41 涙
それから、私たちはお母様がいるポーション畑に移動した。
お母様はゆったりと、ポーション畑のそばに置かれたソファに座られていた。
お父様はそっと私を下ろしてくれた。
相変わらずお母様は高貴で美しく、お腹は少しだけ膨らんでいた。
だが、その口からはずっと私への小言が溢れだしてくる。
私はその場に立ったまま動けないでした。
「セシル、よろしいですか。聖女候補をお救いしたことは、ノーテル家の娘として誇らしい行動です。ですが――護衛を止めて一人で立ちはだかるなど、言語道断。あなたが倒れては、誰も守れません。いいですか、まず自分を守ること。それが、誰かを守る第一歩なのです。わかりましたか。わ、か、り、ま、し、た、か!」
「はいぃぃぃ」
「それと、あの時の土壁ですが」
「……」
昔の話が出てきました。
横にいるロザリアはポカーンとしておりますが、おかまいなしに、お母様は止まりません。
「私、計算してみました。あなたが使った魔力量は、成人した大人が全力で放った場合の、十倍以上です。五歳が、です。倒れて当然なのです。……しっかり、お父様に鍛えていただきなさい」
「……卵」
「卵は逃げません!」
「ひぃっ」
くわっ、と大声を出されて、私はその風圧に倒れそうになった。
お母様は、ロザリアの方を向いて笑んだ。
「ロザリアといいましたね」
「は、はひ」
ロザリアは呂律も回らないくらいに固まっています。
そうだった、お母様は元王女様。知っていたら緊張しますよね。
「うちの娘はこうですから、あなたはしっかりと手綱を握りなさい。この子がしっかり約束を守った時だけ、この子の協力をしなさいな。それ以外は私が禁止します」
「お、お母様!」
ご無体な! と言う目ですがったが、けんもほろろに無視された。
お父様はにこにこしている。
俺のマルグリットはさすがだと言いたげだ。
「クラリス!」
私を守れなかった点でひどく、ひどく落ち込んだままのクラリスの名を母は呼んだ。
ヴァルシュタイン家の本家が出ていくリスクを考えたのは、家族を思ってのことで。そもそも私は誰も出てくるなと止めていたわけでして……。
もちろんお父様は事情もわかっているけれど、結果、娘の危機を傍観したという事実になり……。それは許せないわけで。
感情って……時に、面倒ですね。
お母様は扇子を閉じて、手のひらに軽く打ち付けた。
表情は厳しいが、目は優しい。
「あなた以外、この子をどう教育するのですか。娘は、社交界の主でなければなりません。勉強や体術、魔法も含めた完璧な教育を誰ができますか。ヴァルシュタイン家の名に恥じないように、挽回なさい!」
「……か、かしこまりました」
クラリスが、ぼろぼろと涙を流していた。
ク、クラリスが泣いている……。ショックで固まってしまった。
その涙を見て、私は自分が何をしたかをやっと、理解した。
私の行動が、誰かを救って、誰かを傷つけた。
きっと、これからもそうことが起こる。
胸が痛んだ。
いつの間にかいたリヒャルトお兄様が、クラリスの手を引いて屋敷の中へと入っていった。
私と一緒にお屋敷に戻りたくないくらい、苦しんでいたのでしょうか。
それならば、私はなんてことをしてしまったのでしょう。
とぼとぼと部屋への帰り道、ロザリアは言った。
「……素敵な家族ですね」
私は横を歩くロザリアを見た。本当に癒されるくらい、可愛い女子。
美人を見ていると、どうして気持ちが整っていくのでしょうか。
「私からすれば、あなたも私の家族ですわよ。私のことは姉だと思って、何でも頼ってくださいね。あなたは命の恩人なのですから」
そう言うと、ロザリアは目を潤ませた。
「ちなみにクラリスは私のお姉様です。一緒にいろいろ習いましょう。……お姉さまを、悲しませてはいけないわね」
私が闇に漂うレオンハルトをみて、心が引き裂かれたように……。
私が怪我をしたことで、レオンハルトも傷ついたのかもしれない。
彼は、どんな気持ちで近づいてくる運命を見つめているのだろう。
私が傷つかないで、自分を傷つける道を選ぶのだろうか。
「レオ……」
その名にぴくりと反応したロザリアは、力なく笑った。
「王太子殿下は……お怒りの様子でした。あの祭女の皆様は……殿下が自ら手を下されましたから」
「え」
初めて聞く事実に、私は目を瞬かせた。
ロザリアは知らなかったのかと反対に驚いている。
私は渋る彼女の肩をブンブン振って先を促した。
「で、殿下が手を下されたからこそ、王家も、神殿も、ノーテル家も、剣を収めることになったのです。殿下のお立場は……ともて微妙で最重要な位置にありますから……。――私は、一部始終を見ておけと言われました」
ロザリアは、きゅっと唇を引き結ぶ。
「次期聖女と言われる私が意志を持たなければどうなるかを見ておけと」
それからロザリアは黙った。私は足を止めていた。
十歳の子が、同じ年くらいの子を……?
私は衝撃で言葉を失っていた。
間違いない。
――レオは、自分を傷つける道を選んでいる。
それも、私のために。
私の目から、涙が零れていた。




