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カントリーハウスの城門をくぐるなり、私のモードは完全に切り替わりました。
鼻腔をくすぐる、土と草の匂い。鶏の匂いを探す、私の鼻。
脳裏に浮かぶ、鶏の形をしたフェイ・ドラゴン。
私はお父様の膝の上から、可愛い娘としてお父様を見上げた。
「……まず、鶏舎に寄ってはいけませんか」
「お母様に挨拶が、先だろう」
ごもっともすぎて、ぐぅの根も出ません。
馬車がエントランスへと続く砂利道をゆっくりと進む。
私はもう鶏舎のことしか頭になくなっていく。
卵! 卵! 新鮮な卵! 早く食べたい!
エントランスの前に馬車が着き、ドアが開く。駆け出ようとする私のドレスの襟を父様が掴んだ。
ぐん、と後ろに引っ張られて、お父様の腕の中に収まる。
え? 首根っこ? 掴まれ……?
「娘が、息子たちよりも、手が掛かるぞ……」
「ひぃっ」
お父様からの扱いに大きな変化が!
しかも、表情がほぼ無。達観を通り越している!
お父様の剛腕に座る形の抱っこで馬車を降りると、使用人全てがずらっと並んで待っていた。圧巻の眺め。
主(お父さま)のご帰還ですからね!
執事からお母様はポーション畑にいると伝えられる。
お父様がボソボソと「さすがマルグリット。それがいい。この娘は一秒もエントランスにいられないだろうから」とか話している。
失礼な! と、まず鶏舎に向かおうとしていた私は思った。
執事がそっと横に退くことで目に入った、肩までに整えたサラサラの黒髪の少女。
不思議な桃色の瞳の色、そして、非常に美しい顔立ち。世界の男性を虜にしそうな、この感じ。
聖女候補の方ではありませんか。
前の馬車で出発していたのですね。
可哀そうなくらい、カチコチに緊張している。右手と右足を同時に出しそうなくらいの、カチコチ。
「ご主人様の前の馬車で着きました」
「ああ」
お父様は非常に冷たい目で五歳くらいの彼女を見ている。わかるくらいに震えている。
私が聖女候補のそばに駆け寄りたくても、鶏舎ダッシュを防ぐかの如く、お父様の私を抱く腕はピクリとも動きません。
日頃の行いとはこのことですね……。
「娘が世話になったな。客人としてもてなす。不自由があればメイドに言いなさい」
「は、はい」
蚊の鳴くような声が、震えている。
この娘がしっかりと聖女候補としての矜持を持っていれば、そもそもうちの娘が仲裁に入る必要もなかったとか、お父様は貴族マインドで考えていそうです。
「ねぇ、あなた」
私が聖女候補に声を掛けると、彼女は桃色の目を私に向けた。かわいすぎて、生唾を呑み込んだ。
「名前は?」
「ロ、ロザリアです」
「ロザリア、良い名前ね」
ロザリアはぽっと頬を赤らめて私を見ている。
「怪我を直してくれてありがとう」
「いえ、そんな、助けてくれたから……」
ノーテル家の人間として、困っている人を助けるのは当然なので、そんなことは気にしなくても大丈夫なのです。
「ロザリア、あなたは私と行動を共にしてもらいます。貴族としてのマナーも覚えてください」
「……まず、自分自身だろう」
お父様が私にしか聞こえない声で言った。
否定できないので、少し黙った後、コホン、と咳払いをした。
ロザリアは落ち着かないと言った様子で、目はきょろきょろ、手指をもじもじ弄っている。
「私のようなものが、そんな、お嬢様と……」
「あのね」
私はロザリアの言葉を遮った。
人の言葉は最後まで聞きなさいと、どこかで習った。
このシチュエーションでの正解は『駆け寄って、手を握って、共感と傾聴』。
わかっているのですけれど。
お父様の腕が、剛腕過ぎて抜け出せないのです!
「あのね、あなたはとても実力がありますのよ」
ほら、と私は傷ひとつない両腕をまくって見せた。
ほらほら! と振り回すと、お父様から手首を掴まれた。「……むやみに肌を見せるな」と耳元で小言をいただく。
「まぁ、というわけなのですが。この家は実力主義ですので、あなたはただ能力を発揮すればいいだけですわ」
「……わたし、人を癒してはいけないと、神殿から強く言われておりまして」
ロザリアはうるうると目を潤ませ、宝石みたいな涙が零れ落ちそうに。
なんか、私が悪者なのかと思うくらい、ロザリアは儚い。
私、モブから悪女とかいう追放者本人決定ルートとか嫌ですけれども……。
執事がとても同情している顔をして、ちらりと私を見た。まるで私がいじめているみたいな目をやめていただけませんか……。
お父様はと見てみれば、ロザリアを見るのは冷たい目のまま。
それに勇気を貰って、私は口を開いた。
「人を、癒さなければいいのでしょう」
想定内。『癒し』は神殿の専売特許。寄付金稼ぎのための、商品でしょうし。
土でも花でも薬草でも、何でも癒していただくつもりですので!
とにかく、自分の魔力を感じて流すことは、何だって修業ですわ! と拳を付き上げそうになったその時、ロザリアは私を信望する目で見上げた。
「お嬢様の土魔法こそ、本当の癒しだと思います」
え? 何の話? と出鼻を挫かれていると、ロザリアはうっとりと続けた。
「私が癒しの力を流し込むと、押し出されるようにお嬢様から土の魔力が流れてきました。大地がそこにあるような感覚。米や麦の穂が金色の波のように揺れる広大な土地。清らかな水が走る用水路。人々の穏やかな暮らし。まるで、神が見せた奇跡のような」
「……」
フェイ・ドラゴンに会ったときのアレか。情報を共有したか……と私は思った。
確かに、あれが私の理想。
一緒に、闇に漂うレオの姿が浮かんで、胸を軋ませた。
「……あれが癒しだと思うなら、一緒にああいう世界をつくりましょう」
「え……」
「ね?」
私は笑んだ。
レオが、笑顔で過ごせる世界が、私の正解なのです。
そのためなら、聖女にでも悪女にでもなれる。
そんな気がするのです。
理由は、わかりませんけれども。
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