43 ヒヨコを連れて、学園へ!
バチバチバチバチ……。
レオとロザリア、二人の睨み合いの音が聞こえるようです。
「君、次期聖女でしょ? もう神殿に戻ったら?」
「あら、私は伯爵様と奥様に、学園生活でセシル様をお支えするようにお願いされていますの」
「君で支えられるわけないじゃないか。学園がどんなところか、わかっているわけ?」
「リヒャルト様からも、クラリス様からも、教えていただきましたので」
ロザリアが腰に手を置いて顎を仰け反らせると、レオは鼻で笑った。
いやですわ。私の部屋、治安が悪いです。
「所詮、過去の学園生活じゃないか」
「はぁ?」
私はレオンハルトの腕の中で、無になっていました。
二人はまだ仲良く言い争いをしているので、私はするりとレオの腕の中から抜け出すことにしました。
言い争いに夢中になると、いつもこうです。
仲良しだなと思います。
私は棚の上にある、フェイ・ドラゴンの卵に視線を移しました。
まったく孵化しない卵。実は中身はもうすでに……なんて噂もたち始めました。
五年も鎮座したままですからね。
まぁ、殻には資産価値がありますので、無問題。
ただ、と私は卵を撫でた。
もしこれが魔獣災害を防ぐことに関係があれば、フェイ・ドラゴンが生まれて欲しいところです。
レオの安全に関わりますからね。
聖女であるロザリアとも仲良しになってくれたので、本当に最悪は免れる気がしています。
「ね、私、学園に行ってしまいます。長い期間、置いていかなければなりません」
ここ領地のエネルギーが良いので、私が肌身離さずいなくてもいいわけで。
学園になんて持っていけるわけもなく。
「孵るなら、私がいるときにしてくださいな」
ナデナデ、と卵を撫でた時だった。
「……っ」
掌が卵から離れなくなり、猛烈に魔力を吸い上げられ始めた。
頭の中で、あの鶏の形をしたフェイ・ドラゴンの声が聞こえる。
『やっと、お前の魔力量が達した!』
「なんの話ですの!」
ぐんぐんと卵に魔力が吸い取られていく。問答無用、と言う感じ。
フェイ・ドラゴンのお腹に触れた時の何倍も、ぐんぐんと吸い取られていく。
『お前の身体に巡らせることができる魔力量が、達したのだ!』
「シリィ!」
レオがすぐに駆け寄ってきて、卵から手を離そうと腕を引っ張ってくれる。けれど離れない。
『運命の子よ』
頭の中で、フェイ・ドラゴンがレオに向かって話しかけている。
『お前の魔力も頂こう』
「……!」
レオからも私を通じて魔力を吸い上げていくのがわかった。
「レオ、離れて……!」
「嫌だ!」
レオンハルトは私を抱きしめて、むしろ吸い上げられる魔力に耐えている。
「伯爵様を呼んでまいります!」
ロザリアが叫んで部屋から駆け出して行った。
王太子殿下の魔力を吸い上げるって、どういうことよ、卵さん……。
レオンハルトを助けたいのでしょう。
なのに、どうして、魔力を奪っているですか!
魔力は命を守るものですのに!
私は三十歳までに培った、ありったけの悪態を心の中で叫んで、自らドラゴンに魔力を注ぐ。
そもそもですねぇ……、奪われるのは、気に入りません!
けれども、与えるのなら、私の意志です!
お母様とクラリスからの矯正でだいぶ令嬢らしくはなりました。
残念ながら、この根っこの性格は変わらないようです。
とにかく、レオを傷つけるのは、フェイ・ドラゴンでも許しません!
「駄目だ、シリィ、そんなに魔力を使っては……!」
「私の魔力の使い方は、私が決めます。黙っていただけますでしょうか」
切れ気味に言ってしまいました。おまけに、レオの心配そうな目を、私は冷たく一瞥してしまいました。魔力を注ぎまくっているので、余裕などありません。
というか、我ながら可愛くない。考えるまでもなく、他の婚約者候補に愛らしさなら負けます。
でも、気のせいでしょうか。レオがとんでもなく嬉しそうにうっとりと表情を変え……。
「僕のシリィは、本当に可愛い……」
「目は、大丈夫ですか?」
そんなやり取りをした直後、卵がひときわ光り、私の目を刺した。
眩しさに私は目を瞑り、レオが光から私を守るように胸に抱き寄せてくれる。
「大丈夫? 痛くない?」
小さな声だった。誰にも聞こえないくらいの、私だけへの声。
ピキピキ、パリィッン!
そんな音が耳に届いた後、額にツンツンツンツンツンツンツンっと突かれる痛みが走る。
「痛い!」
「ピギィィィ!!!」
「シリィ!」
私の目の前には、黄金色のヒヨコがいた。
片眼がヘーゼルナッツ、もう片眼が深い蒼の、ヒヨコが飛んでいた。
そして、ノーテル家で大会議が始まった。
題して……フェイ・ドラゴンは、ヒヨコなのか?
私の頭の上に、当然のように収まっているヒヨコに、皆の視線が集まる。
フェイ・ドラゴンの幼少期の姿は誰も見たことが無い。
でも卵からは出てきた。レオンハルトが証人だ。
それなら、娘の狂言ではない。
そんな会話をぐるぐると。ちょっと、失礼じゃありません?
レオがいたおかげで、陛下にはすぐに報告ができた。
専用の電話ならぬ魔法回線というものがあるらしいです。
議論が白熱する中、私は手を挙げた。
「あの、殻は、全て私のものになりますでしょうか」
お母様からキッと睨まれる。
皆がこのヒヨコはフェイ・ドラゴンかどうかを議論する中で、そこですか! みたいな目。
だって、とてつもない値が付くものであれば、追放された時の逃亡資金にしたいじゃないですか。
レオにはすでに婚約者候補が私の他に三人もいますし、追放ルートは存在している気がするのです。
「とりあえず、そのヒヨコを……」
お父様が私の頭の上からヒヨコを取ろうと手を伸ばすと、ピカーッとみんなが目を瞑るほどの光が発せられました。
「……これは」
お母様は広げていたセンスを閉じます。
そして、机の上にあった使用人を呼ぶベルを鳴らした。
「学園に、ヒヨコとの登校許可をもらわなければなりませんね。いいですか、セシル。万が一にもそのヒヨコがフェイ・ドラゴンの子だなんて知られてはなりませんよ」
「え?」
どうやら私は、頭にヒヨコを乗せたまま、学園生活を送らなければならなったようです。
――迎えた入学式当日。
「なんて美しいんだ」
「噂にたがわぬ美しさですわ……」
「クラス、一緒だと嬉しいわ」
「髪飾り……斬新だな」
そんな声がチラホラとあちこちから聞こえてきます。
学園の制服に身を包み、横を歩いていたロザリアが、私の顔を覗き込みました。
「セシル様の美しさを皆さんが称えています」
「ロザリアの美しさを、称えているのよ」
だって、私の頭の上にはヒヨコが乗っているので……変人ですよ、変人。
「セシ、なぜ頭にヒヨコを?」
いつの間にか横に並んでいたアレクシスが、私の頭を見下ろしながら言った。
彼も同じ学園生活を送ることになります。
あなた、女性関係を謹んでいただかないと、私が大変なんですからね! と、心の中でアレクに釘をさしました。
そんな彼ですが、成績優秀で血筋の問題ではなく、生徒代表でスピーチをされます。
ルートが外れているといいのですが。
「ヒヨコの件、陛下からお聞き及びではないのかしら」
「……冗談じゃなかったのか」
アレクは物珍しそうにヒヨコをまじまじとみます。
私も冗談であって欲しいです。
なぜ頭にヒヨコを乗せて勉強をしないといけないのか……。
「ご覧になって! アレクシス殿下よ」
「殿下もなんてお美しい……」
ヒーローとヒロインが美しいのは、読み手の癒しですからね!
大事なのはわかりますよ。
「シリィ!」
あちらからレオが歩いてきました。高等部生徒が、初等部校舎へやってくる……。
ちょっとおかしいのに、満面の笑顔が眩しいです。
しかも後ろの美少年を何人も従えています。
もちろん、私のお兄様たちもいますよ!
「会いたかった」
レオが私の手をとると、キャアともギァともいえない声が周りから上がります。
レオは周りの声など聞こえていないように、ただ私だけを見ています。
その目が、怖いくらい真剣で、私はつい視線を逸らしてしまった。
頭の上に、ヒヨコがいる令嬢をそんな目で見るなんて、ちょっとおかしいですよね?
ちなみに私はレオの馬車ではなく、お父様と同じ馬車で結局王都へやってまいりました。
頭の上に、フェイ・ドラゴンを乗せているわけでして……。
ぜったい守ると言い張ったお父様に軍配が上がったというわけです。
「ノーテル家の皆様よ」
女子の桃色吐息が止まりません。
お兄様達はヒヨコの事情を知っているので、「大丈夫か?」と、とても心配してくれています。
「大丈夫ですわ」
「困ったことがあったら、すぐに言うんだよ」
お兄様、何て優しい……。
顔を上げた私の目に、ある男子生徒が目に入りました。
ちょっと離れたところに立っている方。
顔を見て私の視線が固まってしまいました。
緑の髪に、緑の目。銀縁の眼鏡がきらりと光る。
顔が小さくて、手足が長い。
そして、細い。でも、なんというか、細いのに圧がある。
「あなたがセシル・ノーテル嬢。思ったより、小さいですね」
私の視線を受けて、彼は口を開いた。
眼鏡の奥の目が、にっこりと微笑んでいる。
でも、品定めをしているようにも見える。
レオンハルトに相応しい女性なのか、そんなところだろうか。
「大丈夫ですか? セシル様。あの失礼な口に、失敗したポーションにとろみをつけて、塗りまくりましょうか?」
あ、あくどい……。
ロザリアが私を守るために言っているだけで、悪い子ではないのです!
そんな中、私の口が勝手に動きました。
「ブレマー伯爵家、風魔法属性、エーリヒ・グラーフ様」
エーリヒの片眉が上がって、口角が上がる。
代わりに、レオが眉間に皺を寄せた。
「……知り合い?」
「いえ……」
皆の視線が集まる中、レオがすっと私の前に立った。
誰にも気づかれないくらい、さりげなく。
でも、確実に、私とエーリヒの間に入っていた。
やばい。
やばいです。
私は内心、冷や汗をダラダラとかいていました。
パッケージを見て一目惚れ。
このキャラがいたから、このゲームをしたのです。
キャラから入るって、あるじゃないですか。
エーリヒ・グラーフ。
まさかの推しキャラが、私の目の前に現れました。
私は頭の上のヒヨコに触れました。
ごろごろと指に体を擦り付けてきます。
これは、間違いなく……。
学園生活、前途多難の予感です!
やっと王都編が終わりました~。お付き合いありがとうございました。
次は学園編です!




