表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/52

48. 食べて欲しい……!

本日2回目の更新です。

 レオの様子が、気になる。気になりすぎます。


 自室に戻り、実家から持ち込んだ、生米の入った麻袋。そして――五年来の相棒、土鍋を持ち出した。

 それを見るアレクの微妙な表情はいつも通りですが、荷物運びは嫌な顔一つせず手伝ってくれる。優しいですこと。

 アレクが両手いっぱいに米と鍋を抱え、食堂へ運んでいる時でした。

 ちょっと変な様子の私を見かねたのか、アレクが少し言いにくそうに口を開いた。


「セシ、ちょっと分かってもらえると嬉しいんだけど」

「……ゴーレム理論ですか?」

「いや、そうじゃなくて」


 アレクは少し安堵したように笑った。

 私の横にいたロザリアもほっとしたように笑む。


「兄上がセシにだけ優しいの、最近、外野がうるさい」

「外野、ですか?」

「貴族院の一部から、かなり直接的に釘を刺されている。婚約者候補は四人いるのだから、平等に扱えと」


 足が、少しだけ止まりました。


「……平等に」

「次期王妃候補として、誰か一人にだけ偏った態度を取るのは、他の家への配慮に欠けるって」


 アレクは苦い顔で続けます。


「兄上本人は、自由にさせろと言ってはいるけれど、立場上、無視し続けられる話でもない」


 なるほど、と私は納得しました。

 さっきのレオの、あの妙に歯切れの悪い物言い。

 学園を広報の場に使うなというのは筋が通っていたので、何の問題もありませんでした。

 私が、悪気が無いとは言え、いつも通りの脳筋な動きをしたのが悪い。


 あれは私への態度というより、彼自身が『平等であれ』という圧力と、私への気持ちの間で、板挟みになっていたということか。


 それなら納得です。

 道理で、あんな苦しそうな顔をしていたわけです。


「……ありがとうございます、アレク。教えてくれて」


 素直に感謝をすると、アレクは照れたようであらぬ方向を見た。


「別に、恩を売りたいわけじゃないよ。ただ、君が誤解したまま突っ走ると、面倒なことになりそうだったから」

「……」

「でも、そこがセシル様の良いところです」


 ロザリアが、にこりと会話に加わってくる。

 皆様、私のことをよく知ってくれていて有難いです。

 感謝しつつも、私の中では、闘志のようなものがふつふつと湧き始めました。


 平等、平等と言われても。


 ただ、美味しいご飯を、大事な人に食べてほしいだけなのです。

 それの何が悪いというのでしょう。


 でも、エミールお兄様から忠告をされていました。


『ノーテル家は、武力、知略、王家の血筋、フェイ・ドラゴン、そして、兵站まで自領で賄えるようになる。それは、もう国なんだよ、セシル。――気を付けて』


 厨房の扉をくぐると、恰幅の良い、立派な口髭の料理長が、すでに竈のひとつを空けて待っていてくれました。


「おお、エーリヒ様から話は伺っておりますよ。オオヤマトトヨアキツシマ名産の米、ですな」

「はい、これです。よろしくお願いいたします」

「その鍋、随分と使い込まれておりますな。……よろしい、任せてください」


 料理長は私の土鍋を一目見るなり、私を食のプロと見なしてくれたらしい。

 米の水加減も火加減も、すべて私の言葉に耳を傾け、その通りに迷いのない手つきで支度を始めてくれました。

 プロというのは、こういうことですのね。感動です。


 米を研ぐ、さらさらとした音。

 水を張り、鍋を火にかける、張り詰めた静けさ。

 私はその一部始終を、瞬きも惜しんで見守りました。

 米作りが、思い出されます。

 やがて、ふつふつと小さな泡が立ち始め、白い湯気が蓋の隙間から立ち上ります。

 甘く、優しい香り。

 幸せそのものが、鍋の中に閉じ込められているような。


「……よし、蒸らしも終わりですな」


 料理長が蓋を開けた瞬間。

 真っ白な湯気の向こうから、つやつやと輝く米粒が顔を出しました。

 一粒一粒が、宝石のように光を弾いています。艶。輝き。立ちのぼる湯気の甘さ。


「……美味しそう」


 思わず声が漏れました。

 これを見て、感動しない人間がいるでしょうか。

 いいえ、いません。断言します。

 炊き立て米を初めて見るアレクとロザリアも興味津々です。


「セシル嬢、実に美味そうに炊けましたね」


 いつの間にか厨房に顔を出していたエーリヒが、私の隣に立ち、鍋を覗き込みながら微笑みました。

 距離が、少し近い気がします。


「あなたの熱意には、驚かされました。……そんなに一生懸命な顔をされると、こちらまで、何やら胸が騒ぐな」


 緑の目が、私を見て、すっと細めた。


 推しが、私を直視している。


 心臓が跳ねかけましたが、『いいえ、駄目です、落ち着きなさい、私』と、三十路の私がストップをかけてきた。


 この人は絵になる顔で、誰にでもこういうことをさらりと言うタイプ。

 そう、だからその策士っぷりが好きで、ますます推した。

 前世のゲームの記憶のお陰で、これが餌だとわかっています。飛びついてはいけません。


「米が美味しく炊けて、私も嬉しいですわ」


 私は満面の笑みで、彼の言葉をそっくりそのまま、聞かなかったことにした。

 エーリヒが、あら、という顔で片眉を上げましたが、深追いはしてこず、代わりに小さく笑うだけでした。


「――さて、料理長。塩を、少しいただけますでしょうか」


 私は袖をまくり、炊きたての米を手に取ります。

 熱い。超、熱い。けれど、この熱さこそが正義。

 手のひらに塩を薄くまぶし、ふっくらと、けれど潰さないように。三角に、優しく。

 何度も握ってきた、前世の経験がものを言います。

 懲りないエーリヒが話しかけてきた。


「セシル嬢、それは?」

「塩結び、と言います。オオヤマトトヨアキツシマの、一番シンプルで、一番美味しい食べ方ですわ」


 おにぎり屋さんのごとく、私は高速で握り続けました。

 アレク、ロザリア、エーリヒ、それとその場にいた料理人たちに振る舞いました。

 みんな、おいしい! と顔を輝かせました。

 そう、これ! この表情が、何よりのご褒美!


 私は最後のお米で、ふたつ、丁寧に握り終えると、それを清潔な布に包みました。

 まだほんのり温かい。この温もりが冷める前に、届けなくては。


「では、私はこれで」

「セシル嬢、どちらへ?」

「食べてほしい人が、まだ食べておりませんので」


 エーリヒの問いに、私はそれだけ答えて、厨房を飛び出しました。


「セシ! 一人にならないで!」

「セシル様!」


 アレクとロザリアの声が背中から聞こえますが、気にしている場合ではありません。

 廊下を、走ってはいけないけれど、清楚にかつ令嬢らしい歩きで、でも、早く。

 布の中で塩結びが崩れないように、一秒でも早く。


 平等に扱えとか、外野の声とか、正直、知ったことではありません。

 私はただ、あの人に食べてほしいのです。


 生徒会室のある廊下が見えてきました。

 まだ、レオはあそこにいるでしょうか。

 私は塩結びを抱えたまま、最後の角を、颯爽と曲がりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白くって一気に拝読しました! 最後の角を曲がって、どうなります? 続きを楽しみにしてます! イケオジセバスの登場も楽しみにしてますw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ