45.補習のためのテスト
「セシル・ノーテルです」
「入りなさい」
呼び出されて行かないのが、一番の悪目立ち。
一緒に部屋に入ろうとするレオを宥めて、私は生徒指導部に入った。
レオは婚約者候補というよりも、保護者のようです。
入った生徒指導室は、驚くほど質素。
装飾の少ない木製の机と椅子。ソファと長机。
壁には古びた肖像画がひとつだけ。
それなのに、漂う空気には不思議な重みと清浄さがあって、とても落ち着く空間。
年月をかけて磨かれた木の艶が、部屋の格を静かに語っているようです。
中央には長机が据えられて、それを挟むように年季の入った革張りのソファが向かい合って置かれていた。
部屋全体が、静かに対話をするための場所、という雰囲気。
話したくなるような安心感と、ピリッとする緊張感と……。
一言でいうなら、苦手な場所です!
長机には学園長が座っていた。
白くて長い眉毛が目元を隠し、口ひげは胸元まで届くほど長く伸びている。
いかにも魔法使い、という風情のフードを目深に被った老齢の先生。入学式で挨拶をされていた方だ。
その横に立っているのは、神経質そうな雰囲気を纏った先生。
なんでしょう、怖い。
悪いことしていないのに、怖い。
オールバックに撫でつけた銀髪に、銀縁の眼鏡。
細身で長身、隙のない佇まいは、なんだかセバスチャンを思い出させます。
「座りなさい」
そう言ったのは、銀縁眼鏡の先生だった。声に余分な抑揚がない。
学園長は白髭を掴んで撫で下げながら、むほほと私の緊張を和らげるように笑った。
でもでも! 申し訳ないくらいに、全然落ち着かない。
私はつま先がやっとつくくらいのソファに座って、微笑みだけを浮かべた。
お母様から令嬢は微笑みが基本と、叩き込まれましたので……!
「ノーテル君に確認したい」
学園長は何か資料をみるわけでもなく、言葉を続けた。
「君は、土魔法でレオンハルト殿下を魔獣から守った。さらに、土壌豊穣の付与、土からの金属生成抽出、フェイ・ドラゴンの卵の孵化、米の栽培研究、ポーションの性能向上研究、土魔法によるゴーレムの生成、そして属性付与による攻撃力増加の提案と研究――いずれも成功している。あとは……」
学園長は、そこで一度言葉を止めた。私の反応をみているようです。
私は、令嬢としての穏やかに微笑む表情管理は崩してはいなかった。
けれど内心は冷や汗をダラダラと流していた。
怖いお母様より、再三、口を酸っぱくして言われていた。
『学園にて、あなたが土魔法で成し遂げたことは、口にしてはいけませんよ』
口を自ら縫い付けるように、唇を引き結びました。頭さえも動かさない覚悟です。
実際、何もまだ成し遂げていません。安定した収入になってこそ、私の野望が果たされるのですから。
そもそもですよ。私、今追放されたら本当に詰む資金しかないです。
フェイ・ドラゴンの殻もお屋敷の一番セキュリティが高い場所に保管されていますし。
「無言は肯定ですねぇ」
ふぉっふぉっふぉっと学園長は笑った。
大人は一枚も二枚も上手だ! 騙された!
つい、令嬢の仮面が剥がれてしまいました。
「いや、いいのですよ。呼び出したのは、君は1組に決定でしたから、このままだと贔屓だと言われて、学園生活が送りにくくなりますからね」
「成績通りのクラスで良いのではありませんか?」
至極まっとうの質問をしたつもりだった。
すると、銀縁の先生が真顔で見下ろしてきた。
「君の警護の問題ですよ。円環の間から遠いクラスでは困るのです」
「申し訳ありません……」
どうやら、怒られたようです。でもテスト、けっこう難しかったですよ?
確かに、フェイ・ドラゴンは幼獣のようだし、いろいろ面倒ですよねぇ。
だから、学園に来たくないって言ったのに。
ぷんすかです。
「来なさい」
銀縁メガネはそういって、胸の前で手を叩いた。
次の瞬間、見渡す限り、荒涼とした大地が広がっていた。
草木の一本も生えていない、赤茶けた土が地平線まで続いている。空気は乾いて、肌がぴりぴりと痛むほどだ。
風が吹くたびに、細かい砂が頬をかすめていく。
遠くには、ひび割れた岩肌の山が、まるで何かに削り取られたかのようにそびえていた。
こんな薄着でいたら、お母様が日焼けすると怒り出しそうな場所。
え、ここに置いていくつもり!?
学園に帰ってくるのがテストとかじゃないですよね!
「戦いなさい」
「え?」
突然土が割れて、そこから出てきたのは、とんでもなく大きな赤と緑の斑蜘蛛。
「……」
ドン引きして、見上げた。
私が虫嫌いなら、詰んでいるやつですよ、これ。
私は鶏舎とポーション畑と田んぼを、領地では時間のある限り回りまくっていましたので、慣れています。
「魔獣ですか?」
目の前に現れた赤と緑の斑の蜘蛛を指さしながら、私は尋ねた。
チリチリチリチリ……と何か音を立てている。
銀縁先生は腕を組んで、頭を横に振った。
「修練用だから、魔獣とはいえない」
「私、何の前情報もなく戦うのですか?」
勝算を上げるために、魔獣の勉強をするはずなのに……。
「1組のためだ、いいからやれ」
わぁ、ちょっとこの先生よくないですよ!
「死にそうになったら助けてやる。ほら、死ぬぞ!」
土蜘蛛が糸をお尻から出して、何やら大きな球を作っている。
私を攻撃するつもり満々。
私、まだ十歳なのに! お母様に言いつけてやる! と先生をキッと見た。
ゴーレムと土壁は超禁止、但し、王城か領地で、監督者がいる限り可能。
攻撃可能な金属なんて作り出したら、お母様にフェイ・ドラゴンの殻を没収されてしまう。
悲しい。
私は改めて見渡した。周りに家はない。完全荒野。
「やりますわよ! やればいいのでしょう!」
私は怒りの雄叫びを上げていた。
足を上げ、地面に打ち付ける。土蜘蛛の足元が音もなく半球状に抉れ、落とし穴に沈むように、その姿が消えていく。
もう一度、地面を踏みつける。
土が崩れ落ちて蓋をするように覆い被さり、私はそこへぐっと魔力で圧をかけた。
土蜘蛛が抵抗するのか、地面がぼこぼこと波打つ。
でも、それも長くは続かない。
やがて、地面は何事もなかったかのように、静かに均された。
「これで良いでしょうか!」
ちょっと喧嘩腰なのは、許してもらいたいです。
「ほぅ……」
「ふぉっふぉっふぉっ」
銀縁嫌味先生と、学園長がそれぞれ声を漏らした。
この五年、お父様にひたすら練習させられたのが、これ。
塹壕の練習。
瞬時に私を害する者の下にその等身ほどの穴を掘って、落として埋める。
相手が毒を持っていても、詠唱していても、落とされるとき全て止まるそうです。
「毒があったら染み出しますわよ! 火炎魔法を使える方に処理をさせていくださいな! 感じたところ、水脈はないようでしたが!」
私も一生懸命に練習しました。
ノーテル家は前線に立ちますので、お兄様達をやはり助けたいという気持ちが強く……。
私が少しでも魔獣を足止めできれば!
そんな中、井戸まで掘れるようになりまして……。
領地の人にすごく喜ばれたのはまた別の話。
私は腰を手に、銀縁先生に向かって意見をしていた。
「先生だからといって、その権力を振るうにも、限度と言うものがありますでしょう!」
「そんなに怒るなよ」
その時、まるで帳が下ろされるように、あたりの風景が一変した。
気づけば、たくさんの生徒や見物人に取り囲まれていた。
円形に観客席が連なる、まるでコロシアムのような場所だった。
割れんばかりの大声援を受けている。
きょとん、としている私に、銀縁先生は言った。
「これでお前に何か言ってくる奴はいないだろう。証明しない限り、土魔法は下に見られるからな。文句を言ってくる奴には、コロシアムに行くかと言え。――いつでもここを貸し出してやるぞ」
え? いじめっ子は生き埋めにしてしまえってことでしょうか?
私はひぃっと震えた。
先生はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「シリィ! 怪我はない!?」
レオが血相を変えてコロシアムの中に入ってきた。
後ろからお兄様がた、アレク、ロザリアの姿も見える。
レオは私の元まで駆け寄ると、両手で私の頬を包んだ。
確かめるように、私の顔をじっと見つめる。
あれ、ちょっと心が緩んで、涙が出そうに……。
「本当に、怪我はない?」
「ありません、本当に」
「……良かった」
その声に、安堵がにじんでいた。
人前だというのに、構わず私を抱きしめてくる。
黄色い歓声があがり、私はレオを突き飛ばしてしまいました。
「指導は終わりだ。また、明日から鍛えてやるぞ」
先生と学園長はしゅんっと消えた。
わ、悪いですわ……!
私に怪我をしているところがないかを懸命に探すロザリアが言うには。
ここはクラス棟と棟の間にある、大型修練場らしく。
ちょっと魔法で空間を歪ませているとかなんとか。
「他生徒に、シリィに手出しさせないためとはいえ、手荒いね」
レオは静かに怒っていたが、どこか諦観もしていた。
そうか、土魔法はやっぱり見下されているのか……。
「君が無事で、本当に良かった」
そう呟いて、私の手を取り、そっと唇を寄せた。
見物していた生徒たちから、悲鳴に近い歓声が上がる。
「レ、レオ! みんなが見ていますわ!」
「うん、君は僕の婚約者だって、知ってもらわないと」
目立ちたくないのに……。
アレクが言うには、あの土蜘蛛は上級生のS級認定を受けた生徒用に作り出されたものなのだとか。
そして……。
私とアレクは、ずっと一緒に王都で勉強をした仲。
赤点なのは、今日のテスト内容から見ておかしいと思ったらしい。
採点ミスでもあったのではないかと、勝手に私のカバンの中からテストの問題用紙を取り出した。
それは後からしっかりと償ってもらうとして……。
「兄上にも確認してもらったが、あれはS級認定を受けた生徒用のテストだ」
「……」
「セシルだけ、難しい問題だった」
なんだか、先生に嵌められたようです。
学園生活、やっぱり前途多難です!
次回、新米パーティのために動き始めます。




