33 我儘は追放への近道なのです
我儘は追放への近道なのです。
わかっているのです。
けれども、けれども。
今日は、レオンハルトのお茶会と、お兄様達に会いに、学園に向かう日だった。
私は商家の娘のようなドレス、つまり格式が高すぎず、でも品格は保つような、そんな格好で王都の市場を歩いていた。
本当は、もちろん、馬車で向かうことが想定されていました……。
しかし、こうやって歩いています。
そう。私は叫んでしまいました。
王城を出るならば、市場がみたい!! と叫んでしまいました。
何度も。大人が根負けするくらい。迷惑な子どもであることに、間違いはない。
追放後の職業選択の幅を広げるのは大事だと、思うのです。ならば、見識を広げなくては。
噂によると、最終的に陛下とレオンハルトが、セシルの言う通りにするようにとお達しをしてくれたらしい。
そして、私の我儘のために、警護計画が練りなおされるという……。
事務方の皆様には多大なるご迷惑を掛けてしまった。
三十歳の社会人経験のある私が、心の底からごめんなさいと言っている。
私のお小遣いで、お土産をちゃんと買って帰るから許してもらいたい。
お父様にはまたお金の使い道を怒られそうだ。
――けれども、やはり、歩いて良かった!
「さすがに王都の市場は活気が違いますね!」
私は大興奮をしていた。
まさに、プライスレス!
私は後ろから付いてくるクラリスに満面の笑みを向けた。
市場の石畳の道の両脇に露店が延々と続き、人の波が途切れない。野菜を抱えた主婦、走り回る子ども、値段を交渉する商人。
喧騒が満ちていて、空気そのものが震えている気がした。
売り子の声があちこちから飛んでくる。
人、人、人。カントリーハウスでは見たことのない密度だ。
おまけに、たくさんの匂いが嗅覚を刺激する。
焼き菓子の甘い香り。次に、スパイスの鋭い刺激。それから、肉を焼く煙の匂い。
王都というのは、こんなにも、うるさいのか。
全部交じり合っているけれど、嫌いじゃない。
匂いにつられて、お腹が空いてきた。
「本当に、素晴らしいです! この活気を味わえて、とても嬉しいです」
「お嬢様が喜べば、殿下も喜びます」
クラリスはお付きの侍女のような格好だ。私に笑顔を返してはくれたけれど、その眼光は鋭く、あたりを窺っている。
彼女は、私のそばにいて、私を護る役割を担わされた。やっぱり強いらしい。
私の護衛騎士となった三人は、それぞれ適した距離で護ってくれているらしい。
あまりにも人混みだから、いろんな角度から不審者を見ていないといけない、うんたらかんたら。
私のわがままのせいです。ごめんなさい。
それでもお腹が空いたという欲求は高まり……。
肉と香草の香りが食欲を刺激する、焼きたてのパイが木箱に積まれた露店。隣には蜂蜜をたっぷり絡めた丸い焼き菓子を串に刺した、糖質爆弾みたいなものが並んでいて、飴色に輝いている。
スープを売る屋台からは、白い湯気が立ち上り、煮込んだ野菜と骨の深い香りが漂ってくる。
果物の露店では、見たことのない南国っぽい色の、親指の先から、頭の大きさくらい、いろんな形の実が山積みにされていた。赤、黄、橙。色だけで、甘そうだとわかる。
ああ、いけない。今からお茶会なのに。
私は視線をむりやり商品にも向けた。
布地を売る露店では、軒先に掛けられた色とりどりの生地が風にはためいていた。安物の麻から、光沢のある絹に近い布まで。値段の差が、触らなくてもわかる。
陶器を並べた露店では、素朴な皿や壺が石畳の上に整然と置かれていた。
あ、ここで試験的に土鍋を売ったらどうだろうか。この王都で反応をみるのはどうでしょうか。
土鍋で作ったスープを振舞いながら。
でも、土鍋の売りはその保温性。するなら冬のほうが良さそうです。
ならば……私の卵を食べてもらいたい。
ふわふわかき卵スープなんて、どうでしょうか。
鶏ガラ出汁なんて、すばらしいのでは……。
「お父様にお手紙を書かなくては!」
「セシル様?」
口に出てしまった。どうせ月に一回は王都に来なくてはいけない。
ただ与えられる勉強だけするなんて、楽しくなさ過ぎて寝てしまう。
私の卵を、もっとたくさんの人に、食べていただきたい!!!
卵が割れない保管、運搬、早く確立させなくては……。
むふむふと私がにやにやした笑顔を浮かべていると、人だかりが見えた。
それだけではなく、人が人を罵倒する声まで聞こえてきた。
いつ聞いても、こういう人の声は気分が悪くなります。
「セシル様、参りましょう」
トラブルから遠ざけようと、クラリスがその人の輪を避けて通りすぎるように誘導してくる。
「……」
護衛として、正しい行動。
けれど、見てしまった。
裾まで届く白の長衣に、神殿の紋章を織り込んだ帯を腰に巻いた四人の女。素足に白い革の薄底靴。髪は後ろでまとめている。神殿に属する祭女だとわかった。
神殿に属し、神に仕え、たくさんの祭りを行う女たち。
その女たちが、一人の、自分と同じくらいの女の子を言葉で叩いている。
「だから、あなたがお金を落としたのでしょう」
「買い物を頼まれたのに、何も買えないわ」
「あなた、どう責任をとるつもり?」
「ひとりで鞭で叩かれてくださいね」
思わず、足が止まった。
女の子が、市場の石畳の上に転がって、声も出さずに泣いている。
年齢は、絶対に、私とそんなに変わりない。
同じく、裾まで届く白の長衣に、神殿の紋章を織り込んだ帯を腰に巻いているが、帯の色が違う。金色だ。
彼女は、聖女候補だ。
稀有な聖なる魔力を持った人だ。
聖女候補と、祭女。ここには扱いに雲泥の差があるはず。
どうしてこんな扱いを受けているのか。
私は人垣を五歳の小さな体で潜り抜けた。
「お嬢様!」
クラリスが叫んでいる。
それが耳に届いた時には、私はその女の子を後ろに庇うように立っていた。
その、四人の女を見上げて。
私を護ってくれている人たち、ごめん。
「ごきげんよう。わたしく、通りすがりの者ですけれども、王都の祭女は、聖女候補にこのような扱いをするのですか?」
私は、曇りなき眼で尋ねていた。




