50. お米粒
「おいしい」
塩結びをあっという間に食べたレオの目を、私はじっと見た。
私の目の圧に、レオの口元が引き攣った。え、なに? みたいな感じで。
婚約者候補に対しての、忖度込みの評価だと困りますので、しっかり表情を確認せねばなりません!
……と、思いつつも。
「ですよね! ですよね! 絶対に、おいしいと思います! ヒメコにも、何をやらされているかわからないままでも働いてくれた皆様には、本当に感謝ですわ」
私はでへぇと笑んでいた。
おいしいって言葉は、嬉しい。単純で申し訳ないけれど、嬉しい!
ここまで五年かかりました。
「大倭豊秋津島との交流の接点を作ってくださった。ありがとうございます」
「すべて父上だけれどもね」
「でも、お話を通してくださいましたわ」
私は目の前の輝く塩結びを見た。
ふっくら真っ白、米粒のひとつひとつが輝き立つ、至宝の三角。
これ以上美しい三角を、私は知らないのです。
「もう一つ、お食べになりますか?」
「シリィの分でしょう?」
「では、お言葉に甘えて」
「……」
私はそれ以上の遠慮をせず、大きな口を開けてばくっと、食べた。
小さかったから、三口で終わる。
幸せは一瞬過ぎて……これは真理です……。
口の中でほどける米粒たち。噛めば甘みがふわりと広がって、塩味とダンスを踊り始めます。エイヤッサーエイヤッサーみたいな、豊穣の音頭で。
私はにっこぉと笑んでいた。
堪えきれないように、レオが噴き出す。
「ああ、シリィは本当に面白いなぁ」
そう言いながら、首元に掛けてあるネックレスの指輪を弄った。
どきり、としたのは、もう塩結びを食べてしまったからで、その喪失感のどきりであって、目の前の方に何かを感じたわけではありませんよ?
「ねぇ、シリィ。たぶん、君の頭の中には入っていかないのだろうけれど」
ちょっと、急に失礼なことを言い始めましたよ、この方は。
お陰様で冷静になりました。
「この学園においての、君と僕の立場について聞いてもらえるかな」
「はい」
本当に興味が無くて、私の理解しようという気持ちが0以下に。
それに気づいたのか、レオは笑んでから、淡々と語り始めた。
まずは、知っていることから。レオの婚約者候補は、私のほかに三人いる。
ここからは初めて聞くこと。それぞれの家格は、公爵家、侯爵家、伯爵家。
週に一回の『お茶会』と称した、お互いを知るための会話の機会を設けているらしい。
他の三人はレオと同じ学年。
月・火・水の昼食時に個室を利用することにより、その時間を確保していると。
「生徒会のお仕事もありますのに、お忙しいですわね」
私が同情を込めて言えば、レオは複雑そうな表情をした。
少し、テーブルに視線を落とした後、続ける。
生徒会に私を入れたくても、同じ家からは原則一人のみとなっている。
王族はもちろん例外で、エミールお兄様が卒業したら、私にも生徒会の声が掛かる可能性が高いそうだ。
断りますけれども。
「現状、君との時間を作ることが、難しいんだ」
「しょうがないですわね」
私の胸がチクリと痛んだのは、噛まずに塩結びを呑み込んだ名残でしょう。
レオが拳に力を入れて、それから緩めた。
レオ曰く、複数の妨害を受けているとのこと。
生徒会の仕事を例年に比べて格段に忙しくされて、木・金はランチミーティングとなった。
他の令嬢のように、私との時間が取れない。
へぇ、と思いながら聞いていた。
「シリィの方には、これから縁談の話が次々にやってくると思う」
「なぜでしょうか?」
「まず、シリィがとても美しいでしょう」
私は固まりました。
レオが私を好いてくれているのは疑いようのない事実ではあるのですが、あまりにも色眼鏡が過ぎませんでしょうか。
「殿下、目は大丈夫でしょうか」
「シリィよりも良いと、僕は言い切れるよ」
笑顔で言い返されてしまいましたけれど。
レオが伝えてくれた内容も、エミールお兄様に言われたことと、ほぼ同じ。
血筋、家格、財力、影響力、フェイ・ドラゴン。
超エース級、レーダーチャートを振り切る感じのようです。
とくにこのフェイ・ドラゴン。
私を得るということは、この幸運の竜を得るということ。
あの乱暴な鶏がねぇ……と私はちょっと遠くを見る目になりました。
「はぁ、そうなのですね」
私が興味無さそうに答えると、レオはほら、わかっていないじゃないかという表情をしたけれど。
理解できないというか、理解のベクトルが違うと言いますか……。
私は、所詮モブ令嬢。
シナリオ強制力で全部引っぺがされるかもという危機感が常にあるのです。
それでなければ、ここまで努力も、足掻きもしていない。
「婿に入りたい人もいる」
「何を仰いますの。ノーテル家にはお兄様があんなにたくさんいるのですよ。可愛い弟も」
ユリウスもノーテル家の一族ですからね。
有能な人材をどう生かしていくか……が課題。
「でも、ノーテルを名乗りたい貴族ばかりだよ」
「名乗ったところで、一文にもなりませんわよ」
「財産が使えるでしょう」
「私でさえ、お母様に押さえられていて使えないのに! 使えるわけがありませんわ!」
私は泣きそうな顔で叫んでいた。
でも、お兄様方の婚約者が誰一人決まらないのにも、ここらへんに理由がありそうですね。
本当に、ノーテル家に財産目当てなんて、無理ですわよ。
お父様は、無事に出産が終わったお母様に、私のお金の使い方を報告しました。
お母様は、とても美しく微笑まれたそうです。
そして、私のお金は無事、お母様に差し押さえられました。
何に使うにも、許可制になりました。
お父様は申し訳なく思っているらしく、ちょこちょこお小遣いをくれますけれども。
「シリィを排除したい側と、取り込みたい側で、君に接触があると思う」
「……あ、この間の練習場のときみたいに、でしょうか?」
レオが、申し訳なさそうな、悔しそうな顔をした。
「……シリィ、申し訳ない。あれは君を邪魔と思う、僕を取り込みたい人間の誰かが、仕組んだと、思われる」
曰く、犯人捜しをしようとすると、のらりくらりとその動きが萎んでいくらしい。
学校側も大変なようです。
「本当に、申し訳ないと……」
レオは目を伏せたけれど、学校のセキュリティの問題だし、落ち込む必要性はないはず。
レオを狙う令嬢には既に嫌味を言われてきましたし。
ていうか、悪いことをする人間が悪いのですよ。
「いいですわよ。見つけたら、直接殴ります」
「なぐ……」
いけない。悪い言葉を使いました。
「見つけて、対決します」
私は、にやりと笑った。お父様から体術も習っておりますので。
「あの場にエミールお兄様もいらっしゃいましたし、お父様は大層お怒りのはず。私が喧嘩をしたくらいで、何も言いませんわ。もちろん、お母様も」
弱々しくしていたら、相手をつけあがらせるだけ。
ノーテル家を甘く見た対価は払っていただきます。
そんな攻撃的な考えを練っている私の目の前のレオは、感謝を述べながらも、なんだか悶々としている。
「シリィとの時間を、どうしても取りたい。朝はどうだろうか」
「朝は忙しいので無理ですわね……。それは置いておいて」
大した問題ではないとばかりに流したせいか、笑顔のレオのこめかみにピシィと血管が浮き出た。
「置いておいて?」
「あの、『土魔法クラブ』の開設届、届いておりますでしょうか」
笑顔で怒っているレオに、感情を出せるようになって良かったなぁと思いつつ、気になっていることを尋ねた。
優先順位一位の米問題は無事に解決。
やっと頼まれごとをこなそうという気持ちになっております。
「ああ……、あれね。顧問の先生欄が空白だった。だから、保留になっている」
「それだけですか? レオが止めたりしておりませんよね?」
レオは返事の代わりに、小さく微笑した。
土魔法クラブを立ち上げた、と声を掛けられたときに、レオがやってきたのだ。
あまりにも許可が下りないと、泣きつかれた時に、ピンときました。
「……では、先生には心当たりがありますので、そこをあたります」
「シリィも入るの?」
「土魔法の可能性を探るのに、これ以上ないクラブです」
私は、目をキラキラさせて言った。
おいしいポーションを作った時、とある法則に気づいたのですよね……。
それを、多角的に検証したい。
「レオ、特別クラブ員になってください」
「僕が?」
「レオンハルト王太子殿下」
私は居住まいを正した。レオは、表情を為政者のそれと変える。
「土魔法は、国家の根幹を支える魔法となると、私は信じています」
「……」
「それを、探求するためのクラブです。殿下の視点が欲しいのです」
「どういう視点?」
私は、少しだけ首を傾げた。お願いごとをするときの癖だ。
いきなり踏み込んでしまうのは、ちょっと緊張しますが、ずっと考えていたことでもあります。
「アイゼンマルク辺境伯領では、どう生かされるか」
「……」
レオの目が、すっと細くなった。
レオの父親が治める辺境伯領。
先王は、魔獣からこの国を護る辺境伯領主だ。完全に政治から手を引いていて、王都には顔を出さない。
魔獣が多い不毛な土地であり、レオに食料自給率が低いと聞いて、気になっていた。
「お会いしたことはありませんが、いつか、機会があれば、土魔法でこういう良いのがありますって、お伝えしたいな、と勝手に考えておりまして」
上目遣いになったのは、余計なことを考えるなとか言われたらどうしようと、すこし心配になったからです。
レオは膝に手をついて、はぁっ、と息を吐いた。
「君は、とても高いところを見ているんだね」
「そうでもないですよ」
自分が追放されても生き残ること。
レオが犠牲になる形で、魔獣災害を防がないこと。
まず、この二つ。
そして、たまごかけごはんを、この世界のスタンダードにすること!
みんなで安全でおいしいものを、食べたいのです。
「レオがクラブ員になれば、私たちは会えますから」
レオは降参したように、両手を上げた。
ひらひらと、一枚の紙が生徒会長の机から飛んでくる。
それを掴むと、私に差し出した。
「顧問の先生を決めてきて。そうすれば、開設の許可を出す。……僕も入部届を出すよ。生徒会の会則に、部活をしてはならないとはなかったからね。問題ない」
「決まりですわね!」
私は、レオからクラブ開設届の書類を受け取った。
「ねぇ、シリィ。シリィには、直接的に言わないとわからないと思うから、言っておくね」
「はい」
届出の書類に目を通しながら、生返事をした。
視界の片隅で、レオは足を組みなおした。
「僕がシリィと結婚したいと言っているのは、僕の子どもを産んで欲しいという意味だからね?」
「……え?」
私の思考が止まり、のろのろと顔を上げた。私、十歳ですけれども……。
五歳の時は反射で頬を叩けたのに、十歳の私は固まることしかできません。
レオがネックレスの指輪を指先で弄りながら、微笑んでいる。
これは、かなり、直接的過ぎです。
私の頬が赤くなっていく。
「僕はそれくらいに、シリィが好きだよ」
「……う」
「それとね?」
私が心臓になったみたいに、ばっくんばっくんと鼓動している。
子どもって、え、確かにもうすぐレオは十六歳だから、そういうことに興味があるのかもしれないけれど、私はまだそういうことは、無理!
レオの腕が私に伸びてきて、私は完全に固まってしまった。
なに、何をしようとしているのですか。
レオの指先が触れて、離れる。
「お米の粒……、ずっと口の横についていた」
その指先には白い米粒があった。
けっこう、私、ドヤぁみたいなことを言いましたけれど、ご飯粒を付けていたらしいです。
は、恥ずかしっ……。
レオはそれを何の衒いもなく、口に運ぶ。
「……っ!」
「やっぱり、お米はおいしいね」
「…………っ!」
私は、レオにはやっぱり勝てないようです。




