48. 食べて欲しい……!
本日2回目の更新です。
レオの様子が、気になる。気になりすぎます。
自室に戻り、実家から持ち込んだ、生米の入った麻袋。そして――五年来の相棒、土鍋を持ち出した。
それを見るアレクの微妙な表情はいつも通りですが、荷物運びは嫌な顔一つせず手伝ってくれる。優しいですこと。
アレクが両手いっぱいに米と鍋を抱え、食堂へ運んでいる時でした。
ちょっと変な様子の私を見かねたのか、アレクが少し言いにくそうに口を開いた。
「セシ、ちょっと分かってもらえると嬉しいんだけど」
「……ゴーレム理論ですか?」
「いや、そうじゃなくて」
アレクは少し安堵したように笑った。
私の横にいたロザリアもほっとしたように笑む。
「兄上がセシにだけ優しいの、最近、外野がうるさい」
「外野、ですか?」
「貴族院の一部から、かなり直接的に釘を刺されている。婚約者候補は四人いるのだから、平等に扱えと」
足が、少しだけ止まりました。
「……平等に」
「次期王妃候補として、誰か一人にだけ偏った態度を取るのは、他の家への配慮に欠けるって」
アレクは苦い顔で続けます。
「兄上本人は、自由にさせろと言ってはいるけれど、立場上、無視し続けられる話でもない」
なるほど、と私は納得しました。
さっきのレオの、あの妙に歯切れの悪い物言い。
学園を広報の場に使うなというのは筋が通っていたので、何の問題もありませんでした。
私が、悪気が無いとは言え、いつも通りの脳筋な動きをしたのが悪い。
あれは私への態度というより、彼自身が『平等であれ』という圧力と、私への気持ちの間で、板挟みになっていたということか。
それなら納得です。
道理で、あんな苦しそうな顔をしていたわけです。
「……ありがとうございます、アレク。教えてくれて」
素直に感謝をすると、アレクは照れたようであらぬ方向を見た。
「別に、恩を売りたいわけじゃないよ。ただ、君が誤解したまま突っ走ると、面倒なことになりそうだったから」
「……」
「でも、そこがセシル様の良いところです」
ロザリアが、にこりと会話に加わってくる。
皆様、私のことをよく知ってくれていて有難いです。
感謝しつつも、私の中では、闘志のようなものがふつふつと湧き始めました。
平等、平等と言われても。
ただ、美味しいご飯を、大事な人に食べてほしいだけなのです。
それの何が悪いというのでしょう。
でも、エミールお兄様から忠告をされていました。
『ノーテル家は、武力、知略、王家の血筋、フェイ・ドラゴン、そして、兵站まで自領で賄えるようになる。それは、もう国なんだよ、セシル。――気を付けて』
厨房の扉をくぐると、恰幅の良い、立派な口髭の料理長が、すでに竈のひとつを空けて待っていてくれました。
「おお、エーリヒ様から話は伺っておりますよ。オオヤマトトヨアキツシマ名産の米、ですな」
「はい、これです。よろしくお願いいたします」
「その鍋、随分と使い込まれておりますな。……よろしい、任せてください」
料理長は私の土鍋を一目見るなり、私を食のプロと見なしてくれたらしい。
米の水加減も火加減も、すべて私の言葉に耳を傾け、その通りに迷いのない手つきで支度を始めてくれました。
プロというのは、こういうことですのね。感動です。
米を研ぐ、さらさらとした音。
水を張り、鍋を火にかける、張り詰めた静けさ。
私はその一部始終を、瞬きも惜しんで見守りました。
米作りが、思い出されます。
やがて、ふつふつと小さな泡が立ち始め、白い湯気が蓋の隙間から立ち上ります。
甘く、優しい香り。
幸せそのものが、鍋の中に閉じ込められているような。
「……よし、蒸らしも終わりですな」
料理長が蓋を開けた瞬間。
真っ白な湯気の向こうから、つやつやと輝く米粒が顔を出しました。
一粒一粒が、宝石のように光を弾いています。艶。輝き。立ちのぼる湯気の甘さ。
「……美味しそう」
思わず声が漏れました。
これを見て、感動しない人間がいるでしょうか。
いいえ、いません。断言します。
炊き立て米を初めて見るアレクとロザリアも興味津々です。
「セシル嬢、実に美味そうに炊けましたね」
いつの間にか厨房に顔を出していたエーリヒが、私の隣に立ち、鍋を覗き込みながら微笑みました。
距離が、少し近い気がします。
「あなたの熱意には、驚かされました。……そんなに一生懸命な顔をされると、こちらまで、何やら胸が騒ぐな」
緑の目が、私を見て、すっと細めた。
推しが、私を直視している。
心臓が跳ねかけましたが、『いいえ、駄目です、落ち着きなさい、私』と、三十路の私がストップをかけてきた。
この人は絵になる顔で、誰にでもこういうことをさらりと言うタイプ。
そう、だからその策士っぷりが好きで、ますます推した。
前世のゲームの記憶のお陰で、これが餌だとわかっています。飛びついてはいけません。
「米が美味しく炊けて、私も嬉しいですわ」
私は満面の笑みで、彼の言葉をそっくりそのまま、聞かなかったことにした。
エーリヒが、あら、という顔で片眉を上げましたが、深追いはしてこず、代わりに小さく笑うだけでした。
「――さて、料理長。塩を、少しいただけますでしょうか」
私は袖をまくり、炊きたての米を手に取ります。
熱い。超、熱い。けれど、この熱さこそが正義。
手のひらに塩を薄くまぶし、ふっくらと、けれど潰さないように。三角に、優しく。
何度も握ってきた、前世の経験がものを言います。
懲りないエーリヒが話しかけてきた。
「セシル嬢、それは?」
「塩結び、と言います。オオヤマトトヨアキツシマの、一番シンプルで、一番美味しい食べ方ですわ」
おにぎり屋さんのごとく、私は高速で握り続けました。
アレク、ロザリア、エーリヒ、それとその場にいた料理人たちに振る舞いました。
みんな、おいしい! と顔を輝かせました。
そう、これ! この表情が、何よりのご褒美!
私は最後のお米で、ふたつ、丁寧に握り終えると、それを清潔な布に包みました。
まだほんのり温かい。この温もりが冷める前に、届けなくては。
「では、私はこれで」
「セシル嬢、どちらへ?」
「食べてほしい人が、まだ食べておりませんので」
エーリヒの問いに、私はそれだけ答えて、厨房を飛び出しました。
「セシ! 一人にならないで!」
「セシル様!」
アレクとロザリアの声が背中から聞こえますが、気にしている場合ではありません。
廊下を、走ってはいけないけれど、清楚にかつ令嬢らしい歩きで、でも、早く。
布の中で塩結びが崩れないように、一秒でも早く。
平等に扱えとか、外野の声とか、正直、知ったことではありません。
私はただ、あの人に食べてほしいのです。
生徒会室のある廊下が見えてきました。
まだ、レオはあそこにいるでしょうか。
私は塩結びを抱えたまま、最後の角を、颯爽と曲がりました。




