かいふくのくすり
薄い色をした瞳が、悠の困惑した顔の微細を、しっかりと捉えていた。
「……え?」
意外そうに投げつけられる視線をいなす様にして、神薙透子は力強く土を踏みしだき、近づいて来る。
白い息を吐きながら悠の目の前に立って、そして言った。
「また、見えるようになったんです。」
「……。」
悠は、向かい合った相手の顔を静かに見つめる。
唇の端を、涼やかな風が撫ぜるのを感じた。
ぴくり、と自分の右手の、人さし指が動く。
それはまるで、初めて自分が動ける事に気がついた、生まれたての芋虫の様だった。
針を刺す様な、冷たい外気をスッと吸い込んだ後、悠は言った。
「太歳、なの…?」
緊張した声が、やや日差しの弱い空の元で、震える。
「はい。そうです。お父様が買ってくれたんです!それを食べて、また目が見える様になりました!」
百の太陽が集結したかの様な明るさで、そう答える透子。
一切の黒が排斥された、明るいベージュ色の顔を目前にして、悠は言い淀みながらも彼女に尋ねる。
「神薙さん。それは邪悪な…」
そう言いかけた直後。
透子の、輝く様な純白の頬に厚く、どろりとした粘液状の黒い物質が、眼窩から溢れ出して、滴る。
「ーー!」
喉の奥から、甲高い悲鳴を上げかけた悠の右足首に、冷たい、つるりとした何かが触れた。
「……!」
「見えるって素晴らしいですね。世界は、美しいです。」
✝
市立青峰高校。
一年一組の教室に、瑞羽はいた。
毎日、彼女は朝早くに登校して、自分の席に座る。
どんな生徒よりも早く。
大半の教師や用務員等よりも早く。
私は先駆けスレイプニル。どんな存在よりも速い。
陸も海も、山も波も、私を邪魔しない。
命ある、何者よりも私は速く、空を駆ける。
瑞羽は自分自身の事を、そう定義していた。
そんないつも通りの、まだ人もまばらな学校の朝。
ふと、彼女のスマートフォンが着信メロディを鳴らした。
「?」
悠からの電話だった。
すぐさま画面をタッチして、自分の耳にあてがう。
「瑞羽さぁん!助けてくださぁぁいぃ!!」
たった一人の教室の中、鼓膜を揺さぶる大絶叫を耳にして、弾かれた様に、彼女は勢い良く立ち上がった。




