29 楽しい食事会
「友人とお茶を楽しんでいたのですが、そこに突然にいらっしゃったのです!」
驚きと戸惑いを表情に出してみた。
食事中に感情を出しすぎるのは品がない。そこらへんの匙加減が一番難しい。
陛下はゆっくりと頷いて、ちらりとクラリスを見た。
「小さなクラリスといえば、ヴァルシュタインのクラリスだな」
「恐れながら……」
クラリスは表情を曇らせた。
この名前は、ヴァルシュタイン家の女傑の名前に恥じないように、そんな思いが込められた名のはずだ。
「同じクラリスという名前でも、側にいてくれるクラリスはとっても優しいので、不思議です!」
私のクラリスは問題の元凶ではないので、陛下の注意を逸らした。
両陛下が顔を見合わせ、複雑そうに笑みを交わす。
「席を譲れなんていうのです。社交界の洗礼を受けた気分です」
「……セシ」
アレクシスが何か言いかけるのを、私は一瞬だけの氷のような目で黙らせた。
私が言い返した事実は、ここでは不要なので黙ってくださいまし!
この思いを目に込めた結果、氷になったようだ。
ぎょっとした彼は、黙って食事を続けはじめた。
そう、それがよい。
「社交界での振る舞いを学びましたわ。私が恥ずかしいふるまいをすると、レオンハルト殿下の評判に傷がつくのですね。婚約者として気を付けなければと思いました」
無邪気に言ってみたが、言葉がこそばゆい。首がむずかゆい。掻きたい。
自ら婚約者と名乗るのは、何だか、何だかなのである。
セバスチャンが天井を見上げている。アレクシスはすっごい渋い顔をしている。
相手を激昂させたのは、どうなんだと言いたいのはわかります。
けれど、ああいう相手は初手が肝心なわけで。フガフガ。
「おお……セシルよ。そこまで考えてくれているのか。わずか五歳というのに……」
陛下が感心してくれている。
よし! これだ! 直接言わずに、相手の印象を左右させるスタイル!
私は純粋なキラキラした笑顔を浮かべ続ける。
頬が引き攣っているけれど、ここは根性だ!
実は……。
私はカフェからの帰りの馬車の中で考えていたのだ。
なぜ、小さなクラリスは、私にも意地悪をするのか。
ゲームの中で、ヒロインをいじめたのか。
完璧な作法で食事を続けるクラリスを見た。
品ある笑顔で私を見つめ返してくれる。
少し、胸が痛んだ。
陛下の前で、クラリスの話をするのは、彼女の家の話にふれることだから。
でも、きっと、クラリスは私にずっと絡んでくると思う。
私はどこかで、彼女の取り巻きになるような『選択』があるから。
小さなクラリスは、本家の存在が、怖いのだと思う。
分家が力を持っても、本家の方が本当の意味で強い。
陛下が、クラリスを食事に同席させてくれるのも、きっと慮るところがあるからだ。
私が土魔法を馬鹿にされるように、クラリスは分家であることを陰で言われているかもしれない。
分家の癖に。そんな言葉を後ろから投げつけられているのかもしれない。
と、考えたのだ。
……本当のことは、知りませんけれども。
「良いお勉強をさせていただきました。社交は怖いですけれど、がんばりますわね! 私は、マルグリットお母様の娘ですから、それにも恥じないようにいたしますわ!」
「セシル……」
両陛下が感極まったように、目を潤ませた。
「私の礼儀に見苦しいところがありましたら、すぐに殿下との婚約を破棄してくださいませ」
「セシルよ……」
あのクラリスを、アレクシスの婚約者の、候補にさえ入れちゃだめよ、って通じたかな。
ちょっと遠回しすぎたかな。しすぎたな……。
「セシル」
王妃陛下が私を優しく見つめてきた。ずっと、優しいまなざしを向けてはくださっていたのだけれど。
お母さまみたいな、強くて優しいまなざしは、安心する。
「マルグリット様にそっくりね。あなたのことも大好きになったわ」
くすくすと楽しそうに笑う。あ、裏の顔がばれているかもしれない。
え? そっくり?
「お義姉様から、くれぐれもよろしくとお願いをされていたけれど、大丈夫そうね」
「母上、セシは『良い』性格なので、大丈夫ですよ」
「変な言い方をしないでください!」
夕食会は格式張ったものではない。
私はアレクシスと軽口を叩き合うのを、王妃陛下が微笑ましく見守ってくれる。
陛下はクラリスにしきりに話しかけ、彼女のおじい様の近況について聞いていた。
何か思うところがあるのだろう。
アレクシスが、小さなクラリスを婚約者候補に選びませんように。
そうすれば、私は追放されずに済む。
クラリスも、追放されずに済むはず。
わかっている辛い未来なら、回避したいじゃないですか。
陛下にはいくつかの約束をさせられた。
特に念押しをされたのは、『フェイ・ドラゴンを孵化させること』。
五歳児にまぁまぁな重荷を背負わせるなぁ。マジ鬼。
でもつつがなく、食事会は終わったのだった。
今度はレオンハルトに一緒に、と約束をして。
その夜、私は眠れなかった。
椅子を窓際に移動させ、空を見上げていた。
明日から、忙しい。休憩時間はおしまいというわけだ。
お勉強、ダンス、社交、王太子妃候補としてのお勉強、それから米栽培への自学と、土魔法の実験。
考えれば考えるほど、いろいろしたいことが出てくるのに、眠れない。
そのとき、ドアがノックされた。
時間はもう深夜近い。
気のせいかと思い、そのまま膝を抱えて窓の外を見ていた。
コン、コン。
もう一度、ノックされた。
クラリスはもっと丁寧にノックする。セバスチャンは気配を消して入ってくるはず。
不思議に思いながらドアを開けると、アレクシスが立っていた。
「で、殿下……?」
びっくりした。
夜着に着替えているが、髪はまだきちんとしている。
「……このような時間に、どうしましたか? 護衛の方は?」
「アレクでいい」
ぶっきらぼうに言って、廊下に視線を投げた。入ってくる気はないらしい。
私はドアを開けたまま、ちょっと思いつめた顔をしているアレクシスを見た。
王族というのは、感情を隠すのが上手だと思っていた。この人は顔に出る。
レオンハルトとは、だいぶ違う。
私は、お姉さんみたいな気持ちになった。
「アレク、悩みがあるなら、聞いてあげてもよろしくてよ?」
アレクシスは少しの間、黙った。それから、小さすぎる声で言った。
「魔力が、ほぼ、無いんだ。王族なのに」
ぽつりと、落とすように言ったアレクシスは、思いつめている。
なんだ、唐突に。
しかも、かなり重みが……。
でも、まぁ、生きているだけで丸儲けと申しますか。
「そうでしたか」
私は普通に言った。すると、アレクシスはムッとした顔をした。
「セシには、これが、どういうことか、わからないだろうけど」
「わかりませんわ」
正直に言うと、アレクシスは肩を怒らせた。
だって、本当にわからないんだもの。
「……な、慰めないのか」
「慰めて欲しいのですか?」
アレクシスは顔を赤らめた。かわいいなと思う。
私は少し考えてから、言った。
「慰めて欲しいのでしたら、慰めますけれども。ヨシヨシ」
「セシ……っ」
私が眉尻を下げて、顔を傾けて言うと、アレクシスはガクーッと肩を下げた。
あら、戦意喪失したようです。
「……ていうかですね、アレク。私、自分の魔力量を測ったことがないのです」
そもそも計測は、アカデミー入学前にするはずだ。魔力量は移ろいやすいとかなんとかで。
王都にも、フェイ・ドラゴンの卵のことが無かったら来なかっただろう。
「セシは王族の血を引いているだろう」
「はぁ、でも、測ったことがないのですわ」
額を豪快に打ってからは、TKGに奔走していたし。
アレクシスの表情が、ぱっと輝いた。
「だったら、今から行こう。計測できる部屋があるんだ。――王族は、定期的に測るから」
「はい、わかりました。行きましょう。眠れませんし」
アレクシスが驚いた顔をした。
「……怖くないのか?」
「ガンガン行かないと、生き残れませんので」
追放エンドが怖いから、動いて動いて動きまくっている。
怖いのは、何もできないと自分で自分のことを思うこと。
アレクシスは、小さく笑いを噛み殺した。
「セシは、強いな」
違いますよ。
怖がりだから、動き回っているだけなんです。
王宮の深夜は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
灯りは最低限で、廊下が静かに息をしているようだった。
辿り着いたのは、装飾の少ない、時代がいつのころからか止まったような、質素な扉だった。
「王族の魔力計測室だ」
アレクシスが扉を開けた。
中には台座がひとつ。
その上に、大人の頭ほどの大きさの、透明な水晶が置かれていた。
薄く青白い光を、静かに放っている。
「手を置くだけでいい。魔力量が光の色と強さで出る」
へぇ、面白い。
アレクシスが先に手を置いた。水晶は、ほんのりと、淡く光った。綺麗だと思った。
でも、アレクシスの顔は、わかりやすく歪んだ。
「……これが、僕のだ」
「綺麗な色ですわ」
本当のことを言ったけれど、アレクシスは何も言わなかった。
「次は、セシルが測ってみろ」
「はい」
私は台座に近づいて、水晶にそっと両手を置いた。
最初は、何も起きなかった。
それから。
水晶が、白く、眩しく光り始めた。部屋全体が、真っ白に染まるほどの光。
光の中に、浮かび上がったのは。
∞
何か知らない、記号だった。




