34 聖女の力
怪我の描写あります。
突然現れた、かなりお金持ちそうなドレスを着た、けれど貴族ではない子どもの登場に、あきらかに見物人がざわめいた。
私かちらりと周りを見回した。
大人が揃いも揃って! ちゃんと止めなさいよ! とは思ったけれど。
神殿に属している祭女に関わって、バチでも当たったら……と思うのでしょう。
人を助ける余裕がないのなら、仕方がない。
では、地位も名誉も、権力もあるわたくしめの登場でしょう!
なんて、思ったわけではありません。
気づいたら、飛び出していました……。
見えないけれど、護衛の皆様の静かな怒りが伝わってくるようです……。
彼らの役割は私を護ることなのだけれど、私の命令が絶対だと、我儘を言っていてですね……。
本当に、ごめんなさい。
すぐに学園に向かうから、許してください。
そもそも……。
目立たずに生きて、追放イベが発生しても、生き残る。
これが私の生きる道なので、余計なトラブルに首を突っ込んではいけないのです。
真反対を生きるように、口は勝手に動きます……。
「王都の祭女の方は、道で聖女候補に声を荒げるのですね」
カッチーン、みたいな表情を、三人祭女がしました。わかりやすいです。
中の一人、細身、釣り目で面長女子が顎をくいっと上げて言った。
真ん中に立つ、くりくり目で顔立ちがきれいな女子を見つめながら。
「あなた、平民でしょう? この方がどなたかご存じ? 子爵家の方よ」
「……はぁ」
「はぁ……ってあなた、そこの聖女もどきは貧民窟出身! この方は貴族なの!」
「そうなのですね。で、あなたは?」
私は首を傾げながら聞いた。
「あなたは、貴族なの? 平民なの?」
「……っ!」
面長女子は顔を真っ赤にした。平民なのかな?
彼女の中で、生まれの階層があるようです。言いたいことは、わからないでもない。
次に前に出てきたのはぽっちゃり女子。
あら、釣り目なのは同じで、とっても意地悪な表情をされています。
「貴族に歯向かったのだから、あなた、大変よ?」
「どう大変になるのかは知りませんけれど、祭女となった時に、身分が考慮されなくなるのは知っています。祭女でありながら、貴族であることは、可能なのですか?」
「……っ!」
質問しながらも、まぁ、可能でしょうねぇと思っている私がおります。
後ろ盾って、大事だもの。
くりくり目女子がついに前に出てきました。
ボスのお出まし、という感じでしょうか。
彼女はゆっくりと腕を組んだ。
「あなたの言う通り、私の出自が貴族かどうかは関係ないわ。この子が、お金を落としたの。それが問題なの。神殿のお金は寄付なの。許されないわ」
「だとしたら……。そもそも、こんな小さな子にお金を持たせることが、間違いでは? 管理責任はどなたになるのかしら?」
くりくり目女子がムッとした顔をした。
五歳の子には圧でいけばいいと思っているのでしょうか。
「あなた!」
「聞こえておりますわ」
キンキン声が耳障りですわーと思いつつ、私は後ろを振り返った。
まだ、小さな子が石畳の上で泣いている。
サラサラの黒髪。不思議な桃色の目。美しい顔立ち。
怯え切って、泣いている。可哀そうに……。
私は微笑んで、口を開いた。
「あなた、泣いているだけでは、問題解決しません。犯人にされるだけですわよ」
見物人が大きくざわついた。なぐさめると思ったに違いない。
そんなわけないです。自分の口で説明をしていただきます。
「……グスッ。でも、私……」
「自分の身は、自分で守らなければ。言いたいことを言いなさいな」
三人祭女を、私は手のひらで指しながら、きっぱりと言った。
まるで花弁が散るように煌めいた、聖女候補の桃色の目が、私を見る。
男性を虜にしそうな、甘ったるい目だなと思う。
その目を、私はまっすぐに見返した。
私だって、追放イベントしか覚えていないこのゲームの世界で、足掻いて、足掻いて、足掻きまくっているわけです。
目立ちたくないのに、目立ってまで。
結局は、自分を救うのは、自分なのではないでしょうか。
でも、彼女は五歳児……。(わたしもだけれども)
私が強気なのも、家族が強いからというのもありますし……。
「…………まぁ、その、責任は私がとりますので、どうぞ」
「あ……はい」
彼女の後ろ盾がないのであれば、とりあえず私がなるしかない。
私に気圧されたのか、聖女候補が、おどおどと立ち上がった。
「私は、本当は聖女の修行があったのに、連れ出されました」
「あら……、規則違反はいけないわ」
私は腕を組んだまま、思わず言ってしまった。
「市場に行けるのは、聖女候補、中級祭女から上の位の者です。今日は話題のお菓子の屋台が出る日だから来いと……」
……話題のお菓子の屋台。どこでしょうか。
違います、そういうお話ではありません。
「お金のことは、本当に知らなくて。早く、神殿に、帰って、修業がしたい……」
「あんた! 嘘つき!」
ぽっちゃりが私に手を出してきた。なぜか、私が胸倉をつかまれました。
なるほど、さすがに聖女候補に手を出すと罰が下るわけですか……。
「お嬢様!」
聖女候補が泣き叫ぶ。見物人が騒ぎ出した。
護衛騎士の誰かが出てきそうな雰囲気を察して、手を挙げて止めた。
胸倉掴まれて、つま先浮きかけていますけれども、子どもの喧嘩ですから。
しかも、私が勝手に買った喧嘩という……、
私は、魔力を使わないように、約束をさせられている。
理由は、いろいろ言われたけれど、もう考えないようにしている。
使ってしまえば、こうやって自由に歩き回ることもできなくなるだろうし、永遠に話題のお菓子を食べられなくなってしまう。
まぁ、土魔法だから、あんまり攻撃力ないし。
「貴族に逆らうって、どういうことか教えてあげる」
私はじっとぽっちゃりの細目を見つめた。
とっても私は冷静になっている。
この人、人に手を出すことに慣れている。
通常、人は人を叩いたりできないものだ。訓練でも受けていなければ、躊躇する。
だから、彼女は、人を害することに慣れている。
「では、教えていただけますか」
私は彼女の手首の、親指の付け根あたりをそっと押した。
力は要らない。指先で、ほんの少し。骨と腱の間を、ぐっと。
ぽっちゃりの顔が、みるみる歪んだ。
「……っ、あ……!」
胸倉を掴んでいた手が、ふっと緩む。
私はすとん、と石畳に両足をつけた。
「痛いのは、お互い様ですわね」
にっこりと笑って言った。
あのお父様が、お兄様方が、護身術のひとつやふたつ、私に身につけさせずに王都に送り出すはずがないでしょう~。
役に立ちましたわ! お父様!
私はドレスの襟を正しながら、聖女候補に尋ねた。
「あなた、お金は落としていないのね」
「預かっても、おりません!」
「そう。ならば、あとは神殿にそれをお伝えして。あなたは聖女候補。この国を護る役割を担った方だから、耳を傾けてもらえるでしょう」
私は聖女候補の服に付いた泥を払ってあげる。
「お、お嬢様、そのような」
「あなた方に課せられた役割は尊い。こんなことに負けないで」
魔獣災害。戦うものと、癒すものの両方がいる。
レオンハルトやお兄様が前者とすれば、聖女は後者。修業は絶対なのだ。
私は唇を引き結んだ。
「お、お嬢様……」
聖女候補が驚いた顔をしている。そんな風に言ってくれた人はいなかったとばかりに。
その時、私の腕が燃えた。文字通り、燃えている。
振り返ると、くりくり目が憎悪に燃えた目で、私を見ていた。
人垣が一気に崩れ、人々が逃げ出した。
「思い知りなさい。貴族に逆らうとは、どういうことか」
「……っ」
熱い、熱い。腕が燃えている。
じりじりとドレスの縁から焦げていく。布が焼ける匂いがする。
ドレスから、皮膚を焼かれていく感覚。布が肌に張り付いていく。
思わず奥歯を噛み締めた。声を出さない、表情も、絶対に崩さない。
私は、誇り高きノーテル家の娘。こんなことで弱音は吐かない。
でも、笑顔を作るのに、こんなに力が要ったことは、なかった。
火傷の跡が残れば、レオンハルトの婚約者ではなくなるかもしれない。
それは、好都合なはずだった。
この火傷で、追放されなくて済む、かもしれない。
……なのに、なぜか。
腕より、胸の方が、ずっと痛い。
護衛騎士が飛び出してきそうな雰囲気を、私は必死に止めていた。
彼らが、罰せられるかもしれない。
気を失えば、守れない。
全部、私が悪いのだから。
私は冷や汗を浮かべながらも、しっかりと口にした。
これだけは、言わないといけない。
「……魔力があるものが、許可なく、街中で他者への攻撃魔法を行使した場合……魔法局への申告説明義務と、相応の罰金が課せられます。さらに私闘と判断された場合は、魔法使用の一時停止処分が加わり、魔法学園の入学許可の取り消しはもちろん、状況によっては実刑となります。神殿に属している場合は、神殿側にも通告、沙汰を待つことになるでしょう」
「私は、貴族よ!」
あれ、この国は法治国家じゃないの?
けど、言うことは言ったぞ。
レオンハルトのいろんな表情がよぎった。
彼の笑顔を、引き出してくれる方が婚約者になってくれたら、良いのですが……。
あら、やっぱり胸が痛い。
熱さと痛みに意識が飛びそうになった瞬間だった。
「これは、まったく面白くない」
鎮火したというより、腕の炎が無かったかのように消えた。
腕を見た。ドレスの袖が焼け落ち、露わになった肌は赤く爛れ、所々に水ぶくれが盛り上がっている。
触れてもいないのに、空気に触れているだけで、ずきずきと脈打つように痛い。
これは、お嫁にいけないやつですわね……。
「本当に、面白くないよ……シリィ」
目の前に、学園の制服を着たレオンハルトの後姿があった。
「レオ……」
レオンハルトは振り返らなかった。けれど、魔力が炎立っているのがわかった。
ヨヒアム、エミール両お兄様、ユリウスもいる。あれ、いつも笑みを浮かべているユリウスの横顔が、とても怒っている。
しっかりと、護衛騎士と、クラリスの姿もあった。
もちろん、殿下たちの登場で、人垣は完全に沈黙した。「殿下?」「殿下じゃないか?」そんなささやきが聞こえてくる。
くりくり目が、ゆっくりと青ざめていくのがわかった。
私はただ、レオンハルトの背中を見ていた。
広い肩。まっすぐに立つ背筋。学園の制服なのに、そこだけ空気が違う。
怒っている。それは、ひしひしとわかる。
でも、怖い、とは思わなかった。
なぜだろう。
この人が怒っているのは、私のためだと、わかっているから、かもしれない。
「レオ」
もう一度、呼んだ。
「レオ、護衛は悪くないの。全ては、私の我儘よ。私を罰して」
レオンハルトは、ゆっくりと振り返った。
表情は、穏やかだった。穏やかすぎて、逆に怖い。
「シリィ、護衛の仕事は、君を守ることだ。これは、職務放棄だよ」
「私が」
「帰ったら、一晩説教だ。 ――おい、そこの聖女候補」
低く、静かな、為政者の声だった。
「我の名において命ずる。――治せ。完全にだ」
「言われなくても!」
さっきまで弱弱しかった聖女候補が、レオンハルトに食って掛かるように返事をして、私を地面に座らせた。
ん? 同一人物?
「神よ!」
彼女が両手を組んで神の名を呼んだ瞬間、真っ白で温かく、それでいて厳かな、たくさんのきらめきを内包した光が、私の腕を包んだ。
気づいたら5,000字近かった……。
3,000字くらいが読みやすいですよね。




