火よ、我と共に歩め
「イーアペトスよ、地獄で焼かれろ!」
悠は叫んだ。
その瞬間、顔の表面を凄まじい熱波が襲い、思わず顔を背ける。
閃光が、閉じた瞼の向こうで広がり、焼き焦がす熱線が振り注いで、髪の毛の表面をこんがりと熱した。
心の中で悠は思い浮かべた。
自分の両親の事を。
母の顔。父の顔。
目を瞑ったまま、まっすぐに両手を突き出す。
熱が再び焚き付けられて、バチバチと爆竹の様な音を立てて、ゼリー状の液体が爆ぜる。
地獄の様な熱気が充満する箱庭の中で悠は、塞がった左手の傷跡が疼くのを感じた。
失われた小指のあった場所が、まるでまだ存在しているかの様に、ビリビリと不可思議な感覚を伴って存在を主張してくる。
“血と肉の捧げ物”
あの日、瑞羽は切断されたそれをそう呼んだ。
火の女神、タビティとの契約に必要な犠牲だったのだと。
骨を削られ、皮を縫い付けられる激痛の最中。
狼の様な、鋭い視線が自分の背中に投げかけられていた、その感覚を、悠は思い出した。
そして、それを必死の形相で食い入るように見つめる彼女自身の両親の、悲痛な面持ちすらも、悠の頭の中にありありと蘇って来た。
彼女は目を見開き、再び漆黒の色をしたタールに向かって、叫び声を轟かせた。
「焼かれろ!」
驚愕する神薙透子の周りで、炎が光の渦を巻き、彼女の小さな身体に巻き付いていく。
黒い粘液状物質の中で、細かい粒々の目玉模様が小刻みに震え、やがて耐えきれなくなったかの様に、一斉に弾けた。
ベロリと皮が剥がれるかの如く、スライム状の物質は全て、地に焼け落ちて消失した。
「……。」
「はあっ!はあっ!」
火がかき消えた。
未だ周囲に焼け焦げた匂いが漂う只中にあって、半ばガックリと崩れ落ちて自身の両膝を掴んだ悠の背後を、透子は無言で指差す。
悠は指し示された先を振り返った。
登校して来た天野愛が、顔を引きつらせてそこに佇んでいた。
「……!」
悠はひとまず、落ち着くために深呼吸をしてから、地面に落ちていた自分のスマートフォンを拾い、自分の耳に押し当てる。
極限まで乾燥した喉の奥から、疲れ果てた様な小声が漏れた。
「瑞羽さん…」
「悠。やったのね。」
「はい…。でも、」
落ち着き払った様子のタッチパネルの向こう側に、悠は最後の力を振り絞って懇願する。
「…こっち来て欲しいです。“ピカッ”が必要です…。」
電話の向こうにそう告げると、力を使い果たした様子で、その場に倒れ込んだ。
愛は彼女に駆け寄って叫んだ。
「えええぇぇぇっっっ!」




