最後は一人
「イーアペトスよ、地獄で焼かれろ!!」
可愛い一人娘の、大絶叫。
世界がひび割れていく。
決壊して放流したダムの様に、ガラガラと崩壊していく。
日常を縁取っていた窓ガラスが割れて、粉々に散らばる。
決死の表情を浮かべた悠が、今やキャンプ・ファイヤーの如くに燃え盛る“それら”を凝視する。
白い顔に、揺らめく炎の影が黄色く踊った。
悠助は叫ぶ。
「悠、こっちに来い!」
彼女は彼の背後を一目見るや、鋭い声で叫び返した。
「父さん、逃げて!」
ただならぬ気迫を察知した彼は後ろを振り向く。
見てしまった。
「…………!」
数百数千の目玉模様が凝視する。
数千数万の膿疱水疱が凝視する。
数万数億の細胞分子が、彼を凝視し見下ろしていた。
悠助はもはや言葉もなく、ただそれら集合体の粒々の一つ一つに挨拶を返すが如く、しばらく見つめ返していた。
「煙を吐く鏡よ!」
背後で娘の叫ぶ声がして、ハッとする。
一瞬のうちに、目の前を黄金色の火炎が覆う。
床から吹き上がる様にして激しく燃え上がった火柱が、無数の目玉模様が浮き出る粘液の塊を焼いた。
ジュージューと、生々しい肉そのものが熱せられて爆ぜる音が、極めて不快な軋みになって部屋中の空気に満ちた。
「……。」
悠助は燃え上がる火を、放心状態でただ見つめる。
やがて真っ赤な火に覆われるそれの中に、動く影があるのを見つけた。
「?」
「父さん、こっち!!」
娘の、悲痛な叫び声が届いた頃には既に達していた。
先の尖った、鋭く硬直した触手が一本、彼の腹部中心目掛けて飛び出したのだ。
それはヘソに突き刺さり、下腹部を通ってうねり、一瞬にして悠助の全身を巡った。
「ぐぶっ」
彼は振り返り、悠の方を向いた。
そして口から血を吐き、倒れた。
何も残さなかった。
言葉も、思いも、何もない。
何を理解する事もなく、何を残す事もなく、ただ、死んだ。
悠は、叫ぶ。
「焼かれろ!」




