13 番外編:騎士とポーションの夜(リオネル視点)
陶器の村まで、あと一日。
街道を外れた林の際に張った野営地で、俺――リオネルは、右腕を押さえてうずくまっていた。
「情けない声を出すな」
焚き火の向こうで、アルヴィン副官が視線も寄越さずに言う。
濃い銀灰の髪をきっちり束ねた、氷みたいな人だ。
「だって、副官。ガレスさんの打ち込み、本気だったでしょう」
「五割だ」
岩みたいな図体のガレスさんが、焚き火に薪を足しながら短く答えた。
五割であれか。
野営の空き時間は鍛錬。それが王太子殿下の護衛騎士の旅というものだが、選ばれたことを俺は今日ほど後悔した日はない。
理不尽で痺れた腕に、アルヴィン副官が無言で小瓶を放って寄越した。
ポーションだ。
「……飲むんですか、これ」
「飲め」
知っている。知っているとも。
騎士団に入って最初に学ぶことは、剣の握り方ではない。
ポーションは、鼻をつまんでも無駄だということだ。
俺は覚悟を決めて、呷った。
「んんんん――ッ!」
まずい。生臭い。沼の水に魚の内臓を溶かして三日置いたような味がする。飲んだことはないが、絶対にこの表現で合っている。
腕の痺れが引いていくのと引き換えに、魂が少し削れた気がした。
「なぜ、回復薬が、この世で一番人を苦しめる味なんですか……」
「効けばいい」
ガレスさんは空瓶を受け取ると、中身が残っていないか検分して頷いた。
効けばいい、じゃないんですよ。
「アルヴィン副官は、平気なんですか」
「味を感じる前に飲み込む」
「それは平気とは言わないのでは」
その時、天幕の方から殿下がやってきた。
夜番の顔ぶれを確かめにいらしたのだろう。焚き火の灯りで、俺の手の空瓶を見て、少しだけ笑まれた。
「ポーションか。……ちなみに、上級になるほど、まずくなるよ」
「……嘘でしょう」
「薬効の濃度が上がるからね。僕が携帯している上級ポーションは、飲んだ者が三日は夢に見る味らしい」
殿下は涼しいお顔で、とんでもないことを仰った。
上級ポーションのお世話になるような大怪我をした上に、味で追い打ちをかけられるのか。この世界の理不尽をまた一つ知ってしまった。
「殿下は、飲まれたことは」
「あるよ。……二度と飲みたくないから、怪我をしないことにしている」
最強の怪我予防理論だった。
焚き火がぱちりと爆ぜる。
殿下は火のそばに腰を下ろすと、明日の道順を確かめるでもなく、ただ夜空を見上げていた。
王宮では見たことのない、静かなお顔だった。
「……明日お会いするのは、その、婚約者の」
「うん。セシル・ノーテル嬢」
俺が恐る恐る尋ねると、殿下は即答なさった。
婚約者『候補』では、と副官が視線だけで言ったのが分かったが、誰も口には出さなかった。賢明である。
「どのような、お方なのですか」
王宮では噂ばかりが先に歩いている。
フェイ・ドラゴンの卵を託された令嬢。土魔法しか使えない令嬢。ガーデンパーティで桜を咲かせた令嬢。
どれが本当の姿なのか、明日から護る俺たちには分からない。
殿下は少し考えて、それから、ふ、と笑われた。
「普通の令嬢じゃないかなぁ……」
「……は?」
「初めて会った日もそうだった。鶏舎の衛生管理がどうとか、輸送時の鮮度がどうとか。僕が王太子だと乗った後も、大して変わらなかったな」
殿下は、思い出し笑いを堪えるように口元を押さえた。
「卵をあんなに熱く語る令嬢、初めて見たよ」
王太子殿下を前にして態度が変わらない令嬢。
俺たち三人は、思わず顔を見合わせた。
「今は、村で鍋を焼かせているらしい。土魔法で探し当てた土でね。……次に会ったら、何の話をしてくれるのか」
殿下の声が、楽しみを隠しきれていない。
この方のこんな声を、俺は初めて聞いた。
「……そのお嬢様なら」
ガレスさんが、焚き火に目を落としたまま、ぼそりと言った。
「ポーションも、『食べ物』だと思っておられるかもしれませんな」
言われてみれば。
卵を語る令嬢が、この生臭い液体を口にしたら、何と仰るだろう。
まずいと泣くだろうか。それとも――。
「『改善の余地がありますわね』とか、言い出しそうですね」
俺が言うと、アルヴィン副官が珍しく、ふっと息だけで笑った。
殿下は何も言わなかった。
ただ、明日進む街道の先を――村のある方角を、とても楽しそうに見つめていた。




