32 いざ!
目が覚めたら、レオンハルトの部屋だった。豪奢な天蓋に垂れ下がったカーテン。お母さまの部屋は、ここまでない。
ああ、あれは夢じゃなかったんだ。
レオンハルトと昨日、会ったんだ。
私は首を傾げた。
……ふむ。私、余計なことを言っていないよね……?
レオンハルトは時々、世界にひとりぼっち取り残されたみたいな表情をする。あれ、止めて欲しい。
頭を撫でたくなるから。
……。
なんで、撫でたくなるんだろう。
お米のためだよね。あ、お米のことを聞くの忘れた。一番大事なことなのに。
TKGのことを忘れていたのか……。
ベッドの上で座ったまま悩んでいたら、ドアがノックされた。
「はい」
「セシル様、おはようございます」
起こしに来たのは見知らぬ年嵩の使用人とクラリス。
上品そうな黒髪の使用人は、レオンハルト専属らしい。
……ということは、強いのだろうな。ふたりでちょっと戦ってもらって……とか考えてしまう。
そんなたぶんとても強いふたりが、私を咎める雰囲気でなかったのは助かった。
今日からスケジュールみっちりだ。
お母様が使っていたという部屋に戻り、支度をしてもらう。
鏡の中の私は、上品に髪を結いあげられ、どこかのご令嬢みたい。
間違いはないんだけれど。
家では自分で着替えて飛び出しているから、むずむずしちゃう。
王宮の使用人にはそうはいかない雰囲気。
なんかこう、やはり王宮は全てにおいて、高貴なのである。
かなり落ち着かない。
そのせいか、昨夜、レオンハルトからお兄様達が元気だという話を聞いたのもあり、無性に会いたくなった。
思ったら、口に出てしまう性分。
「お兄様達に会う時間は、ありませんよね」
鏡の中の自分を見ながら、私の口は喋っていた。
せっかく王都にいるのだから、お兄様達に会えるように、お父様に手配をお願いしていても良かったのかも。
でも、無理なのはわかっている。
ちゃんと勉強をして、追放されても大丈夫な私でいなければならないのだ。
背後で私の今日の勉強道具を整えていたクラリスが振り返った。
「良い案ですわ。さすがセシル様」
「ん?」
クラリスは勉強道具を重ね終わると、それを使用人に運ぶように指示をする。
使用人を使い慣れているというか、指示が上手。
「学園に使いを出しましょう。レオンハルト殿下とのお茶会はしなくてはいけないこと。場所の問題ですから」
「え、いや、でも、急な予定は相手への迷惑に」
が、学園? ま、学び舎に、行く?
貴族だからとゴリ押しをしていては、後々の追放に関わる……。
そんな保身が、私を後ろ向きにさせる。
だが、クラリスは悠然と笑んだ。ザ・貴族みたいな笑みだ。
「セシル様を招かないという選択肢を、学園が持っていると思っているのなら、立場をわからせなくてはなりません」
「立場……」
私は固まった。
あれ、あの優しいクラリスはどこへ……?
クラリスは私に向かってにっこりと笑んだ。
「急な訪問は迷惑なるとお考えになったのでしょう? セシル様の考えは、とても素晴らしいですわ。でも、それはそれ、これはこれ」
「ハイ……」
なぜか私は小さくなっている。
クラリスは宙に紙とペンを出した。落ちてくるそれをそっと掴むと、サラサラと紙に何かを書き出した。
鏡と向き合っていた私だが、思わず振り返ってしまう。
紙に書かれていたのは、魔方陣? みたいなもの。
手とペンはあり得ない高速で動き、あっという間にそれを完成させた……ようだ。
髪の中から一羽の、肘下くらいの大きさの、金色の孔雀のようなものが現れた。
金色の輝く薄い羽根を重ねたような輝き、尾羽の眼状の紋様は、レオンハルトと同じ蒼色。
鳥が動くたびに、金色の輝きに揺れが起こり、光が余韻を残して、輝いているように見えた。
存在感が、規格外。
「レオンハルト殿下から陛下への許可を得て、王家を表す陣を教えていただきました。王家の格式を表しつつ、書簡の主を示すようになっております」
「ぎょ……」
仰々しい、と言いかけて口を閉じた。
だって、私がちょっと口にしたお願いが、王家の書簡として、学園に届くとは。
私の一言、重すぎて、もう何もしゃべれない。……喋るけど。
「当然ですのよ」
クラリスは、冷めた顔で言った。笑顔なのに、冷めているのがとても怖い。
「魔獣災害で、最前線で立つであろうノーテル家のご嫡男に会いたいと、国に豊穣をもたらすと言われるフェイ・ドラゴンの卵の所有者であるノーテル家のご息女が会いたいと言っているのです。しかも、レオンハルト殿下の婚約者でいらっしゃる」
「いや、……え?」
魔獣災害の、最前線と言ったか。
お兄様達は、レオンハルトと共に戦う人として、仲良くさせられているのか。
背中に冷や汗が伝った。
「国の災害後に、豊穣をもたらす可能性を秘めたご息女です。セシル様はもっと威張っていいのですよ」
……なんだかとっても怖くなりました。
私はただ、TKGが毎日食べたい五歳なのです。
けれども。
レオンハルトが結婚を急ぐ理由。
お兄様達をしごき続けるお父様。
ポーション生成権限をもらったことに涙を流して喜んだお母様。
フェイ・ドラゴンを必ず孵化させようとする、圧力。
米! TKG! ポーション! 商機!! とかで騒いでるの、私だけ?
クラリスは固まってしまった私に、笑んでくれた。
彼女は、とても嫌な役目を担ってくれている、気がする。
家族は私を守ろうとしてくれているが、たぶん、私が何も知らないことは、私が追い詰められる原因になるとわかっている。
――魔獣災害の、汚職事件。
きっと、クラリスは、つらい思いをしたのだ。
クラリスは少し間を置いてから、静かに言った。
「レオンハルト殿下が、セシル様を急いで守ろうとされている理由が、おわかりになりますか」
「……」
「殿下は、大切なものを、失いたくないのだと思います。ただ、それだけだと、私は思っております」
守ることが、結婚とでもいうのだろうか。
私は何も言えなかった。
でも、レオンハルトが世界にひとりぼっち取り残されたみたいな表情をする理由が、少しだけ、わかった気がした。
私は五歳のこどもらしく、屈託のない笑顔をつくった。
難しいことは、難しいまま抱えていればいい。
今は、笑顔です!
「私が優遇されるような、そんな力を持っているのなら、その力は誰かを助けるために使いたいですわ!」
支度を終えた私は使用人に礼を言って立ち上がった。
とことこと歩いていき、クラリスのスカートにぎゅっと抱き着く。
クラリスが動揺したのがわかった。
「ノーテル家の皆様は、無欲すぎですわ。全てを手に入るほどの『もの』が手の中にあるというのに」
うらやましそうで、諦めている表情。
王都に来て、王城で暮らし、いろいろ感じるものがあるのだろうか。
「無欲? 私は強欲ですよ」
「そんなことは、ありませんわ」
「私、クラリス様を側付き令嬢にしたいと我儘を言ったではありませんか。伯爵家より格式の高い侯爵家家であり、だいぶ年上のあなたを」
「そ、それは……」
クラリスが明らかに動揺した。プライドが高いクラリスが垣間見えた。
「私は、セシル様にお仕えで来て、本当に光栄で……」
小さく唇を噛む、クラリス。目は潤んでいるのに、強い光が浮かんでいた。
芯がある。その芯を守るためなら、命さえ差し出しそうな人だ。
……う、美しい。
どきーん、と胸が鳴った。
納得できる主人を見つけるまで、このプライドを曲げない。そういう人な気がする!
控えめに言って、大好物!
スカートを掴んだまま、クラリスを見上げた。
「クラリス様は、満足していますか?」
「満足?」
クラリスのぎょっとした顔は、十八歳だ。
私は畳みかけた。
「卵の生産の方法、現在の王宮の現状の情報、支払われるお給金、全て、満足しておりますか?」
「……」
あまりにも直球過ぎたのだろう。クラリスは瞬きも忘れて、私を見ていた。
「教えてくださいまし」
私は無邪気な目でクラリスを見つめた。
クラリスは唇を小さく震わせている。
「何が、望みなのですか」
私はもう一押しとばかりに尋ねた。
「……セシル様を、社交界の主にしたいですわ。何もかも、完璧な、ご令嬢にしたい」
「……」
私はすっと目を逸らした。
あー、それは無理ですわー。土を触っている方が、楽しいですから、うふふ。
追放されても、土が触れるなら、どこでも生きていけそうな気がする。
領主に搾取されない農業って、存在するのかを考える方が楽しい。
私は笑って、離れようとした。
「この国一番のご令嬢に、させていただきますわ」
クラリスに脇下に手を入れられ、いとも簡単に抱き上げられた。
「勉強も、体術も、魔法も、誰にも文句を言わせない、そんな令嬢に!」
い、育成ゲーム!!
育成させられるのは、ちょっとかんべん!
体術って、何よ!
「あのレオンハルト殿下が選ばれたご令嬢。本当に、私を選んでくださって、感謝をしています」
「……」
ぎゅっと抱きしめられた。
あら、とてもやわらかい。
これはちょっと、うらやましい。
そんなこんなで……。
勉強やゴーレムつくりで忙しいのに、学園にレオンハルトに会いにいくことになったのです。




