オーヴァー・セルフ
玄関のチャイムが鳴った。
虚ろな家の室内に鳴り響く、無機質な電子音。
神薙透子の父、弘明は居間のテレビの前に鎮座するソファーから、立ち上がった。
フリーのライターである彼は仕事終わりの、一家団らんの夕食後にここに陣取り、バラエティー番組を観る事を日々の楽しみとしていた。
隣の椅子には必ず、可愛い一人娘である透子がいて、女房と一緒に番組の様子を、目が見えない彼女に伝える事が彼の務めだった。
今透子はいない。
自室にこもっている。
妻の姿もない。
なので食事もしていない。
そしてテレビも、ついていない。
白々しいLEDの明かりが、頭上から弘明の視界に振り注いでいた。
…清寂が包む中、無表情の仮面をかぶったまま廊下を歩き、玄関へと赴く。
ドアの横にしつらえられた曇りガラスの小窓は屋外の、夜の色を映し出していた。
彼はドアノブを握り、少し開けた。
玄関先のドアの前に、女が二人。
一人の少女と一人の年齢不詳気味の女が、互いに連携を取り合う様にして並んで立っていた。
弘明は言った。
「どちら様で?」
「夜分遅くに失礼します。私は神薙透子さんの知人で、蔵岡と言います。」
青いセーラー服を着た、美しい顔をした少女はそう答える。
続けてその隣で、喪服の様な黒い衣装を着込んだ妙齢の女が弘明に言う。
「私は薬師丸と言います。カフェを経営しておりまして、本日透子さんがいらっしゃった時の、忘れ物を届けに来ました。」
…そう言いつつも彼女は一種のうちに弘明の全身に視線を送る。
彼女は見逃さなかった。
彼が靴を履かず、靴下のままで立っているのを。
彼女は言い終わってすぐに、弘明に問い掛けた。
「靴、履かないんですか?」
「え?ああ…」
無表情のままで彼は、心ここにあらずと言った感じで、ぼんやりとした視線を二人の女に送るのだった。
「蔵岡さん、“ピカッ”ね。」
瑞羽は頷くとセーラー服のポケットから、円筒状の銀色をした物体を取り出す。
「急いで。」
切羽詰まった様なクイナの声を聞きつつ、彼女は円筒状のツールを、弘明の顔に近づけ、そして…
「ぼふっ」
「…………。」
転がった、彼自身の、眼球。
耐えきれなくなった“自分”が溢れて、皮を破って、弾けた。




