回復の確証
「…ただいま…。」
夕刻。
気落ちした様子の悠は自宅玄関で虚しく、立ち尽くしながらそう呟いた。
「お帰り。」
聞こえたわけもない娘の声に呼応したかの様に、母親が台所から、駆け付けて来た。
菜箸を持ったまま嬉しそうに、下校して来た悠の前に立ち、矢継ぎ早に問いかける。
「悠、学校どうだった?嫌な事とか無かった?」
「うん。まあまあ。」
と、悠は頷きつつも、どこか浮かない表情を浮かべた。
「透子さんはどうなの、元気?眼、見えるようになったんだって?凄いよね。最近の医療って。」
「うん。今日は…来なかった…。」
そう、答えながら悠は靴を脱ぎ、何か重たい物を隠しているかの如く、ゆっくりと母親の横を通り過ぎた。
「今日はすき焼きだよ。」
背後から高らかに響く母親の声に一瞬だけ、反応したかの様に少し振り向いた。
無言のまま階段を上り、自室に入って荷物を降ろし、深々とため息を、ついた。
「………。」
勉強机の前、ふっくらした椅子の上に座りながら、今日一日を振り返って、思い出す。
“今日神薙さんはお休みです”
そう、陰鬱な顔を強張らせたまま告げる担任の顔がひどく恐ろしく、悠に感じられた。
“やった”んだ。
瑞羽さん達が…
人一人分、もしくは家族も含めた数名の命。
それが例え、やむにやまれぬ事情があったにしても、彼女らは人を殺めた。
その事実が、悠の心を揺さぶって離さなかった。
洪健は、授業の合間にこっそりと、悠に言った。
「考えすぎない方が良いよ。こういう世界で、私達は生きると決めたんだから。無理に明るくなろうとしなくていい。雨の日には、雨の日に出来る仕事をしよう。」
…ふと悠は、目の前の机の上に置いた自身のスマートフォンの画面を見た。
「瑞羽さん…」
さすがに、連絡くらいはしておこう。
そう思った。
常識外の宇宙の真理をも超えた世界の裏側。
そこで闘い、生きる事を決めたのは自分だ。
だから彼女に、瑞羽についていかなくては。
悠は制服の袖をまくり、左腕を露出させた。
生々しいピンク色の細長い瘢痕が、幾筋も。
癒えつつある証として回復を確証していた。
それを見て悠は頷き、再び、深いため息を…
チャイムが鳴った。
「?」
悠はドアを開け、玄関の方を向いた。
「悠、友達。高校生の方!」
少し怒りを孕んだような、母親の声が鳴り響いた。




