44. 入学式とテスト
学園編のはじまりです。
アレクの新入生代表のスピーチは素晴らしかった。
いじけたあの子が立派になって……と、思わずハンカチで眦を押さえるほど。
それをみたロザリアが「やはりアレクシス殿下がお好きなのですか?」と耳打ちしてきた。
断言しましょう。
違います。
十歳に恋とかわかるわけがありません。
それどころではなく、私は、違うことで焦っている……。
ついに、学園に来てしまった。
つまり、追放! シナリオ開始!
巻き込まれ追放の原因、小さなクラリスも同学年で入学してきました。
私を取り巻きにするつもりかと身構えましたけれど、違うようです。
とっても大人しい。
私をみて、ビクッと身体を震わせて姿を隠すほど。
王都のカフェで、ちょっと喧嘩をして、両陛下にさりげなく告げ口したのは、もう随分と前。
その後のお茶会で投げかけられる嫌味には、この五年、何百倍もの棘を含めてお返しはした。
そのせいでしょうか?
じっ……っと前方席に座っているクラリスをじぃっと見つめていると、背筋をぶるっと震わせる有様。
こ、これは……。
追放ルートは免れた?
私の目はきらめいた。
心の中で、拳を握る。
フェイ・ドラゴンの殻で、財力にものを言わせて米流通を牛耳る。
農協みたいなのを作る。
米と麦で、国庫は豊かに、飢えない国造り!
そっちに転向できるのであれば万々歳。
モブ令嬢として、生死不明の追放回避!
このまま、目立たず米作りをして、レオンハルトを喜ばせて生きていけるのだとすれば、素晴らしい。
レオンハルトの婚約者が決まる年齢まであと一年。
私じゃない、同じ年頃の令嬢が選ばれることでしょう。
……あれ、胸が痛い。
イテテテテテ。
こんな時に使える、胃薬みたいな、気軽に使う用のポーション作りに勤しんでも良いかもしれない。
つい先日、カントリーハウスから、新米も送られてきた。
どうやら私不在で、既に新米パーティは終えたという手紙も付いてきた。
功労者である私の扱いが、ちょっとひどい。
でも、忘れずに新米を送ってきてくれたから良いとしましょう。
そんなことを考えていたら、入学式は終わりました。
とにかく、目立たず! 淑やかに! 学園生活を終える! これらが、目標です。
でも、在学中に追放になってもいいように、自分のお金も貯めないといけない。
忙しいですわぁ!
「ノーテル家のセシル様だわ。一緒のクラスになれると嬉しいわ。お父様から友人になるようにいわれていますの」
「フェイ・ドラゴンの殻の権利者であり、幼獣を託された方ですものね。お聞きになりました? とても美しい輝きで、その殻を対にして作ったブローチは、両陛下にお贈りしたそうです」
「あの御髪の斬新な髪飾り……フェイ・ドラゴンの幼獣らしいですわよ」
「まぁ、間近で見せていただけるかしら……」
「付き添っているのは、平民ながらに聖女候補のロザリア様。あらゆる怪我を治す聖女様。なんて美しいお顔なのでしょう」
「ええ。お二人が揃っていると、目が癒されますわ」
そんな声がヒソヒソと、聞こえてくる。
みなさま、内緒話はもっと小さな声でお願いしますわ。
斬新な飾りは、ただのヒヨコですよ、ヒヨコ。
それに、半強制的に両陛下にフェイ・ドラゴンの殻でブローチを作ったのはお母様。
こういうのが大事なのだと、政治を教えてもらいました。
というか、米ができたから、褒章の土地を寄越してもらわないと(ちょっと怒っている)。
ブローチよりも新米をお贈りしてほしい。手紙を書かないといけません。
そんな中、ロザリアが私に耳打ちした。
「私たち、お似合いのようですわ。皆様がそう仰っています」
「……?」
そんなこと言っていたでしょうか?
私は首を傾げたあと、頭をブンブンと横に振った。
余計なことを考えている暇はありません。
米が収穫できてしまったせいで、やりたいことばかりが頭に浮かびます。
もしかして、中庭パーティ開催の許可をもらえれば、米の旨さを知ってもらえるのではないか……。
我ながら、良い案です!
さっそく、生徒会に催し許可の書類を提出!
王都の市場である冬の祭りでは、ぜひ土鍋で作ったおかゆもふるまいたい。
忙しい……。
私の口角がにやりと上がる。
「いまから新入生テストですね」
ロザリアがにっこりと微笑みかけてきた。
そうでした……。
貴族と平民で分けられているクラスを、実力別でランク付けするためのテストが今からある。
先生方が答え合わせをしている中で、私たちはレクリエーション。
学校生活に関するすべての説明を受ける。
ちなみに、一教科でも赤点になった人は、先生に呼び出されると、お兄様達が怖がらせてきた。
……。
新入生テストだし、そんなに難しいのは出ないでしょう。
真ん中よりすこし下くらいの成績で、目立たずを心がけるのが肝要。
ちょちょいのちょいでお片づけをして、新米パーティ案を生徒会に持っていかなくては!
レクリエーションで教わったのは、学校のこと。
魔法学園の校舎は、空から見ると一輪の花のような形をしている。
中央には円形の本館がそびえていて、図書館や講堂、職員室といった共用施設が集まっている。
その本館の中心に位置するのが、円環の間。
吹き抜けの天井から、柔らかな光が降り注ぐ。
そこには壁に沿って円を描くように、大きな掲示板が並んでいる。
各学年の試験結果。クラス替えの通達。実技評価まで。
円環の間は、生徒が最初に集い、最初に絶望し、最初に歓喜する場所。
生徒たちは毎朝、ここを通らずには校舎にたどり着けない。
その円から、放射状に伸びる七つの平屋の棟。だが、これは学年で別れてはいるものの、円環の間から、成績順でクラスがあった。
本館に最も近い棟は、成績最上位の生徒たちが集うクラス。
外周に向かうほど、成績は下がっていく、容赦のない配置。
花びらのように広がる棟と棟の間には、それぞれ実技施設が配置されていた。
魔法演習場。
薬草園。
鍛錬場。
魔導具工房。
生徒たちは授業のたびに、自分の棟を出て、花びらの隙間を縫うように移動する。
毎日通う校舎そのものが、自分の立ち位置を否応なく突きつけてくる。
空から見れば、まさに一輪の花。
でも、地上を歩く生徒たちにとっては、円環の間からの距離こそが、序列そのもの。
そして私は、テストが貼り出された円環の間で立ち尽くしていた。
アレク、ロザリア、そして私。それぞれの成績を確認しに、上級生も見に来ている。
アレクは総合一位! 素晴らしい、さすが新入生スピーチを任されるだけあります。
ロザリア総合二位! さすが、お母様が私のお目付けに抜擢しただけあります。安定の成績!
「お前って、すごいよな」
アレクは成績表を見上げて笑いを堪えている。
「セシル様は実技がありますから、紙のテストなんて無視で大丈夫ですよ。どんなに理論を学んでも、実践できなければ意味がありませんからね」
本当にそう思っていそうなロザリアが、私に微笑んだ。
ううう、笑ってくれた方が嬉しいです。
今回は五科目テスト。
魔法理論、国語、歴史学、魔術文字学、魔力計算学。
私は一位を取った教科があります。
国語、歴史学。
フェイ・ドラゴンからの勝ち取ったチートのお陰だと思われます。
ただ……。
私が赤点を取った教科がこちら。
魔法理論・魔術文字学・魔力計算学。
貼り出された、先生からの通達。
『以下の生徒は、直ちに生徒指導部まで。
セシル・ノーテル』
たった一人だけの名前。
お母様の怒り狂った表情が目に浮かびます……。
王太子殿下の婚約者候補は、さぞかし優秀なのだろう。そう思って野次馬に来た人たちの視線が痛い。
「これは、いいね。シリィ」
ヒソヒソ言葉を私から遠ざけるように、レオにそっと背後を取られた。
その後ろには、ノーテル家軍団、もといお兄様達。
私に向けられていた言葉がぴたりと止まって、なんだか涙が出そうになりました。
「レオ」
「面白いんじゃないかな。シリィはかなりの魔法や魔力の技術があるけど、センスで行っているのが証明されたね」
レオは馬鹿にするわけでもなく、本当に感心したように貼り出された成績を見ていた。
「実際、理論と計算を、瞬間で魔法に繋げるには、かなりの技術が必要。たいていは組み立てまでの時間がかかるから、その時間をつくってくれるのが騎士。騎士科に進む生徒だね。向き不向きをみているだけだから、気にすることないよ」
「慰めないでくださいまし。つらくなりますわ」
「体得が得意なことを、恥ずかしいと思わないこと。得意不得意をどう生かすかを学ぶのが学園だよ」
や、優しい……!
レオは私の頭を撫でた後、ふと声を低くした。
「それに、魔法理論も計算も、僕が教えればいい。誰かに頼る必要はないよ」
その目が、一瞬だけ真剣な色を帯びた。
他の誰にも教えさせない、というような。
それから、ヒヨコの頭も撫でる。
扱いが同じなようです。
「シリィのものは、僕にとっても大事なものだから」
さらりと言われた一言に、心臓が跳ねた。
ヒヨコにまで嫉妬しそうな勢いで、私だけを見ている。
王太子であるレオの優しい言葉に、まわりの女子生徒だけでなく、男子生徒までも桃色吐息……。
みんないろいろ悩みながら学園にいるのがわかりました。
お兄様達も、慰めるわけでもなく、声を掛けてくれる。
「セシルは実技があるから大丈夫」
と、明るく笑うヨアヒムお兄様。
「セシルは、お父様に似て脳筋だからね」
と、にっこりと笑むエミールお兄様。
「セシルは、鶏舎と卵と米があるから、大丈夫でしょう?」
と、どうして気にしているの? と顔を覗き込んでくる従兄弟のユリウス。
みなさん、私のことをよくわかっていて、涙が出そうです。
それにしても、悪目立ちをしてしまったようです。
成績が悪くて、呼び出されるとか本当につらすぎます。
「シリィ」
レオが、私にしか聞こえない声で囁いた。
「誰にも何も言わせないから、安心して」
先生にまで手を回しそうな勢いに私は「大丈夫です!」と叫んでいた。




