26 アレクシス王子
第二王子の婚約者候補を決めるガーデンパーティで、意地悪な方のクラリスがけしかけた「余興タイム」で「土魔法ができることなんて、泥人形をつくることくらいだろう」といったその人ですね。
はっ、恨みがあるのでつい、息をする間もないくらいいっきに思い出してしまいました。
ついでにいえば、この人が断罪した悪役令嬢のクラリスの取り巻きな私は巻き込まれ追放します。
しかし、ここは王宮。私は客人。家主はあちら。
私はちゃんと挨拶をした。
セバスチャンからも何も注意がない。
ということは、礼儀作法に問題はない。ちゃんとできた!
だから、あとはさっさと去っていただければ、私は桜の木の下に行けるわけで。
「異母兄上の婚約者か……」
「恐れながら」
おや。全然好戦的ではない。
アレクシスはじっとこちらをみている。
それよりも、私は大変な戦いを実はしていた。
優雅なお辞儀は、見た目以上に筋肉を使うもの。
ぷるぷるしてしまう!
めっちゃ筋トレ大事!
危機の直前に、アレクシスは「顔を上げよ」と言った。
助かったとほっとしつつ、私は顔を上げた。
茶色の目と合う。
茶色の髪に、茶色の目。顔立ちは美しいけれど、レオンハルトほどの華は無い。
同じ年代の従兄弟との初めての対面だ。
その目がじっと私を見て、ため息を吐いた。
人の顔を見てため息って、まぁまぁ失礼な!
やっぱり要注意人物! 内心ガルガルしてしまう。
「セシル嬢は、どこに行くんだ」
「恐れながら申し上げます。中庭に案内をするところでございます」
「セバスチャンか……」
アレクシスはセバスチャンをみて、少し考えた様子だった。
「ならば、僕も行こう」
私は勘弁してくれ、という表情を出してしまった。
ぞろぞろぞろぞろと、ついてきてもらっては、木に魔法を流しにくいじゃないか。
アレクシスの後ろにいるのは、護衛騎士二名に、専属らしいメイド三名。他にも大人が三人ほど。
それに気づいたのだろう。アレクシスはセバスチャンに言った。
「誰を連れて行けばいい」
「護衛騎士とメイドを一名ずつ」
王子の体面維持って感じか。
でも、なんでセバスチャンに聞いたんだ。
アレクシスは苦笑した。
「ミレだけ、来い」
頬の傷のある、屈強そうな騎士が頷いた。
ていうか、え?
一緒に行くの?
私はセバスチャンを見上げると、笑顔で返された。
くっ、自分の運の悪さか良さに、私は顔を顰めた。
護衛騎士のミレが前に、次に私たち、一番後ろにセバスチャンという形で歩き出した。
やりにくいことこの上なし。
「…………悪かった」
「え?」
小さな声だった。アレクシスを見ると、横目でバツが悪そうにこちらを見ていた。
「パーティで、土魔法のこと、悪かった」
ああ、と思った。
「泥人形しか作れないと仰った件ですね」
流れるように口から出た。ずっといつかやり返すと思っていたせいだろう。
アレクシスは苦虫をかみつぶした顔をしているし、ミレとセバスチャンが笑いを堪えた。
でも、ここは王宮。
不敬罪……。
青ざめると、アレクシスは続けた。
「そう、その件。悪かった。――お前は、正直だな。普通は何も無かったフリをするぞ」
「……王宮の礼儀作法を知らない田舎者と言う意味ですか」
ぼそっと後ろでセバスチャンが「その通りです」と言ったので、私は口を噤む。
確かにその通りで、王太子妃教育の先が思いやられすぎた。
だが、アレクシスは困ったように笑っただけだ。
「そんなこと、言ってないだろう」
「言っておきますけれど私、泥人形は作れませんわ」
つん、と顎を上げた。
アレクシスは少し落ち込んでいる。
もしかして、フェイ・ドラゴンの卵の件とか、土魔法で桜を咲かせたとかで、私への失言を誰かに咎められたかもしれない。
これは――。
私がある意味、権威を持ったからの展開で、ただの弱いセシルであれば、こういう流れはなかっただろう。
でも、アレクシスの失言は、誰しも犯す間違いだと思う。
真意を確かめる前に、たくさんの声や大きな声、権威の意見を「正しい」と私たちは思うから。
「ゴ、ゴーレムは作れましてよ」
「……ゴーレム?」
そう、泥は魔力が伝わりにくく難しい。石はもっと伝わりにくい。
土と泥と石を混ぜた感じだと、良い感じの『泥人形』ができる。
アレクシスは目を輝かせた。やはり、同年代男子。
「すごいな」
「作って差し上げましてよ。二体作って、喧嘩をさせるのですわ。それでどこを強化するべきかを研究するのです」
「……二体作って、喧嘩をさせる」
ええ、と私は頷いた。
おいしい卵を狙う輩がいつ何時現れるかわからない。ポーションの薬草もそうだ。
人よりも、ゴーレムが門番とか面白じゃないか、とお兄様達がいなくなった、静まり返った屋敷で思った。
いつも聞こえていた剣の音も、レオンハルトの神出鬼没な乱入もない世界は、あまりにも静かすぎた。
静かすぎたのだ。
「お父様は珍しくこれには協力的で、いろいろ教えてくださいましたわ。庭でお見せいたしましょうか?」
「……いいのか?」
本当は、レオンハルトたちに先に見せたかったけれど、反省して落ち込んだ男の子を元気づけないなんて選択肢はない。
「もちろんですわ」
私たちは庭に出た。
まず、桜の木の幹に手を置いて謝った。無理な働かせ方をした。
それから土に手を置いて、その状態を確認した。肥料が使われているが、ちゃんと巡っている気がしない。そこが巡るように魔法を流した。
それから場所を移して、レオンハルトと過ごした場所ではない東屋に移動した。
アレクシスの前で私は躊躇せずにゴーレムを作った。掌に収まるほどの小さなゴーレムは、焼いた土のような温かさがあった。ごつごつとした体の表面には、うっすらと魔力の紋様が走っており、光の角度によって淡く輝いて見える。
「戦いまーす!」
二体がプロレスみたいな取っ組み合いを始めた。
「面白いな!」
「でしょう! お父様は彼らに攻撃魔法式を埋め込もうと……」
「セシルお嬢様」
セバスチャンがにゅっと私の目の前に顔を出した。
ミレはゴーレムを凝視している。
「これは、国家機密に関わるものです」
「……えぇ、また?」
そういうのは、主人公の人たちでやってほしい。
「遊びですのよ」
「遊びの方向性が、国家機密に」
「セシルはすごいな」
アレクシスは茶色の目を、きらきらと輝かせながらゴーレムを見ていた。
セバスチャンの説教はまた後日に聞くことにする。
「これは、楽しい!」
「同感ですわ!」
「ミレは、今日見たことは他言無用で」
「承知いたしました……」
私は、ゴーレムに無邪気に応戦するアレクシスを見た。
彼は、ヒロインを虐めた悪役令嬢を断罪する。それだけではない。彼女を取り巻いていた令嬢まで追放まで追い詰める。
ヒロインは確か聖女だった。まだ聖女の存在は聞こえてきていない。
ゴーレムはプロレスを続けていて、お父様の強化魔法が無いのでさすがに形が崩れてきた。
巻き込まれ追放されたのは、私だけではない。他の令嬢も追放されたはず。
私はぎゅっと唇を引き結ぶ。
「アレクシス殿下」
「アレクと呼んでくれ」
「では、アレク」
私はこちらを向いたアレクシスの目をまっすぐに見た。
「一緒に勉強をして、たくさん遊びましょう」
聖女に、依存しなくてもいいように。
追放という、短絡的な方法を選ばないように。
「私たちは従兄妹同士ですから」
「ああ、そうしよう。セシル」
ひとりだけ助かるなんて、後味が悪いですからね。
そんなことを思ったのも束の間、私は絶対にこの人は救えないという人に出会うのである。




