表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/33

29 楽しい食事会

「友人とお茶を楽しんでいたのですが、そこに突然にいらっしゃったのです!」


 驚きと戸惑いを表情に出してみた。

 食事中に感情を出しすぎるのは品がない。そこらへんの匙加減が一番難しい。

 陛下はゆっくりと頷いて、ちらりとクラリスを見た。


「小さなクラリスといえば、ヴァルシュタインのクラリスだな」

「恐れながら……」


 クラリスは表情を曇らせた。

 この名前は、ヴァルシュタイン家の女傑の名前に恥じないように、そんな思いが込められた名のはずだ。


「同じクラリスという名前でも、側にいてくれるクラリスはとっても優しいので、不思議です!」


 私のクラリスは問題の元凶ではないので、陛下の注意を逸らした。

 両陛下が顔を見合わせ、複雑そうに笑みを交わす。


「席を譲れなんていうのです。社交界の洗礼を受けた気分です」

「……セシ」


 アレクシスが何か言いかけるのを、私は一瞬だけの氷のような目で黙らせた。

 私が言い返した事実は、ここでは不要なので黙ってくださいまし!

 この思いを目に込めた結果、氷になったようだ。

 ぎょっとした彼は、黙って食事を続けはじめた。

 そう、それがよい。


「社交界での振る舞いを学びましたわ。私が恥ずかしいふるまいをすると、レオンハルト殿下の評判に傷がつくのですね。婚約者として気を付けなければと思いました」


 無邪気に言ってみたが、言葉がこそばゆい。首がむずかゆい。掻きたい。

 自ら婚約者と名乗るのは、何だか、何だかなのである。

 セバスチャンが天井を見上げている。アレクシスはすっごい渋い顔をしている。

 相手を激昂させたのは、どうなんだと言いたいのはわかります。

 けれど、ああいう相手は初手が肝心なわけで。フガフガ。


「おお……セシルよ。そこまで考えてくれているのか。わずか五歳というのに……」


 陛下が感心してくれている。

 よし! これだ! 直接言わずに、相手の印象を左右させるスタイル!

 私は純粋なキラキラした笑顔を浮かべ続ける。

 頬が引き攣っているけれど、ここは根性だ!


 実は……。

 私はカフェからの帰りの馬車の中で考えていたのだ。

 なぜ、小さなクラリスは、私にも意地悪をするのか。

 ゲームの中で、ヒロインをいじめたのか。


 完璧な作法で食事を続けるクラリスを見た。

 品ある笑顔で私を見つめ返してくれる。

 少し、胸が痛んだ。

 陛下の前で、クラリスの話をするのは、彼女の家の話にふれることだから。


 でも、きっと、クラリスは私にずっと絡んでくると思う。

 私はどこかで、彼女の取り巻きになるような『選択』があるから。


 小さなクラリスは、本家の存在が、怖いのだと思う。

 分家が力を持っても、本家の方が本当の意味で強い。

 陛下が、クラリスを食事に同席させてくれるのも、きっと慮るところがあるからだ。

 私が土魔法を馬鹿にされるように、クラリスは分家であることを陰で言われているかもしれない。

 分家の癖に。そんな言葉を後ろから投げつけられているのかもしれない。


 と、考えたのだ。

 ……本当のことは、知りませんけれども。


「良いお勉強をさせていただきました。社交は怖いですけれど、がんばりますわね! 私は、マルグリットお母様の娘ですから、それにも恥じないようにいたしますわ!」

「セシル……」


 両陛下が感極まったように、目を潤ませた。


「私の礼儀に見苦しいところがありましたら、すぐに殿下との婚約を破棄してくださいませ」

「セシルよ……」


 あのクラリスを、アレクシスの婚約者の、候補にさえ入れちゃだめよ、って通じたかな。

 ちょっと遠回しすぎたかな。しすぎたな……。


「セシル」


 王妃陛下が私を優しく見つめてきた。ずっと、優しいまなざしを向けてはくださっていたのだけれど。

 お母さまみたいな、強くて優しいまなざしは、安心する。


「マルグリット様にそっくりね。あなたのことも大好きになったわ」


 くすくすと楽しそうに笑う。あ、裏の顔がばれているかもしれない。

 え? そっくり?


「お義姉様から、くれぐれもよろしくとお願いをされていたけれど、大丈夫そうね」

「母上、セシは『良い』性格なので、大丈夫ですよ」

「変な言い方をしないでください!」


 夕食会は格式張ったものではない。

 私はアレクシスと軽口を叩き合うのを、王妃陛下が微笑ましく見守ってくれる。

 陛下はクラリスにしきりに話しかけ、彼女のおじい様の近況について聞いていた。

 何か思うところがあるのだろう。


 アレクシスが、小さなクラリスを婚約者候補に選びませんように。

 そうすれば、私は追放されずに済む。

 クラリスも、追放されずに済むはず。

 わかっている辛い未来なら、回避したいじゃないですか。


 陛下にはいくつかの約束をさせられた。

 特に念押しをされたのは、『フェイ・ドラゴンを孵化させること』。

 五歳児にまぁまぁな重荷を背負わせるなぁ。マジ鬼。

 でもつつがなく、食事会は終わったのだった。

 今度はレオンハルトに一緒に、と約束をして。



 その夜、私は眠れなかった。

 椅子を窓際に移動させ、空を見上げていた。

 明日から、忙しい。休憩時間はおしまいというわけだ。

 お勉強、ダンス、社交、王太子妃候補としてのお勉強、それから米栽培への自学と、土魔法の実験。

 考えれば考えるほど、いろいろしたいことが出てくるのに、眠れない。

 そのとき、ドアがノックされた。

 時間はもう深夜近い。

 気のせいかと思い、そのまま膝を抱えて窓の外を見ていた。


 コン、コン。


 もう一度、ノックされた。

 クラリスはもっと丁寧にノックする。セバスチャンは気配を消して入ってくるはず。

 不思議に思いながらドアを開けると、アレクシスが立っていた。


「で、殿下……?」 

 

 びっくりした。

 夜着に着替えているが、髪はまだきちんとしている。


「……このような時間に、どうしましたか? 護衛の方は?」

「アレクでいい」


 ぶっきらぼうに言って、廊下に視線を投げた。入ってくる気はないらしい。

 私はドアを開けたまま、ちょっと思いつめた顔をしているアレクシスを見た。 

 王族というのは、感情を隠すのが上手だと思っていた。この人は顔に出る。

 レオンハルトとは、だいぶ違う。

 私は、お姉さんみたいな気持ちになった。


「アレク、悩みがあるなら、聞いてあげてもよろしくてよ?」

 

 アレクシスは少しの間、黙った。それから、小さすぎる声で言った。


「魔力が、ほぼ、無いんだ。王族なのに」


 ぽつりと、落とすように言ったアレクシスは、思いつめている。

 なんだ、唐突に。

 しかも、かなり重みが……。

 でも、まぁ、生きているだけで丸儲けと申しますか。


「そうでしたか」 


 私は普通に言った。すると、アレクシスはムッとした顔をした。


「セシには、これが、どういうことか、わからないだろうけど」

「わかりませんわ」


 正直に言うと、アレクシスは肩を怒らせた。

 だって、本当にわからないんだもの。


「……な、慰めないのか」

「慰めて欲しいのですか?」


 アレクシスは顔を赤らめた。かわいいなと思う。

 私は少し考えてから、言った。


「慰めて欲しいのでしたら、慰めますけれども。ヨシヨシ」

「セシ……っ」


 私が眉尻を下げて、顔を傾けて言うと、アレクシスはガクーッと肩を下げた。

 あら、戦意喪失したようです。


「……ていうかですね、アレク。私、自分の魔力量を測ったことがないのです」


 そもそも計測は、アカデミー入学前にするはずだ。魔力量は移ろいやすいとかなんとかで。

 王都にも、フェイ・ドラゴンの卵のことが無かったら来なかっただろう。

 

「セシは王族の血を引いているだろう」

「はぁ、でも、測ったことがないのですわ」 


 額を豪快に打ってからは、TKGに奔走していたし。

 アレクシスの表情が、ぱっと輝いた。


「だったら、今から行こう。計測できる部屋があるんだ。――王族は、定期的に測るから」

「はい、わかりました。行きましょう。眠れませんし」


 アレクシスが驚いた顔をした。


「……怖くないのか?」

「ガンガン行かないと、生き残れませんので」

 

 追放エンドが怖いから、動いて動いて動きまくっている。

 怖いのは、何もできないと自分で自分のことを思うこと。

 アレクシスは、小さく笑いを噛み殺した。


「セシは、強いな」

 

 違いますよ。

 怖がりだから、動き回っているだけなんです。


 

 王宮の深夜は、昼間とはまるで違う顔をしていた。

 灯りは最低限で、廊下が静かに息をしているようだった。

 辿り着いたのは、装飾の少ない、時代がいつのころからか止まったような、質素な扉だった。


「王族の魔力計測室だ」

 

 アレクシスが扉を開けた。

 中には台座がひとつ。

 その上に、大人の頭ほどの大きさの、透明な水晶が置かれていた。

 薄く青白い光を、静かに放っている。


「手を置くだけでいい。魔力量が光の色と強さで出る」


 へぇ、面白い。 

 アレクシスが先に手を置いた。水晶は、ほんのりと、淡く光った。綺麗だと思った。

 でも、アレクシスの顔は、わかりやすく歪んだ。


「……これが、僕のだ」

「綺麗な色ですわ」


 本当のことを言ったけれど、アレクシスは何も言わなかった。


「次は、セシルが測ってみろ」

「はい」


 私は台座に近づいて、水晶にそっと両手を置いた。

 最初は、何も起きなかった。

 それから。

 水晶が、白く、眩しく光り始めた。部屋全体が、真っ白に染まるほどの光。


 光の中に、浮かび上がったのは。


 ∞


 何か知らない、記号だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ