35 私の前世
最初は、彼女の指先ほどの小さな光だった。
それが、ゆっくりと広がっていく。
触れているのに、熱くない。むしろ、やわらかい。
ずきずきと脈打っていた痛みが、潮が引くように、遠くなっていく。
光の中に、小さなきらめきがたくさん浮かんでいた。
まるで、光を閉じ込めたみたいだ。
ああ、これが、聖女の魔力なんだ。
私はその心地よさに夢中になった。
ピクニックをする、春の日だまりの心地よさ、みたいな。
それが体中を幾重にも巡る。
瞼を閉じると、自然に涙が出てきた。
なんと美しくて、穏やかな世界なのだろう。
追放されないように、と頑張ってきたのが、嘘みたいに心が安定する。
私はこの魔力に、土の魔力を一緒に巡らせたくなった。
目を閉じたまま、自分を巡る聖なる魔力に土の魔力に乗せて、彼女に届ける。
土魔法なんていらないって、思われるかしら。
けれど、自分と同じイメージを、共有したくなった。
美しい小高い丘の上、大きな木の元で、ピクニックをする光景を。
土は柔らかく、草木や花がたくさん群生している。
小鳥や動物も遊びに来て、私たちにはあたたかな太陽が注いでいるのだ。
そして、食べて欲しい。
ピクニックでおにぎりを。塩、梅、高菜、しなしな海苔おにぎりも、ぱりぱり海苔おにぎりも、全部用意するから……。
もっと、もっと、魔力のおかわりをください!
土の魔力を巡らせると、より大きな聖なる魔力が返ってきた。
体中が緩む。全ての緊張が解放される。ふわふわと身体が浮かび上がりそうだ。
気持ちよさの中に漂っていると、額を鋭いものでコツかれた。
ツンツンツンツンツンツンツンツンツン。
痛いし!
このままでは額に穴が空いてしまいます!
私が目をこじ開けると、そこは想像していた小高い丘の上にいた。
眼下には、田畑が広がっていた。
整然と並んだ畝が、緩やかな傾斜に沿って遠くまで続いている。
米か、麦の穂が風に揺れて、金色の波がさざめく。
畑の端には根菜が土を持ち上げながら育ち、葉先がみずみずしく光っていた。
用水路が細く光りながら走り、水音がここまで届くようだ。
遠くには集落が見えた。炊煙がゆっくりと空に溶けていく。
畑の間を、人が歩いている。荷車を引いている。子どもが走り回っている。
土が、生きている。ふかりと沈む。根が深く張れる土。
水はけがよくて、しかし乾燥しない土。
私の目が、カッと開いた。
米、TKG、鶏、卵!!!
むふむふと笑う私の目の前に、あの鶏舎の主みたいな、鶏がぬっと顔を出した。
びっくりする!
「いやーーーーー!!」
『おい』
鶏はばさばさと私の周りを飛んでいる。
声は、聞こえるが、私と鶏しかいない。
「……しゃ、喋っ!?」
『我の声が聞こえるか』
鶏が、喋っている。
驚いたが、そこまで驚かなかった。
だって、ここは夢の中だし。
「あなた、喋れたのね」
『もちろんだ。フェイ・ドラゴンだから』
「……」
私は、自分の頬を抓った。痛い。
鶏が、フェイ・ドラゴンだと名乗った。
これが夢でなくて、何だ。
私の想像力ってとてもすごい。
『手短に言おう』
「……」
だが鶏は、遠くを切なげに見ながら、言葉を続けた。
鶏にも表情や性格があるのは知っているが、ここまで憂いを表す鶏は初めてだ。
『会社員だったお前は仕事で疲れ果てていた。突然舞い込んだ、顔も知らぬ親戚の田畑を相続することを決め、農業に従事すべく退職したその日に』
「え……」
急に、ネタばらし!?
よ、よくある転生のやつ……。
私は生唾を飲み込んだ。
「私、こ、交通事故で、亡くなった?」
『いや、毒キノコを食べて』
「……」
亡くなったショックよりも、思っていたのと違う展開に黙ってしまった。
まったく覚えていない。
鶏が言うには。
相続する土地を何度も下見に行っていた有休消化中。
だいぶ自然にも慣れてきたとばかりに、採った食用キノコ。
どうやらドクツルタケだったらしく、退職日にお祝いとして食べたら、めでたくひとり召されたらしい。
……なんだろう、この気持ち。
「……わ、私のことだから、スマホとかで情報見ながら、採ったと思うけど」
『間違いやすいきのこだ。死の天使とも言われる、美しい白だな』
「シロマツタケモドキだと思ったか……」
突然思い出した私は項垂れつつ、膝を抱えた。
ブラック仕事を辞められるとか、農業ができるとか、いろいろ浮かれていたのは事実……。
安全な食は、正確な知識の上にあるのね……。
まぁ、終わったことは仕方ない。
「でも、何も覚えてないの。この世界はゲームで間違いないのかな」
『ゲームが先か、世界が先か。それくらいの些細な問題だ』
なにその、卵が先か、鶏が先かみたいなやつ。
「私なんて、追放予定のモブ令嬢でしょう……」
『適性の問題だ』
それの後にくるのは、適材適所って言葉だ。
私はうんざりしながら、しなしな海苔おにぎりを食べ、渋い顔をした鶏を見た。
「私、追放後も生き残るために頑張ってるんだけど、無駄ってこと?」
『今度の魔獣災害は、未曽有の災厄となる可能性がある』
「……は?」
『たくさん、人が死ぬ』
心臓がどきどきしている。いろんな人たちの顔が浮かんだ。
不思議だ。前世の私がメインで話しているのに、浮かんでくるのはセシルが大事にしている人たち。
レオンハルトの寂しげな顔が、一番長く浮かび続けている。
ずっと、疑問に思っていた。
だって、ゲームの中では、魔獣災害の話は無かった……。
ただ、学園でわちゃわちゃするゲームで。
『ゲームの中では、アレクシスが皇太子であっただろう』
「……うん」
それは、ずっと考えていた。
『なぜ、今はレオンハルトだ』
「……」
それは、考えても答えがでなかったこと。
渋い顔をした鶏が、しゃべり続ける。
『レオンハルトは、災厄を吞み込む孤独を選んだ。あの世界線では、あれが一人で災厄を抱え異空間を彷徨っている。世界を救うために、一人の子どもを犠牲にしたのがあの世界。たった一人で良いからと。死ぬこともできず、苦痛だけを感じながら生きる、だから、我は見限った』
「見限ったって」
私の頬が引き攣った。
あれ、今、すごく怖いことを言わなかった?
『だから、お前が踏ん張れ』
私、五歳だけど!
それに、すごく飛躍してない?
『お前は、元々無限の土魔法属性の持ち主。冷遇される魔法であったため修練できず、その身と精神を蝕むものになったにすぎない。お前が、世界の根を支えるのだ』
荷が重い。
『お前が世界を豊かにするのだ!』
知らん、知らーん!
世界が、だんだんと閉じてくる。
私は鶏をむんずと両手で掴んだ。
『痛いぞ! 我に対して、なんということを……! だいたお前は我の卵をただの卵のように扱い……!』
「対価を望むわ! 労働には、対価が伴うのよ!」
私は鶏をぎゅっと力を込めて握った。
ぐえ、っと鶏が声を漏らす。
「米! あの米作りの技術書を読みたいの! どうでもいいから読み書き喋るのチートをちょうだい!」
『お前、自分で努力を……! 無限大魔力だけで十分だろう』
「あんたの話だと、それはもともとの設定でしょ! 対価! 労働には対価を! 組合は無いんだから、直接交渉!」
私は強欲なのよ!
もっと強く鶏を握りつつブラブラ揺らしながら強く思うと、世界がふっと閉じた。
その中で暗闇に漂う少年を見つけた。
その身に大きな闇を抱えながら、ただただ身を任せている。
私は泳ぐようにして近寄った。
肌は黒くまだらに変色していて、瞬きを忘れた目だけがぼんやりと開いていた。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
世界を護ろうとした彼は、いつかもっと大きな災厄の種になる。
なんという皮肉だろう。
目から、涙がとめどもなくあふれ出ていた。
寂しい顔をしないで。
私がずっと、おそばにおりますから。
私は涙も拭わず、漂うレオンハルトをずっと撫で続けていた。
10万字超えるくらいで、前世エピが出てくる構成に、私が涙を流しています!




