39 領地へ!
王都編が続きます…
私の腕を、神殿の祭女が魔法で焼いたことは、大問題になっていた。
神殿は、ノーテル家を敵に回したことで大騒ぎ。
私が思っている以上に、お父様は強いらしい。ノーテル家は王都の神殿への寄付を打ち切ることを宣言しました。
他からの寄付金も減少するかもしれません。聖女候補が奇跡を大衆の前で見せたことで、祭女は『聖女』を虐げているらしいとの噂を止められなくなったようで……。どの世界でも、口コミは怖いですね。
陛下は婚約者候補の件とは別に、神殿には行かなかったものの、お怒りを表明するお手紙を書いたらしい。
フェイ・ドラゴンの卵にどのような影響があるかわからないのだから、激オコでございます。
おまけに、王太子殿下が直々に希望した婚約者候補である私を害したことは、王家に弱みを握られたことになる。
神殿、八方ふさがり。
それもあって、あの聖女候補をノーテル家で保護する流れに逆らえなかったようです。
でも、みんな、覚えている。
私が、自ら、いじめの仲裁に入ったことを。
それを一番怒っている人が、今、目の前に座っています。
お父様自らが私の護衛となると宣言し、王都滞在の期間、きっちりと私のそばから離れなかった。
ガタガタと揺れる馬車の中、身体の大きなお父様と二人きり。
今回、聖女候補も一緒に帰っている。けれど、違う馬車だし、私は顔も合わせていない。
お父様があの時のことを思い出してセシルが混乱したらどうする! と一喝した。
お気遣いありがとう。けれど、娘は元気です。
真向かいに座っているお父様は、王都を出発してから、一言も発していない。
お父様の、圧が、すごい。酸素が薄いというか、肩に大岩が圧し掛かるというか、何か寒気がするというか。お母様や私の前では激甘お父様だけれど、他の人の前ではぜんぜん違うのだと、今猛烈に実感している。
向かいに座っているお父様は、腕を組んで、じっと何かを考えているようだった。
お父様は私の腕が焼かれた件で、王家にも怒っていた。娘はまだノーテル家の人間なわけで、政治が理由で護衛が動けなかったなど、もってのほかだと。
……ごもっともだ。
陛下にとって私は姪にあたるわけで。
私が止めたのですよ、とは言ったけれど、聞く耳なし。
フリードリヒお兄様は別れ際に神妙な顔でポツリと言った。
『血縁を犠牲にするのは、お父様が最も憎むことだ』
何があったのかは、あの恋愛シミュレーションゲームだけではわかるわけなく。
でも、魔獣災害となんか関係があるのだろうなぁと思っているわけです。
「セシル・ノーテル」
「はい!」
低くて威厳しかない声色に、私は背筋をピンと伸ばした。
お父様の厳しくて鋭い目が私を射抜くように見つめている。
嘘は許さない、そんな迫力。
「土魔法でゴーレムを作ったのは……相違ないな」
「はい」
私はまっすぐお父様を見たまま、返事をした。
護衛をすると言って私から離れなかったお父様はそれを見ていましたよね。
「土から金属を取り出して、指輪を作ったのは?」
「作ったというか、できました」
私は同じく真っすぐに答える。
殿下が大事そうに首から下げている指輪を、お父様は燃やさんばかりに睨んでいたではないですか。
「……魔力量を測定した時、記号が出たんだな」
「はい」
なんか……出ましたね、記号。そのせいで護衛が三人も付くことになりましたよ。クラリスだけでよいのに。
「そうか」
お父様は、はぁ、と深く重いため息を吐いた。
私が掛けていたポシェットから出した、最近王都で有名だという黄金色の飴を差し上げる。
お父様はそういうことじゃないという目をしながらも、口に入れた。
ガリガリと噛んであっという間に食べてしまったお父様は、腕を組んだまま私を見た。
私は、もう少し味わってほしかったという目で見返す。
「苛立ちや悲しみから、攻撃的になったりはしていないか。そんな精神変化を含む体調変化は」
どっかでも聞かれたなと思いつつ、首を傾げた。
苛立ちで、あの小さなクラリスを撃退したり、あの三人祭女からの喧嘩を買ったりしましたね。
でも、とても言えません。
「えっとぉ……。殿下から言われて、毎朝毎晩、魔力を自分に流しているので……。体調変化はあまりないでしょうか。あ、ゴーレムでプロレスというか相撲をしているので、あれは結構魔力を使います」
「……だろうな」
「アレクは付与が上手ですので、ゴーレムの白熱の戦いが観戦できますね。戦術も学べますね!」
「そうか」
あの遊びを通して、アレクは繊細な魔力を使う……いわゆる魔方陣が得意だと知りました。
ゴーレムにそれぞれ、水と火の魔力を付与してみたり。
あまりにも感動して、それはもっと省エネ的な魔方陣も組み込んでくださいなとおねだりしたら(そうしたらもっと長い時間ゴーレムで遊べる)、アレクシスが熱心に魔法の勉強を始めましたね。
それから、彼も目の色が変わりました。 がんばれ! 主役!
お父様は目を固く瞑った後、重い口を開いた。
「私は、お前を鍛えないといけないようだ」
「……鶏舎管理権の方が良いのですが」
私たちは見つめ合った。
私は米の作り方の本を読みながら、まだご褒美の土地が貰えていないので(ちょっと怒っている)、屋敷内の土地で、米がつくりたいのですよ。
できれば! 大倭豊秋津島国の欲しているものリサーチして、釣って、技術者を呼びたいくらい。
きっと、私の目はキラキラしていた。
根負けしたのはお父様だ。
腕を組んだまま、厳しい表情を緩めて、馬車の天井を見上げた。
「……土魔法は他の属性に比べて魔力を喰う。そのせいで、戦場では役に立ちにくい魔法だ。魔獣災害があるこの国では、どうしても下に見られがち。その中でお前は土魔法に土壌改良の余地があることを示した。これは、魔法学を変える発見なんだ」
「え、何かもらえます? ご褒美。研究のための土地とか」
「……」
もらえるものは、何でも欲しい!
無欲なヒロインが好まれる世界線かもしれませんが、何かを成し遂げるのに必要なものに、お金というものがありまして!
お父様がはぁ、とため息をついた。
「……我が領地が、その研究の土地となっているよ。それに、お前は王都内という環境下であるリュシエール子爵家の土地で既に始めているではないか」
「まぁ! 報告は届き始めましたか」
「……」
結果によっては、試してもらいたいこともありますし。
ニンマリと笑むと、お父様は首を逸らす勢いで馬車の天井を見上げた。
ただ、土魔法が魔獣災害に役に立たないと決めつけられているのは、ちょっとお待ちになって。
私は右手を上げた。
「お父様、土魔法が戦場で役に立たないことは無いですわ」
お父様は顔の位置を戻した。さすがに頬を引き攣らせていた。戦場のことを口出しされるとは思わなかったのでしょう。
「気づいたんですけれど、私、土で壁も作れるのですが、穴も掘れるのです。時間はそれほどかからずに」
「……」
「大量の魔獣をその中に落とせれば、そこで倒せれば……」
今みたいに、力と数で押し切っていくには、成長が遅い人間の方が不利です。
前線に立つお父様達には、できるだけ安全な場所にいて欲しい。
「そして土をかぶせて、土の力を魔法で活性化させれば。魔獣で穢れた場所も、正常化できるかもしれません」
「……っ!」
お父様は腰を浮かせた。目がぎらぎらと、瞬きもせずに私を見ている。
魔獣が多い土地は、痩せていく。彼らの瘴気が原因だとされているけれど、ちゃんとした結論は出ていない。
土が汚れると、川も汚れる。川が汚れると、人や家畜は病むのだ。
「まだ実験をしていないのですが、水魔法の方にご協力いただければ、ぬかるみを作ることも可能かなと」
水田について考えるとき、思いつきました。
「土と、石って、魔力の通りが違うのです。その魔力の通りが悪いところの下の土を盛り上げれば、石が出てきます。風魔法で即席の投石になりませんか。なんだったら熱くして投げられませんか」
「……」
畑を耕す際には、石を取り除く作業が絶対に必要ですので。そこを省力できれば、お米が近づくではありませんか。
わたし、本気でTKGしてるんです!
お父様は、浮かした腰を、また席にどすんと戻した。
そんなお父様に、私はこっそりと畳みかけた。
「私、ポーション畑の土壌はしっかり管理していますの。それで元気な薬草が、戻ったら確認できると思っています。土の魔法を送りすぎると、土は働かなくなるのですわ。だから、私、できることはしたのです。でも、違う魔法ならどうでしょうか」
「何を言っているのだ」
私はにやりと笑った。
「聖女の魔法、研究したいのですわ。人を癒すというのは何がそうさせるのでしょうか。私は土を活性させます。聖女は土を、癒すことはできるのか。もし癒せたら……」
「……」
お父様はごくりと生唾を呑んだ。
「私たちのポーションの付加価値が高まり、いろいろな交渉に使えるかと思いませんか」
「……まさか、聖女候補にポーション畑を癒させようとしているのか」
私はにっこりと笑んだ。
「内緒でお願いします。……家での一番の権力をお持ちのお父様には、ご理解を頂かないと」
「……」
私は平和な世界で、TKGを味わいたい。この食文化を広げたい。
誰一人、家族を失うわけにはいかない。
レオンハルトを、犠牲にするつもりもない。
みんなで、幸せにならないといけない。
じゃないと、私が追放された時、治安自体が安定していないと、若い乙女なんて危険しかない世界線じゃないですかぁ。
私が強い目でお父様を見ると、みるみる悲しそうな顔になった。
「お前が普通の五歳でないのはわかった。……だが、可愛い娘でもいて欲しいのだ」
「私、お父様が大好きですの!」
私はがっとお父様に抱き着いた。
「その癒された畑で採れた薬草の出がらしは、鶏のエサに混ぜますので! 無駄はありませんわ!」
私が首もとで話すと、少ししてお父様がしくしく泣いていた。
……喜んでいらっしゃるのであれば、私も嬉しいです!




