47. 米を食べてもらいたい
魔法学園内の練習場(あれは闘技場ではないらしい)での襲撃事件は、とても大変な事態になりました。
学園内が緊張に包まれてしまったのは、本当にしょうがないこと。
レオは私が狙われたと断言して、ピリピリしております。
私からすれば、レオがバッドエンドになるのではないかと、吐き気がするくらいに緊張した。
私が狙われたとして、レオが私を庇うとか最悪の展開。
追放がどこからルート展開されるのか、正直、もうわかりません。
そんな私の心労を他所に、周りの状況や理解はまた違った。
王子暗殺未遂。
そんな風に捉えられている。
王太子殿下と、王子殿下がいる会場に長剣がすごい速さで突っ込んできたのですから当然。
誰が狙われた問題より、王族がいる場所に誰かが攻撃をしかけたことが、大問題なのです。
陛下も出てきて難しい話し合いが行われたとか、行われていないとか。
お父様ももちろん参加したとか、しないとか。
とりあえず、お父様が学園に怒鳴り込んでこなかったということだけで、ホッとしております。私が原因でモンペになられては困ります。
あのあと、エミールお兄様とお話する機会がありまして、身辺に気を付けるように注意されました。
でも、私、もともと追放される身なので、シナリオの強制力が働けば、私の努力など消し飛ぶだろうと、どこか諦めてもいる。
エミールお兄様は、私を赤ちゃんの頃からみてきたこともあり、すごく心配をしてくれるので、しおしおと頷きはしました。
そもそも、学園は守護の魔法がかけられているらしく、外部からが無理ならば、内部からということ。
確かに、身を守る必要はあるのは納得。
私がレオの寵愛をもっと得るために、自作自演したのではないかとの噂も流れました。悪役令嬢ルートも用意されているのかと絶望しました。
土魔法を使うには、接していないと無力なのですよね。だから物を遠くから飛ばすことはほぼ無理。
その噂はすぐに沈静化しましたが、きらーん、と私は閃いたのです。
土の中に仕掛けをしておいて、それが動くように魔力を伝えれば、遠隔で飛び道具を飛ばすことはできるのでは……。
どこかのミステリも真っ青な、トンデモ設定ですが、考えるだけで、私の足取りは、とても軽くなります。
アレクを巻き込んで、実験をしなくては。
彼の繊細な魔力操作、付与魔法の正確さは本当に素晴らしいのです。
また面白いことができそうですわ、むふふ。
そんな感じで私はやってきました、生徒会室前。
私は手に持った『広場使用申請』に視線を落とし、息を吸って、吐く。
正直、テストとか、赤点とか、どうでもいいのです。
私が、しなくてはならないこと。
お米を知ってもらう機会を作ること。
広場でお米を振る舞って、お米の素晴らしさを知ってもらうこと。
それにつきますので!
私は生徒会室のドアを見上げた。
生徒会メンバーには、基本的に、将来国の中枢を担う人たちが選ばれる。
生徒会長は知り合いなので、ちょっと楽観的に考えている部分もある。
でもはやり、緊張のせいか、少し喉が詰まっているのも事実で。
私は気持ちを固めて、ドアを叩いた。
「1年A組、セシル・ノーテルです。広場使用の申請を持ってまいりました」
私はあの大問題が起きたテストでA組を勝ち取りエリートクラスに席を置くことになりました。
護らないといけない対象を一カ所に集める理由には、先日の長剣が飛んできた事件があって、納得できました。
「どうぞ」
ややあってドアが開き、緑の髪がきらきらと私の目の前で光った。
三十歳の私が顔を出す。
推しだ、エーリヒだ。
まじで絵師様、天才ですか?
すべての容姿の設定が、性癖ど真ん中過ぎて固まってしまう。
けれど、それを顔に出すと、これは変態決定。
すん、と私は無表情になった。
「失礼します」
私は淑女として完璧な礼をした後に、中に入った。
すれ違う時に、エーリヒからなんとも清潔感のある香りがした。森林のマイナスイオンみたいな。
くぅ、匂いまで良いとか、推しは本当に罪深い。
「シリィ! 迎えに行ったのに!」
私の全集中がエーリヒに向く中、生徒会長の席に座っていたレオが立ち上がった。
私はやっと我に返る。
レオの目が驚きに見開かれ、澄んだ深い蒼の瞳を輝かせた。目の中で金色の花が舞ったような、そんな気がした。
『わかりやすいな』
「……」
最近、とっても変な声が聞こえるのです。幻聴……。
私は心の中で可憐なため息をつく。
きっと慣れない学園生活がストレスなのでしょう。
「セシ、どうしたんだい?」
何やら書類を抱えていたアレクも驚いている。
王族は生徒会でまず学園という場で『統べること』を学ぶ。
それを考えると、レオの次の生徒会長はアレクだ。
偉くなる前に、あの仕掛けの相談をしなくては。
「セシル様! 私に会いに来てくださったのですか?」
ひょい、と部屋の中にもう一つあるドアから顔を覗かせたのは、ロザリアだ。
嬉しそうにぴょんぴょんと私の横に来ると腕を絡ませてきた。
聖女候補ではあるものの、聖女になることがほぼ決定の彼女もまた、人をまとめるということを学ばなければならない。
みなさん、大変ですわね~~。
ていうか、ここ、ゲームの学園ストーリーのど真ん中……。
私、シナリオ強制力で、追放ルートに入ってしまわないように願うばかり。
「セシル、どうしたんだい? まさか一人で来たの?」
エミールお兄様は焦った様子。
レオのご学友だからお兄様が生徒会にいるとは知っていましたが、会うとは思いませんでした。
「はい、広場の使用許可は生徒会でするとうかがったもので、申請書を持ってまいりました」
「広場ですか?」
ロザリアが私の申請書を受け取って目を通すと、少しだけ唇を引き結んだ。それからレオの元へと運ぶ。
あれ? ちょっと雲行きが……。
レオはさっと目を通して、みるみる表情を曇らせる。
あら、あららら?
「……シリィ、これは許可できない」
「……はぁ」
間抜けな返事になったのは、頭の中に既にお米を食べて喜んでいただける皆様のイメージがあったから。
「資金は全て私が……。人員も、学校にできるだけ負担がないように……」
「……これは、新しい特産物を、学校を通して披露する、政治的な活動にとられてしまう」
「そのような、意図は全く」
「意図が無くても、そう捉える者が多ければ、そうなってしまう」
レオは淡々と、義務的な口調で伝えてくれる。
私の意図とは関係なく、そう取る人が多いだろうと、すぐに思い至った。
レオは私をよく知っている。だから策略なんて無いのはわかっているはず。
私は眉間に皺を寄せた。身体に自然に力が入る。
そう、ここは領地でもない。学園なのだ。
私はただでさえ目立つ。 目立ちたくないのに、目立つ。
それに、レオの婚約者候補の一人。
勝手な行動は、レオに迷惑が掛かってしまう。
レオだけじゃない。
アレク、ロザリア、そしてお兄様達。
そして、土魔法使いにも向けられるだろう。
あら、無邪気にしたいことをするターンはもう終わったようです。
私は瞬きも忘れていた。
視線は、床に落ちていた。
ここで強気で推し進めることは、きっと可能だ。あらゆる手を使って、開催させることはできる。それだけの資金力もあれば、家の力もある。
だから、問題なのだ。
私は苦笑した。
「考えが……浅かったですわ」
「方法が無いわけでは無い!」
レオは珍しく、拳を軽く握りしめながら、私の語尾に被せるように、感情的に言った。
「自分の領地の特産物を知ってもらうのは、有意義だ! だから全校から希望を募る。多ければ公平な抽選にすれば……!」
「でも、きっと、私が当選すれば、裏から手を回したと思われますわ」
私が努めて冷静に伝えると、レオが顔を引き攣らせて怯んだ。
そういえば、私がレオとこんな風に話すことは、初めてだ。
「お嬢様……」
ロザリアがおろおろとしている。
学園に入る時に、セシル様と呼ぶように言われているのに、戻っている。
「勢いで、動きすぎましたわ」
私が申し訳なさそうにすると、ロザリアが衝撃を受けた表情をした。
「セシル、後で話そう。我が領地の問題だ。米を食べてもらえる機会は、他でも作れるのだから」
エミールお兄様が、私のそばにきて、背中をそっと撫でてくれた。
いつまでたっても、お兄様にとって私は小さな女の子らしい。
それからレオのそばに寄ると、レオから申請書を受け取って、確認し始めた。
「方法は、ありますよ」
そこで発言したのは、エーリヒだ。
「セシル嬢は、『米』を食べてもらいたいのであって、自国の領地の新しい特産物となりうるものを、広めたいわけではないという理解でよいか?」
「その通りです」
「では、あなたの名前、領地の名前は出さずとも良いと」
「もちろんですわ」
米は、とてもすばらしくおいしいのです。
新米はほんの少しの塩で握れば、それだけでほっぺたが落ちるほどにおいしいのです。
それを知っていただきたいだけです。
政治だとか、本当にもう。
私の目に、少しだけ涙が溜まる。
「殿下、米は、大倭豊秋津島の特産物では?」
「その通りだ」
「なら、食堂でときおり提供される『他国の味』として、オオヤマトトヨアキツシマの食文化を出せばいいのです。……確か、御領に、彼の国の姫君がいらっしゃっているのでしょう?」
「はい」
エーリヒは頷いた。
私は今、推しに助けてもらっている。
「なら、オオヤマトトヨアキツシマの国名を出しても問題ないでしょう。食堂の料理長の元へ今すぐ参りましょう。――米は、ありますか?」
「は、はい! 寮に!」
「では、取りに行って、すぐに参りましょう。料理長からちょうど相談を受けていたのですよ。お菓子以外で何か無いものかと」
「ありがとうございます!」
私の目から、涙が一筋零れた。
溜まっていたやるせなさが、解放された一筋。
「初めて会ったときから思いましたが、あなたは楽しいですね。さぁ、行きましょう!」
エーリヒが私の手首を掴んだ。え、ちょっと、手や指まで長くて美しい。
心はときめいているのに、背筋がぞわりとした。
「失礼ですわ」
そこで入ってきたのは、ロザリアだ。
私の手首を握るエーリヒの手を、持っていたペンで押さえた。
美人が、怒りを湛えて微笑むと怖い。そんな表情をエーリヒに向けている。
聖女候補とはいえ、庶民が貴族に対して無礼だと、裁かれても良い状況。
ロザリアが、私を守るために危険を冒してくれている。
「ご令嬢に触れるのは、失礼ですわ。私も一緒に参ります。殿下、よろしいですか?」
「僕も行こう」
アレクは私の前ではあまり見せない、凛とした表情でそばに来た。
ロザリアを守るように後ろに下がらせ、エーリヒの手首を掴み、私から離させた。
「ロザリアも不敬にあたるから、やめなさい。良いですね、兄上? エミール殿、兄上をお任せしても?」
「御意」
アレク……ロザリアを守ってくれてありがとう。
私が感謝の目で見上げると、複雑そうな大人の表情をした。
アレクの王族っぽいところを初めて見ました……。
成長していて、(自称)姉としては嬉しいです。
『あ、闇に傾く』
幻聴が聞こえた。
私は強く引かれた気がして振り返った。
レオの表情が、為政者の顔で、完全に固まっていた。
感情はおろか、我慢する素振りさえも押し殺して、更に頑丈な蓋をしているような、そんな孤独な表情。
「レ……」
「頼んだよ。大事な婚約者だから」
レオの言葉に、エーリヒが首を傾げた。とても不思議そうに。
「殿下の婚約者候補の一人では?」
ビシッ。
そんな音がして、その音の元をたどる前に、エミールお兄様がにこにこと私たち全員をドアの方に押し出し始めた。
「アレク殿下とロザリアはセシルと寮へ、エーリヒは料理長に先にこの件を伝えてきて」
ビシシシッ。
また音がするときには、部屋から追い出されていた。




