37 冷や汗
生臭いポーションと一緒に思い出す、レオンハルトの見たことのない魔法。
右手には「光」。
左手には「闇」。
一匹の魔獣を光で霧散させ、もう一匹を闇で四散させて消し去ったあれ。
読めなかった文字がスラスラ読める現実。
そして、見せられた闇に漂うレオンハルト。
「大丈夫? ……真っ青じゃないか。医者を――」
黙ってしまった私の顔色は、どうやらよろしくないらしいです。
私は迷いなく誰かを呼ぼうとするレオンハルトを止めた。
「大丈夫ですわ」
何でしょうか、吐き気がします。動悸が止まりません。
フェイ・ドラゴンに前払いで報酬を貰ったことに気づいた、緊張でしょうか。
レオンハルトを救わなければ、未払いでいれば、どんなペナルティがあるのか……。
あの圧しかない鶏、怖いですわぁー。
茶化そうと思ったけれど、やはり胃の当たりが変な感じのままです。
「えっと……。生臭いポーションのことを思い出していました」
「嫌がると思ったから用意していないけれど、必要?」
「断じて、必要ありません」
ほらほら! と私は何の傷跡もない腕をレオンハルトに見せた。
腕とはいえ、肌をむやみに晒さないこと、と笑顔で叱られたので理不尽だ。
というかあのポーション、飲んだら気絶する自信があります。
おいしいポーション栽培もしなくてはいけないのに……胸がどきどきとかしている暇などありません。
私は改めて腕を見た。
聖女候補とはいえ、本当に傷跡も残さず直すなんてすごい。
ありがたいことに、米作りも鶏舎世話もポーション栽培も今まで通りできます。
「でも、顔色が悪いままだ。まだ安静にしていて」
レオンハルトが心配してくれます。優しいのは……嬉しくなんて……ありませんけれど。
その整った顔が近くまで寄ってきて、私は頬を赤らめてしまった。不覚ですわ……。
彼は、私の手から本を取ると、本棚に片づけた。
私はそんな彼の横顔をじっと見つめた。
光と闇だか厨二満載の魔法。あの特殊さが何なのかは知らないですが……。
一人の犠牲の上にゲームの学園ワチャワチャ設定とか、受け入れがたい。
知ってしまったら、楽しく遊べませんわぁ!
「ま……」
「ま?」
想いが高まったせいで、口が勝手に動きます。
縫い付けないと、いつか禍を運んできそうです。
「魔獣災害って、いつ起こるのですか」
「いきなり?」
前後の会話が繋がらないせいか、レオンハルトは眉根を寄せた。
それから真面目な顔をして、感情をどこかに置いてきたように、口を開く。
「……三~五年後の予定だよ。魔獣災害が起こる期間が、少しずつ短くなってきているから。前回が三十年前でも、今回は……そういう見立て」
「なるほど……」
わずか十歳の子どもに、この国の災害を委ねようとしているのですね。
それが事実なら、何でしょう、お行儀の悪い言葉が浮かんできます。
レオンハルトが重い空気を払うように笑顔を、私に向けた。
明らかに、気遣ってくれている。
「どうしたの? 結婚してくれるの?」
「……」
どう答えるべきなのか。私は口を噤んで、じっとレオンハルトを見てしまった。
お兄様達は、全員戦場へ向かうだろう。
お父様は妾を作らず、お母様は子どもを産む。
なんだかとても、彼らは来るべき未来の備えをしているようにしか見えなくなってきます。
私がレオンハルトと結婚したところで、世継ぎは望めない年齢。
それとも、生き残って私との子を……。
いや、五歳の考えることではありません!
「私は……」
「失礼します! セシル!」
ドタドタと礼儀がおかしい乱入者が部屋に入ってきた。
その人物をみて納得する。
随分と早い到着だが、あまり考えないようする。
「お父様!」
燃えるような赤い短髪に、金色と碧のオッドアイ。
逞しい体格を旅路用の服に包み、鋭い目つきをさらに鋭くさせている。
「怪我は!」
「聖女候補が治療済です」
答えたのはレオンハルトだ。
「あ、ああ、そうか。聖女候補が……」
お父様は私の身体をぺたぺた触り痛がるところがないのを確認すると、頬をごつごつした手で包んでくれた。
「あぁ、セシルは本当にお転婆だ……。父は命がいくつあっても足りないぞ。なぜに末娘が一番危なっかしいのだ」
じっと私を見つめる目が、安堵からお怒りの様子に移っていくのが見えます。
やばいですわぁ。
ちらりと助け船を求めてレオンハルトを見れば、叱られたほうがいいとばかりに黙っています。
なんということでしょう。
自分の身は自分で助けるしかありません。
「お父様! 神殿はひどいです! 白昼で聖女候補を突き飛ばし、いじめるのですよ。しかも祭女が、助けに入った私の腕を燃やしたのです。ノーテル家のものとして、弱い者いじめを見過ごすことができませんでした」
先手必勝とはこのこと。
「怖かった! 腕を燃やされて、怖かったーーーーーーー!!!」
「ああ! セシル!!!」
がばっとお父様が私を抱きしめてきた。逞しい腕に包まれて、あたりがまるで何も見えなくなる。
よし、ここから養子縁組の話に……。
「あの、神殿め……」
あれ、ちょっと違う方向に……。
地の底が怒ればこんな声を出すのかもしれない。
そんな恐ろしい声色でお父様が何か仰っています。
「平和になれば幅を利かせ、戦時になれば雲隠れする、あの卑怯者どもが」
元々思うところがあったようですね……。根が深そうです。
「我らを敵に回すとは、いい度胸だ! 殿下! ノーテル家は神殿に宣戦布告します!」
あれ、あれれ。思ったより大変なことに……。
私はバタバタと手足をばたつかせながら、レオンハルトが助け舟を出すことを願った。
「ええ。止めることはできません。神殿は、今回はやりすぎました」
「レオ!」
「シリィ、僕もね、とても怒っているんだ」
お父様とは違う、とても冷ややかな怒りの声。
目立たなく生きなくてはいけないのに、なぜか私は嵐を呼んでしまうようです。
ちゃんと着地点は頭にあるのに、終わらない王都編です。
膨らんでいます……。




