在りて在る者
「悠。悠。」
薄明かりに照らされた、見渡す限り一面に広がる大平原。
遥か彼方の地平線に、山々がつらなっている。
悠はいつの間にか一人でいた。
草むらに突っ伏し、うずくまるかの如くに頭を垂れている。
…再度、声が響いて彼女の名を呼ぶ。
「悠、目覚めなさい。曙が南方より出でて、西の岩壁を照らした。起きなさい、悠。」
「……。」
かさりと乾いた音を立てて、悠は身を起こした。
厳かな、それでいて穏やかな温もりを感じさせる、声の主の姿を探して周りを見回す。
…誰もいない。
人も牛も、馬も山羊も羊も、温かな血が巡る生き物の姿が、どこを見渡しても見つからなかった。
悠は、朝露が滴る草原のただ中で、一人問うた。
「あなたは、誰…?」
乾いた突風が彼女の目の前を通り過ぎた。
そして、昇る朝日の輝きと共に、問いかけに応じる声が木霊する。
「我は、在り得るが如くに在り得る者なり。あらゆるものが私に似る。」
金色の光が上空より降り注いで、大草原を照らした。
まるで燃え盛るかの様に、全てが眩しい輝きを放っている。
悠は両手を握りしめ、目を細めつつも前を向き、そして呟いた。
「あなたはタビティ…!」
青空の向こうから声が応じる。
「そう呼ぶが良い。悠、小さな者よ。」
悠はガクッと、重荷が下りたかの様に、全身の力を抜いた。
「温かい…。」
「悠、小さな者よ。私は家庭の守護者。炉の中で燃える火。そして真っ先に生贄を貪る者。全ての温かな、血液が流れる命をつなぎ留める者。生存を確証する者。」
悠は足で輝く草地を踏み、女神に問いかける。
「私の家族は…救ってくれなかったんですか…?」
「悠。」
透き通った空の向こうから、女神タビティは語る。
「全ての命は熱から、すなわち私より出でて、そして還ってくる。悠、小さな者よ。全世界がお前に敵意と悪意を向けても、私だけはお前の味方だ。火と共に行け。私は常にお前と共に歩む。行け、悠。小さな者よ。昇る朝日を背にして、小さな松明を持って、行け。」
「…………。」
長い沈黙の末に、悠は歩き出す。
周囲の金色の光を左手でそっと、すくい上げる。
段々と薄れゆく意識を貫いて、再び彼女を呼ぶ声がした。
「悠!悠!」
気がつくと目の前に、王洪健の顔があった。




