し付かっておりますので」
今更ながら、プレッシャーです。
セバスチャンの案内でその石場に行くことになりましたが……。
東屋に置いていこうとしたピヨは、「どこ行くんだ!」とばかりに飛びついてきた。
結局そのまま髪飾りの定位置におさまる。
ついてくるのですのね……。
「なぜ、こんなにも大所帯になりましたの」
私の呟きは、誰にも拾われません。
前を行くセバスチャン。その後ろに私。さらに私の頭上には、もう大きいピヨが髪飾りの定位置におさまっている。
そして私を囲むように、いつもの護衛の騎士が三人。
「石を見に行くだけですのよ、アルヴィン。本当に、三人も必要かしら」
私の左後方を歩く、銀灰色の髪を後ろで結んだ騎士に問いかけました。
切れ長の瞳が、ちらりとこちらを見下ろしてくる。こわい……。
相変わらず、氷のように静かな眼差しです。
「過剰でも足りぬくらいかと」
有無を言わせぬ迫力に、私は笑顔という表情だけで返事をした。
「セシル様、俺は、むしろ、もう一人増やしたかったくらいです」
右後方からはリオネルの快活な声。
栗色の短髪を揺らして、日焼けした若手の騎士がぐっと拳を握る。
私が持ってきたバスケットは彼が持ってくれています。
「リオネル、声が大きいぞ」
「はい!」
アルヴィンの一言で、リオネルの背筋がぴんと伸びました。
上下関係が、実にわかりやすいです。
黒髪の、岩のようなガレスは会話にも入ってきませんでした。
彼の大きな体が、私の背後で歩く壁のようについてきます。これでも最小限だという圧が、すごい。
「……」
わかりました、皆で参りましょう。
セバスチャンが向かったのは、王宮の奥の、さらに奥。使用人すら滅多に通らないような、薄暗い区画。
突き当たりの、何の変哲もない壁の前で足を止めた。
「こちらでございます」
「……壁、ですけれど」
私の問いにセバスチャンは一つ頷いてから、壁に手をかざした。
壁というより、空間が、空気が、ぐにゃりと歪んで、頭の中に触れてきた気がした。
視界が砂嵐みたいにザザザ……と揺れると、次の瞬間には、そこには広大な空間が広がっていた。
「魔法で、少々空間を歪ませてございます。物を仕舞うには、なにかと都合がよろしいので」
「まぁ!」
なんという、ロマンでしょうか!
私はキラキラした目をセバスチャンに向けてしまいました。
その空間には、見渡す限りの、石があった。
無造作に積み上げられた石の山。
手前にあるのは比較的きれいに見えたけれど、奥へ視線をやると、風化して丸みを帯びた、あるいは焦げついたように黒ずんだ石がある。
「色や形状が違う理由は?」
私が問うと、セバスチャンは良い質問ですとばかりに頷いた。
ベルガー先生と話しているような既視感。
「奥のものは、古い魔獣災害の折に使われたものにございます。城壁の補強や、結界の要。城壁からの投石にも使えますので」
魔獣災害。
この国が幾度も潜り抜けてきた災厄の歴史が、ここに眠っている。
でも、近い未来に来るかもしれない災害。
闇に漂うレオの姿を思い出して、私は首を横に振った。
気を取り直して、手前の新しい石のひとつに歩み寄った。
両手では抱えられないほどの、大きな石。
ここ最近、感じていることがあります。
一番体力のある年頃になったせいか、魔力の回復が、やけに早いのです。
放っておくと、体の中に魔力がどんどん溜まっていくのがわかります。
ピヨが分離してからというもの、こまめに外へ出さないと、すぐに過多気味になるのです。
つまり、私は今、魔力大放出可能状態。
渡りに船というものですね!
「では、失礼して」
私は石に両手をあてました。実は、石に魔力を流したことはないのですよね。
土の中にある石に干渉したことはあるけれど、石に直接干渉したことはないというか。
そっと、魔力を送り込もうとして、大事なことを思い出した。
「塩結びを握ってきたのでした!」
私は皆さんにバスケットから、塩結びを食べてくださいと勧める(布教する)。
エミールお兄様に頼み込んで分けていただいた、貴重なお米で握ったもの。
米は、私にとって最上級の食べ物、最強の携行食なのです。
「みなさん、召し上がってくださいね。……では!」
私は準備万端とばかりに、手前にあった大きな石に思い切り魔力を流し込もうとして、セバスチャンに止められた。
「ところで……、何をされるのですか?」
「あ」
セバスチャンには何も説明しないわけにはいきませんね。
「魔力を流せる石を作れないかと思いまして」
「魔力を、流せる石?」
かくがくしかじかで、魔力が身体の中で回っても、出す場所が無ければ体調不良になるから……と説明する。
それから、私は笑んだ。
「レオ、忙しいでしょう?」
「はい、来年十六歳になりますので、公務が増えてきております」
私は頷いた。
「忙しいと、魔力過多になりがちではないかと思いまして。携帯可能な、魔力を流し込める魔道具があるといいかなと思いましたの」
私が照れを隠しながら伝えると、セバスチャンが、珍しく瞬きをしました。
と、ここまで言って気づきました。
既に、あるのではないでしょうか。そういう魔道具。
私の額に、冷や汗が……。
「もしかして、こういう魔道具、ありました!?」
「ありますが、携帯できない、大きなものですので」
セ、セーフですわ……。
では……と、気を取り直して、私が魔力を流そうとすると、またセバスチャンに話しかけられた。
「セシル様の担任教諭に、くれぐれも申し伝えておきましょう。研究が忙しいと」
「……?」
なぜ、ベルガー先生に、セバスチャンが?
そういう話を聞き入れる先生だという印象は、まったくありません。
「実は、私の孫なのです」
「……まご」
「セシル様の身辺を守るように、伝えております」
「……」
守るとは……? 走馬灯のように理不尽が駆け巡ります。
あれが、ベルガー先生なりの身辺警護の形。
サバイバル アンド デンジャラス。
私は遠くを見るのをやめて、セバスチャンに微笑んだ。
「私のことは空気として扱って欲しいとお伝えください」
「無理でございます」
「……」
これが終わったら、『頼む』の方向性の問題を、話し合いたいです!




