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52.出す場所

 とっても、寝苦しい。 私は、寝返りを打った。



 お父様も、お母様も、お兄様も、わたくしとは違う。

 わたくしは、土属性の魔法だから、できそこないだから。

 皆、わたくしを、腫れもののように扱って、わたくしの顔色を窺う。大切に、してくれる。

 体の中で荒れ狂うコレの名前は何だろう。押さえ込めば押さえ込むほど、濃く強くなって、とても疲れて、何もできなくなる。

 指先を動かすのさえ億劫になるって、わかるかしら。

 お兄様達に相談しても、きっとわからないと思う。眩しいくらいに、いつも輝いているから。


 学園に行けば、何かが変わるかと期待したのが、甘かった。

 不思議な桃色の瞳をした、艶やかな黒髪の同じ年の女生徒が、学園内の人気者の男性を独り占めしていた。

 なんて、人生は不公平なのだろう。

 男性を虜にしている、甘ったるい目は、いつも力強く前を向いていた。


 悔しかった。うらやましかった。

 恵まれているなら、少しくらい私にちょうだい?

 …………様も、やってしまいなさいと仰ったし。

 教科書を破るくらい、別に、いいじゃない。



「ぐあああああああっ。だめですわぁぁぁぁぁぁぁ」


 私は飛び起きた。

 心臓がバクバクと不安げに鼓動を打っている。

 あたりを見渡しながら、額の汗を拭う。手の甲が濡れている。汗のかきかたが尋常じゃない……。

 部屋を見渡して、学園の寮でないことに気づいた。

 豪奢なつくりのそれは、王女であった頃のお母様のお部屋。


「そっか、アレク……」


 ゴーレム実験あそびをするために、休日は王宮に滞在していた。

 昨日はアレクとゴーレムを遠隔で動かす理論を話し合った。

 剣が飛んできたことから着想を得た、アレ。

 魔力が通るような糸を地中に埋めて、遠くの飛び道具を動かしたりできないか、みたいな。

 アレクが興味を持ってくれたおかげで、白熱した議論と実験を重ねることができた。

 アレクの「繊細な魔力操作」と「正確な付与」には本当に驚かされます。本当に、努力の人。今度から努力の人って呼ぼうかしらと思うくらい。


 私はダラダラと流れ続ける冷や汗を拭いながら、昨日のことを思い出していた。

 そういえば、あまり体調が良くなかった。


 それでもアレクとの実験の後、部屋に戻ってベルガー先生から与えられた鬼のような課題をこなして、フリッツのことを思い出して、うんうんと考えて、気づけば寝落ちしておりました。

 なので、あんな生々しい夢を見てしまったのでしょう。


「き、今日も、ゴーレム……」


 気持ちを切り替えなければ。

 でも、今日は身体が重い。いやいや、今日は今日のすべきことがある。でも、ちょっと気持ちも重い……。

 今日を頑張らなければ……と、私が二十四時間戦う戦士のごとく、起き上がろうとしたとき、ぽたり、とシーツの上に血が落ちた。

 あれ、と鼻に触れれば、血が。


「……血」

「ぼくが降りたから、魔力放出が足りなくなったね」


 その血の水玉を覗き込む、黄金色のモフモフ。こちらを見上げた目は、オッドアイ。片方はヘーゼルナッツ色、もう片方は深い蒼色。

 鏡の中で私の頭の上に髪飾りのようにいた、むしろ髪飾りだったフェイ・ドラゴンの幼獣。


「あなた、ピヨですの?」


 少し大きくなったような……。


「そうだよ! びっくりしただろ! お前の魔力をぼくが、もりもり食べていたんだ!」


 食べていた……。

 えっへん! とピヨはまるっこいふさふさの胸を張る。


「だから、セシルは急に魔力過多になったんだろうね」


 困ったものだね、とピヨは言った。


「ま、いいけど! これから、魔力だけでなくて、何でも食べられるから、食事の用意もよろしく頼んだよ」

「……良くないですわ」


 私は、考える前にピヨを両手で掴んでいました。

 両手の中に収まる、バレーボールくらいの大きさです。よく頭の上に乗っていたなと思う、大きさ。

 私は全集中で魔力をピヨに流し込んでいく。楽になっていく。

 ピヨの黄金色の毛が、ふわふわと風に当たったかのように動きます。


「ピピピピヨヨヨヨヨ」

「時々、話しかけてきたのは、あなたですの?」

「ピヨーーーッ」

「あ、鼻血が止まりましたわね」


 シーツが血で汚れてしまったのは、本当に申し訳ないです。

 でもピヨに全力で魔力を注ぐと、心なしか、心も体も軽くなりました。


「あー、食べすぎピヨ~」


 ピヨがお腹いっぱい……とベッドの上でゴロゴロしています。

 あのフェイ・ドラゴンの子だけあって、ふてぶてしいですわね……。

 フリッツも、これくらい開き直ればいいのに。

 そんな風に思った後、私は「あ」と思いました。


 フリッツも、とりあえず魔力を外に出してみればいいのではないか。

 土属性あるあるかもしれないのですが、外に魔力を出さないのですよね。『土いじり』とか言われるから!


 土魔法クラブにはエレナを勧誘していますが、彼女はもう土属性の魔法だからと自分を卑下はしていない。それどころか、とても謙虚でありながら自信に溢れた美しいご令嬢になっております。


 私の研究を手伝ってもらっていた過程で、エレナは自分が花を咲かせることがとても上手であることに気づいたそうです。

 彼女曰く、ですが。

 桜の花を咲かせたときの魔力が流れる感覚がとても残っていて、その感覚を追うような感じで魔力を土に流していたら、花が良く咲くようになったとか。

 いまでは、王都で花が欲しい時は、リュシエール子爵家へと言われるほどになっております。

 王都では花のやり取りが盛んなので、これはお金を稼げるのです。

 話を聞いていると、種に干渉するとか、葉や幹への干渉だとか、面白い。

 学園に通ったら、ぜひそれでレポートを提出して欲しいとお願いしたのですが。


 土属性は、魔力を外に出せないまま鬱屈させ、不遇とよばれる境遇においやられるのではないか。


 と、い う こ と は。


 私はにやりと不敵に笑む。


 すべての土属性の魔力を持った人たちが、自身の魔法を土にでも放出をし始めたら、これ、革命レボリューションが起こるのでは?


 レボ、リューションですよ……!


 エレナは種に活路を見出した。

 ということは、土属性の人たちは、それぞれ活路があるのでは?

 石とか粘土とか、もしかして虫とか。

 得意分野を持つ人間が現れるのかもしれない。

 土という大きな場所に流せば、魔力はいくらあっても足りない。

 けれど、対象を特定すれば……。

 人を乗せたまま天まで上るような豆の木を生やして、上から総攻撃とかも可能になるのでは。


 ロマンしかない……。


「アレーーーーク!!!」


 私は、鼻の下をこすりながら、大声で叫んでいた。


「ピヨ! アレクを起こしにいってくださいまし。今から集合ですわよって。ちょっと手伝って欲しいことがありますので!」

「ぼくは、偉大なるフェイ・ドラゴンだぞ。小間使いにするな」


 ピヨはベッドの上でごろごろしながら、拒否する。

 クッ、確かに労働に対価は必要。


「何でも食べられるようになったのでしょう? エミールお兄様に頼んで、お米を分けていただきます! ご飯を炊いてあげるから!」


 私が差し上げられる、最上級の贈り物は米ですので!

 惜しみなく! 与えようかと!


「それなら、よきかな~」


 ピヨは神妙な顔で頷くと、ベッドから飛び降りて、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら短い足で窓に近づくと、窓から飛びたった。

 ぶーん、みたいな音が聞こえてきそうです。

 あの熊蜂みたいなフォルムで飛べるのですね……と私は感動する。


 数十分後……。

 腕にピヨを抱え心底疲れ切った様子のアレクから、フェイ・ドラゴンを使い走りにするなとか、単独行動させるなとか、そもそもなぜ分離できたのかだとか、ベッドの血は何だメイドが泣き叫んでいたぞとか、とにかく医師のところにいくぞと、王宮を連れまわされ、ゴーレムどころじゃなくなったのはまた別の話……。



 翌日、私はフリッツを土魔法クラブ用にと用意された用品倉庫に呼び出しました。

 いろいろ面倒なので、ロザリアに同席してもらうことにして。


「なんでしょうか……」


 真っ青なまま俯いた彼の視線の先には、抱えられるほどの植木鉢が三つ。

 いや、本当に、クラブを作る! と息巻いていた彼とは大違いです。


「あなた、一週間、暇さえあればこれに魔力を流し続けてみてください」

「え?」

「ほら、持ってくださいね」


 私は植木鉢をフリッツに無理やり持たせると、フリッツの手の上から手を重ねようとした。


「いやぁ! セシル様ぁ!」


 ロザリアが、その接触に叫ぶ。

 ハイハイと受け流しながら、私は、フリッツの手の上から手を重ね、自分の魔力を、彼の体を通して、植木鉢へと流し込んだ。


 びくり、と、フリッツの肩が跳ねる。


 大丈夫、怖くないと、彼の中の土属性に話しかける。

 体の中で行き場をなくして固まっていた魔力。放出の仕方を遊びの中で覚えられず、溜めるしかなかった魔法。不遇の魔法、恥ずかしい魔法、そう言われ続けて、外に出すことすら、諦めてしまっていた。堰き止められて、澱んで、重くなった魔力が、彼の中で、ぐるぐると渦を巻いている。


 土は、とてもおおらかなのです。


 私は、彼の中を流れる魔力に道を作る。手のひらから、植木鉢の土へと、詰まっていた水路を開くように。


「……あ」


 フリッツが、小さく声を漏らした。

 するすると、彼の魔力が、流れ出していく。ずっと内側に溜め込んで、澱ませていたものが、外へ。土へと、還っていく。


「魔力が……」


 フリッツが、目を見開いた。


「そうですよ。これが、あなたの魔力です。ちゃんと流れますし、土に届きます。まずは、これができるようになってください。そして、この中に何があるかを感じ取ってみてください」


 教えてできるのなら、こちらもいくらでも教えますので。


「セシル様っ、ずるいですぅ!」


 ロザリアが、頬をぷくりと膨らませて、私に詰め寄ってきた。


「ずるい……?」


 何が? とフリッツから手を離した私は尋ねた。


「私も、久しぶりに、セシル様の魔力を、味わいたいのです!」


 ロザリアが、私の腕に、ぎゅうっと抱きついてくる。

 いや、味わうとは……。

 私の魔力は、米でも卵でもありませんよ?


「ロザリアには、癒しの魔力がありますでしょう」

「なら、流し合いましょう!」


 なぜか、断固とした口調だった。

 フリッツは植木鉢に魔力を流すことにすっかり夢中になっている。

 どんどん顔色がよくなっていく。良かったと思います。


 もしかして、レオも忙しくて魔力を出せていないのでしょうか。

 だから、ちょっと変なのかも……。

 他の属性でも魔力を全力で流せる場所……、もの……。


 物……!


 私はニヤりと笑った。

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